魔法使いの弟子、のはず ~その依頼、魔法を使わず解決します~

文字の大きさ
44 / 50
姿なき呪い

私は悪くない 前編(ロベルトside)

しおりを挟む
 窓辺に立ったロベルトは、魔法使いの師弟が屋敷を出ていくのを見て舌打ちをしました。
 二人の退去を確認し終えたので、窓から離れて椅子に座った瞬間ズキリと頭が痛みました。

「ああ、クソッ。あの女が死ぬ前に何かしたに違いないのに、無能どもめ――!」



 若く美しい家庭教師と深い仲になった時のことは、今でも鮮明に覚えています。
 あれは雨の日のことでした。
 出勤途中で雨に降られたミス・グリーンはしとどに濡れてしまいました。
 いつもきっちり結っている髪をほどき、滴る雨水を拭う姿には妻にはない色気がありました。

「体が冷えてしまったでしょう。この部屋で温まってから授業を開始していただいて構いませんよ」

 ロベルトは応接間の暖炉に火をいれ、ミス・グリーンが休めるように部屋を整えました。

「傘を持っていなかったのは私の落ち度なのに、ご迷惑をおかけして申し訳ないですわ」
「私だって傘を忘れて雨に降られることくらいあります」
「まあ、旦那様が?」

 ふふと口元に手を当てて笑う姿が、いつもと印象が違いロベルトはドキリとしました。
 旦那様という響きが、別の意味に聞こえてしまいそうです。

「ありがとうございます。実は冷え性で、ほらこんなに冷たいんですのよ――」

 そう言ってミス・グリーンはロベルトの手を握りました。
 手の冷たさと、急な接触に男の心臓が跳ねました。
 握手なんて商談の場では日常茶飯事、今回は相手が違うと言っても思春期の少年でもあるまいし手に触れられたくらいで動揺するなんて。
 どう切り返したものか迷っていると、ミス・グリーンは「旦那様の手はとても温かいですね」と微笑みました。
 いつの間にかロベルトの手は彼女の頬に添えられていました。

「旦那様と一緒ならすぐに温まりそう――」



「旦那様。奥様がお呼びです」

 遡ること1ヶ月前。使用人を介して呼び出されたロベルトは、特に警戒することなく彼女の寝室に行きました。

「よりによって娘の家庭教師に手を出すなんて見下げた男だな」

 熱で瞳を潤ませながらも、眼光鋭く睨まれてロベルトは一瞬固まりました。

「どうしたんだ。藪から棒に」

「今までは上手く遊んでいたから見逃していたが、今回の相手はダメだ」

「――なんのことだか」

「鎌をかけられていると思っているなら甘いぞ。ちゃんと証拠も確保している。倫理観に欠けている人間は、いくら勉学に優れていようと教育者の資格はない」

 とぼけようとするロベルトを制し「派遣元にも報告済みだ」と告げました。

「さて君の年下の愛人は間もなくこの屋敷を去ることになるだろう。君の浅はかな行いの所為で、この先家庭教師として働くのは難しいだろうな。誰も家人をたぶらかす女を雇おうとは思うまい」

「彼女の人生を滅茶苦茶にするつもりか!」

「滅茶苦茶にしたのは君だろう。男として責任を取ってもいいんだぞ」

「なに――」

「私が欲しかったのは、自分が不在の間に、商会本部を支えてくれる忠実で優秀な事務官だ。籍を入れれば法的に一蓮托生になるから、信頼できると思ったんだが、私も年相応に未熟だったということだな」

 ベッドに横になったまま、ロベルトを婿に選んだかつての自分を嘲笑いました。
 女傑と名高い彼女ですが、年相応に甘い小娘だった時もあります。
 当時は家族なら絶対に裏切らないだろうと、根拠もなく信じたのです。

「もしかして、私を商会から追い出す気か?」
「というか離婚だ。退職を強制しないが、別れた妻の下で働くなんて居心地が悪いだろう」
「私は仕事に誠心誠意取り組んでいるし、成果も出している! 何よりマリアの父親なんだぞ!」
「父親だからこそ引き離さなければいけないんだ。悪影響だし、あの子が自分で父親を切り捨てるのは難しいだろうから、母親である私が行う」

 商会の仕事は結局は人と人との関係がものを言います。従業員も人、取引相手も人、客も人。
 マリアは気立てが良く、責任感のある娘に育ちました。
 親としては喜ばしいのですが、経営者としての非情さが足りないのは心配です。

 商会長はまだ寿命を気にするような年ではありませんし、持病もありません。
 しかし今回倒れたことで、人はいつ何時死ぬかわからないという当たり前のことに気がついたのです。
 もしものことを考えて、不安の芽は早めに積んでおくことにしました。
 だから今回は、苛烈な母親が浮気者の父親を追い出したことにするのが最善でしょう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

心が折れた日に神の声を聞く

木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。 どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。 何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。 絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。 没ネタ供養、第二弾の短編です。

【完結】平民聖女の愛と夢

ここ
ファンタジー
ソフィは小さな村で暮らしていた。特技は治癒魔法。ところが、村人のマークの命を救えなかったことにより、村全体から、無視されるようになった。食料もない、お金もない、ソフィは仕方なく旅立った。冒険の旅に。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

裏庭係の私、いつの間にか偉い人に気に入られていたようです

ルーシャオ
恋愛
宮廷メイドのエイダは、先輩メイドに頼まれ王城裏庭を掃除した——のだが、それが悪かった。「一体全体何をしているのだ! お前はクビだ!」「すみません、すみません!」なんと貴重な薬草や香木があることを知らず、草むしりや剪定をしてしまったのだ。そこへ、薬師のデ・ヴァレスの取りなしのおかげで何とか「裏庭の管理人」として首が繋がった。そこからエイダは学び始め、薬草の知識を増やしていく。その真面目さを買われて、薬師のデ・ヴァレスを通じてリュドミラ王太后に面会することに。そして、お見合いを勧められるのである。一方で、エイダを嵌めた先輩メイドたちは——?

処理中です...