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姿なき呪い
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「ミス・グリーンがロベルトさんの健康状態に敏感なのは、さっさと死なれると困るからです」
身も蓋もない言い方に、マリアは目を丸くしました。
「店を持とうにも資金がなかった。城で働こうにも不採用だった。だから家庭教師になった――本人がそう言っていましたよね」
「はい。私もそう記憶しています」
「城の薬師としては不採用になりましたが、領主の弟さんへの伝手があります。単なる顔見知りではなく、契約の橋渡しをできるほどの強力なものが」
「……」
「当時は無理だったとしても、今ならボスコ商会を介してレシピを売れば、店の開業資金くらいは稼げたはずです。でもしなかった」
「父の側を離れたくなかったからでしょうか……?」
「ええ。だってまだなにも手に入れていません。今、辞職したら損するだけです」
ミカエルは「愛」ではなく、「損」と言い切りました。
「喪中なので再婚できない。外聞を気にして一介の従業員扱いなので愛人手当はなく、秘書としての給料しかもらえない。籍を入れて遺産を相続する権利を手に入れるか、商会の跡取りを身ごもるまで、ロベルトさんには元気でいてもらわないと困るんですよ」
「跡取りって、この商会は私の母方の――」
「でも現に、婿養子のロベルトさんが商会を継いでいますよね。逆にマリアさんは正式な肩書きをお持ちでない」
後継ぎと見なされていただけで、役職に就いていなかったマリアは、立場の弱さを今更ながらに自覚しました。
「ロベルトさんが商会長として君臨し続ければ、商会の雰囲気も変わっていくでしょう。彼の力は増し、愛する女性との子どもができれば、そちらに後を継がせたいと思うのでは」
「いくら父でも、そこまでは!」
「ロベルトさんに『商会のために嫁いでくれ』と言われない自信がありますか?」
むしろありありと想像できてしまい、マリアは唇をかみました。
ロベルトがミス・グリーンとの子どもを愛するかはわかりませんが、マリアよりもミス・グリーンを大切にしているのは確実です。
彼女が望めば、跡取りを変えるくらいしそうです。
「ミス・グリーンがハーブティーで商会に貢献したのは、再婚時の反発を抑えるためと、商会の業績が悪化するのを防ぐためです。嫁ぐ頃には火の車なんて笑えないですからね」
浮かない顔をするマリアに、ミカエルの胸はチクリと痛みました。
「手に入れた情報をどう扱うかは、マリアさん次第です。短い間でしたが、ぼく達によくしてくれたあなたには幸せになってほしいと思っています」
「……ありがとうございます」
間もなくロベルトの不調は治り、喪も明けます。
すぐにでも決断しなければいけません。
後手にまわることがどれだけ不利なのか、商人の娘であるマリアはよく理解しています。逆に先手の有利も同様です。
それでもこの場で結論を出すことができず、彼女はスカートを握りしめることしかできませんでした。
*
「師匠。マリアさんに言っていたのは、ご自分の経験ですか?」
ボスコ邸を出たミカエルは、隣を歩くラファエロを見上げました。
「なんじゃ藪から棒に。彼女には色々と言ったからのう。どの発言を指しとるんじゃ?」
「……情が深すぎると、心ない輩に利用されるという話です」
「わしはめちゃんこ凄い魔法使いじゃから、頼られることはあっても、虐げられることはなかったぞ」
「無自覚なんですね」
ミカエルの呟きは小さすぎて、いかに若い体を保っているラファエロでも聞き取れませんでした。
「何を言ったのか聞こえなかったんじゃが。もう一回言ってくれんかのう」
「その肉体年齢で聴力が急に落ちるなんて、突発性難聴かもしれません。急いでルカ医師(せんせい)に診てもらわないと」
「ちちちち違うわい! 身長差があるから、ちょっと聞き取りづらかっただけじゃ! 受診の必要は無い!」
