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姿なき呪い
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翌朝。
昨日の怒りが冷めやらないようで、ミス・グリーンと一緒に食堂に現れたロベルトは不機嫌丸出しでした。
ミス・グリーン自身は、昨日は褒められただけなので、ミカエルに悪感情は無いようです。ただ困ったように微笑むのみでした。
*
昨日と同じ席順で、五人が席につくと朝食が運ばれてきました。
大人にはバゲットが二切れ入った籠。皿にのったオムレツ、グリーンサラダ、ソーセージ。小さな器に入ったヨーグルトにはジャムがかけられています。飲み物はミルク、オレンジジュース、ハーブティーの中から好きな物を選ぶスタイルです。
ラファエロとマリアはオレンジジュースを、ロベルトとミス・グリーンはハーブティーを選びました。
厨房で昨日リクエストした通り、ミカエルの皿だけ特別仕様でした。
二段重ねになったきつね色のパンケーキは迫力満点です。真ん中にバターの固まりが乗っており、添えられた容器には蜂蜜が入っていました。
皿にはパンケーキ以外ものっていました。炙ったベーコンと、大人達に比べると少なめのサラダです。
飲み物を聞かれたミカエルは、迷わずオレンジジュースを頼みました。
「マリアさん。これは二枚重なっていますが、上から一枚ずつ食べるんでしょうか?」
「食べ方は自由ですが、私は上から蜂蜜をかけて、重ねた状態で切って食べていますね」
食べ慣れている人の意見を聞くのが一番、とミカエルは蜂蜜を丸いパンケーキにまわしかけました。
「バターが溶けるのを待った方がいいですか?」
「どちらでも大丈夫です。暖かいので広げたらすぐに溶けますよ。あと甘い状態も美味しいですが、ベーコンと一緒に食べるとクセになる甘塩っぱさが味わえるのでオススメです」
目を輝かせたミカエルがパンケーキの上でバターをクルクルしていると、ロベルトが鼻で嗤いました。
「いい気なものだな」
「はい。美味しそうなものを前にして、とても気分が良いです」
即答されてロベルトは鼻白みました。
今のミカエルはパンケーキに夢中なただのお子様です。
昨日の無礼について物申したところで、大人げないと周囲に呆れられるだけです。
苛立ちが収まらないロベルトは、代わりにマリアに一言言ってやろうと思いましたが、寸前で言葉を飲み込みました。
昨日の今日で娘に当たるようなことをすれば、ミカエルの推理を肯定することになってしまいます。
鬱憤を吐き出せなかったロベルトは、ティーカップを乱暴に置きました。ガチャンと音が鳴ります。
普段ならマリアがビクつき、ミス・グリーンが気遣わしげな表情をしたでしょう。
しかし今日は三人だけの食卓ではありませんでした。
マリアはミカエルにパンケーキの食べ方を教えるのに集中していて、ミス・グリーンもそちらに気をとられています。
ラファエロは「あれを家でも食べたいと言われたら困るのう。家政婦を雇うとなるとあの家じゃ住み込み必須じゃし、やはり家事妖精(ブラウニー)しかないのか……」と難しい顔をして呟いています。
誰も察してちゃんな中年男になど見向きもしませんでした。
*
食事を終えた一行は、ロベルトを先頭にして進みました。
先ず彼は本館にある書斎に入りました。立派な一枚板の机には、今朝届いたばかりの手紙が束の状態で置かれていました。秘書らしくミス・グリーンが手早く仕分けし、ロベルトは黙々と目を通します。
「ミス・グリーン。この五通に代筆で返信しておいてくれ。お断りの定型文で構わない」
「あのっ、お父様。それくらいであれば、私もお手伝いしましょうか」
「これは私個人にきた手紙だ。親の手紙を盗み見するつもりか」
「そんなつもりはありません! お断りするにしても返事は早いにこしたことはありません。ミス・グリーンの負担を減らせないかと……」
仕事をしているロベルトとミス・グリーン。
部屋を調べているミカエルとラファエロ。
彼らと違って、マリアは流れで同行した身なので、手持ち無沙汰でした。ただじっとしていることに居心地の悪さを感じたものの、さりとてやることが無いので部屋に戻りますとも言えずにいました。
そんな時に自分でもできそうなことを見つけたので、深く考えずに提案しただけなのです。
「仕事に口出しするな。たかが数通の手紙が負担になるわけがないだろう。お前は彼女を健康面のサポートしかできないと思っているのか。今の言葉は秘書としてのミス・グリーンを貶めたも同然だ。謝罪しなさい」
「……すみません。出過ぎた真似をしました」
頭を下げながらマリアは考えました。ロベルトは昔からこんな人だったでしょうか。
母が亡くなる前は。祖父が亡くなる前は。マリアが子どもの頃は……
町で見かける親子のように、仲睦まじく出かけた記憶はありません。娘として特別可愛がられた覚えもありませんが、今のように叱られたり、邪険に扱われることもありませんでした。
昨日の怒りが冷めやらないようで、ミス・グリーンと一緒に食堂に現れたロベルトは不機嫌丸出しでした。
ミス・グリーン自身は、昨日は褒められただけなので、ミカエルに悪感情は無いようです。ただ困ったように微笑むのみでした。
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昨日と同じ席順で、五人が席につくと朝食が運ばれてきました。
大人にはバゲットが二切れ入った籠。皿にのったオムレツ、グリーンサラダ、ソーセージ。小さな器に入ったヨーグルトにはジャムがかけられています。飲み物はミルク、オレンジジュース、ハーブティーの中から好きな物を選ぶスタイルです。
ラファエロとマリアはオレンジジュースを、ロベルトとミス・グリーンはハーブティーを選びました。
厨房で昨日リクエストした通り、ミカエルの皿だけ特別仕様でした。
二段重ねになったきつね色のパンケーキは迫力満点です。真ん中にバターの固まりが乗っており、添えられた容器には蜂蜜が入っていました。
皿にはパンケーキ以外ものっていました。炙ったベーコンと、大人達に比べると少なめのサラダです。
飲み物を聞かれたミカエルは、迷わずオレンジジュースを頼みました。
「マリアさん。これは二枚重なっていますが、上から一枚ずつ食べるんでしょうか?」
「食べ方は自由ですが、私は上から蜂蜜をかけて、重ねた状態で切って食べていますね」
食べ慣れている人の意見を聞くのが一番、とミカエルは蜂蜜を丸いパンケーキにまわしかけました。
「バターが溶けるのを待った方がいいですか?」
「どちらでも大丈夫です。暖かいので広げたらすぐに溶けますよ。あと甘い状態も美味しいですが、ベーコンと一緒に食べるとクセになる甘塩っぱさが味わえるのでオススメです」
目を輝かせたミカエルがパンケーキの上でバターをクルクルしていると、ロベルトが鼻で嗤いました。
「いい気なものだな」
「はい。美味しそうなものを前にして、とても気分が良いです」
即答されてロベルトは鼻白みました。
今のミカエルはパンケーキに夢中なただのお子様です。
昨日の無礼について物申したところで、大人げないと周囲に呆れられるだけです。
苛立ちが収まらないロベルトは、代わりにマリアに一言言ってやろうと思いましたが、寸前で言葉を飲み込みました。
昨日の今日で娘に当たるようなことをすれば、ミカエルの推理を肯定することになってしまいます。
鬱憤を吐き出せなかったロベルトは、ティーカップを乱暴に置きました。ガチャンと音が鳴ります。
普段ならマリアがビクつき、ミス・グリーンが気遣わしげな表情をしたでしょう。
しかし今日は三人だけの食卓ではありませんでした。
マリアはミカエルにパンケーキの食べ方を教えるのに集中していて、ミス・グリーンもそちらに気をとられています。
ラファエロは「あれを家でも食べたいと言われたら困るのう。家政婦を雇うとなるとあの家じゃ住み込み必須じゃし、やはり家事妖精(ブラウニー)しかないのか……」と難しい顔をして呟いています。
誰も察してちゃんな中年男になど見向きもしませんでした。
*
食事を終えた一行は、ロベルトを先頭にして進みました。
先ず彼は本館にある書斎に入りました。立派な一枚板の机には、今朝届いたばかりの手紙が束の状態で置かれていました。秘書らしくミス・グリーンが手早く仕分けし、ロベルトは黙々と目を通します。
「ミス・グリーン。この五通に代筆で返信しておいてくれ。お断りの定型文で構わない」
「あのっ、お父様。それくらいであれば、私もお手伝いしましょうか」
「これは私個人にきた手紙だ。親の手紙を盗み見するつもりか」
「そんなつもりはありません! お断りするにしても返事は早いにこしたことはありません。ミス・グリーンの負担を減らせないかと……」
仕事をしているロベルトとミス・グリーン。
部屋を調べているミカエルとラファエロ。
彼らと違って、マリアは流れで同行した身なので、手持ち無沙汰でした。ただじっとしていることに居心地の悪さを感じたものの、さりとてやることが無いので部屋に戻りますとも言えずにいました。
そんな時に自分でもできそうなことを見つけたので、深く考えずに提案しただけなのです。
「仕事に口出しするな。たかが数通の手紙が負担になるわけがないだろう。お前は彼女を健康面のサポートしかできないと思っているのか。今の言葉は秘書としてのミス・グリーンを貶めたも同然だ。謝罪しなさい」
「……すみません。出過ぎた真似をしました」
頭を下げながらマリアは考えました。ロベルトは昔からこんな人だったでしょうか。
母が亡くなる前は。祖父が亡くなる前は。マリアが子どもの頃は……
町で見かける親子のように、仲睦まじく出かけた記憶はありません。娘として特別可愛がられた覚えもありませんが、今のように叱られたり、邪険に扱われることもありませんでした。
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