慌てたラファエロは、誤魔化すように転移魔法を発動させたのでした。
身も蓋もない言い方に、マリアは目を丸くしました。
「店を持とうにも資金がなかった。城で働こうにも不採用だった。だから家庭教師になった――本人がそう言っていましたよね」
「はい。私もそう記憶しています」
「城の薬師としては不採用になりましたが、領主の弟さんへの伝手があります。単なる顔見知りではなく、契約の橋渡しをできるほどの強力なものが」
「……」
「当時は無理だったとしても、今ならボスコ商会を介してレシピを売れば、店の開業資金くらいは稼げたはずです。でもしなかった」
「父の側を離れたくなかったからでしょうか……?」
「ええ。だってまだなにも手に入れていません。今、辞職したら損するだけです」
ミカエルは「愛」ではなく、「損」と言い切りました。
「喪中なので再婚できない。外聞を気にして一介の従業員扱いなので愛人手当はなく、秘書としての給料しかもらえない。籍を入れて遺産を相続する権利を手に入れるか、商会の跡取りを身ごもるまで、ロベルトさんには元気でいてもらわないと困るんですよ」
「跡取りって、この商会は私の母方の――」
「でも現に、婿養子のロベルトさんが商会を継いでいますよね。逆にマリアさんは正式な肩書きをお持ちでない」
後継ぎと見なされていただけで、役職に就いていなかったマリアは、立場の弱さを今更ながらに自覚しました。
「ロベルトさんが商会長として君臨し続ければ、商会の雰囲気も変わっていくでしょう。彼の力は増し、愛する女性との子どもができれば、そちらに後を継がせたいと思うのでは」
「いくら父でも、そこまでは!」
「ロベルトさんに『商会のために嫁いでくれ』と言われない自信がありますか?」
むしろありありと想像できてしまい、マリアは唇をかみました。
ロベルトがミス・グリーンとの子どもを愛するかはわかりませんが、マリアよりもミス・グリーンを大切にしているのは確実です。
彼女が望めば、跡取りを変えるくらいしそうです。
「ミス・グリーンがハーブティーで商会に貢献したのは、再婚時の反発を抑えるためと、商会の業績が悪化するのを防ぐためです。嫁ぐ頃には火の車なんて笑えないですからね」
浮かない顔をするマリアに、ミカエルの胸はチクリと痛みました。
「手に入れた情報をどう扱うかは、マリアさん次第です。短い間でしたが、ぼく達によくしてくれたあなたには幸せになってほしいと思っています」
「……ありがとうございます」
間もなくロベルトの不調は治り、喪も明けます。
すぐにでも決断しなければいけません。
後手にまわることがどれだけ不利なのか、商人の娘であるマリアはよく理解しています。逆に先手の有利も同様です。
それでもこの場で結論を出すことができず、彼女はスカートを握りしめることしかできませんでした。
*
「師匠。マリアさんに言っていたのは、ご自分の経験ですか?」
ボスコ邸を出たミカエルは、隣を歩くラファエロを見上げました。
「なんじゃ藪から棒に。彼女には色々と言ったからのう。どの発言を指しとるんじゃ?」
「……情が深すぎると、心ない輩に利用されるという話です」
「わしはめちゃんこ凄い魔法使いじゃから、頼られることはあっても、虐げられることはなかったぞ」
「無自覚なんですね」
ミカエルの呟きは小さすぎて、いかに若い体を保っているラファエロでも聞き取れませんでした。
「何を言ったのか聞こえなかったんじゃが。もう一回言ってくれんかのう」
「その肉体年齢で聴力が急に落ちるなんて、突発性難聴かもしれません。急いでルカ医師(せんせい)に診てもらわないと」
「ちちちち違うわい! 身長差があるから、ちょっと聞き取りづらかっただけじゃ! 受診の必要は無い!」
慌てたラファエロは、誤魔化すように転移魔法を発動させたのでした。
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