22 / 548
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
4
しおりを挟む
その時、近衛騎士のバリケードをすり抜けて、ひとりの令嬢が脇の方からそろりと近寄ってきていた。
気の弱そうなその令嬢は後方を振り返り、おそらく彼女の母親だろう夫人に助けを求めるような視線を送った。夫人は強く頷いてから顎をしゃくって、そのまま進めと令嬢に指示を出している。令嬢は涙目になりながら、意を決したように壇上の王太子へと近づこうとした。
それに気づかないふりをしたままハインリヒ王子は、ため息交じりに「ヴァルト」と後ろにいる幼馴染の名を呼んだ。その呼びかけに応えることなく、ジークヴァルトは近寄ってきた令嬢に立ちふさがるように体をずらし、無言で令嬢を見下ろした。
スカートの裾を気にしながらこっそりと壇上に登ろうとしていた令嬢は、不意にできた人影に恐る恐る顔を上げた。令嬢とジークヴァルトの視線がからみ合う。
「ひいっ」
令嬢は短く悲鳴をあげたかと思うと母親のいる方へ一目散に逃げていった。
目が合ったのはほんの一瞬だ。ジークヴァルトはずっと無表情を保っていたが、大抵の人間はジークヴァルトを前にするとこんなふうに恐怖する。睨んでいるわけでもないのに、威圧感を感じて恐れをなして逃げていくのだ。
(目が合うだけで追い払えるとは。こういうときジークヴァルトは重宝するな)
そんなことを考えながら、ハインリヒは何気なく庭の方をみやる。
ふと、ここからいちばん遠い円卓に目がとまり、思わずその目を見開いた。
王太子である自分に興味なさげに、遠巻きにたたずんでいる数人の令嬢がいたのだが、そのひとり、遠目に見ても華奢と思える小さな令嬢が、こともあろうに“とんでもないもの”を背負っていたのだ。
「おい、ヴァルト、あれを見ろ」
手袋をはめた指でその令嬢を指し示す。
時折、気に入られたのか取りつかれたのか、その身に異形の者をつけて歩く者がいるにはいるが、あそこまでの人間は今まで見たことがなかった。
その令嬢の様相は、砂糖に群がる蟻を連想させた。
普段、感情を表にあらわさないジークヴァルトも、さすがにぎょっとしたようだ。ジークヴァルトが二度見をするなど、そうあることではなかった。
意味もなく、してやったり感をおぼえたが、あの令嬢を放っておくわけにもいかず、ハインリヒは王太子として、ジークヴァルトに何とかするように命令する。
早く行けと、手をはためかすと、ジークヴァルトは一目散にその令嬢を目指していった。
あのヴァルトが平静を欠くとは。おもしろいものが見られたものだ。
そう思ったことは、ジークヴァルトには内緒にしておこう。からかうネタは、ここぞというときにとっておくべきだ。
ハインリヒはそんなことを思いながら、事の成り行きを目で追ったのだった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。いたいけな異世界令嬢、がんばってまーす! 不可解なお茶会のあと、待っていたのは魔王様との対決で!? え! ヴァルト様! そんなことされたら、わたしお嫁に行けなくなっちゃいます!!
次回、第5話「悪魔の令嬢」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
気の弱そうなその令嬢は後方を振り返り、おそらく彼女の母親だろう夫人に助けを求めるような視線を送った。夫人は強く頷いてから顎をしゃくって、そのまま進めと令嬢に指示を出している。令嬢は涙目になりながら、意を決したように壇上の王太子へと近づこうとした。
それに気づかないふりをしたままハインリヒ王子は、ため息交じりに「ヴァルト」と後ろにいる幼馴染の名を呼んだ。その呼びかけに応えることなく、ジークヴァルトは近寄ってきた令嬢に立ちふさがるように体をずらし、無言で令嬢を見下ろした。
スカートの裾を気にしながらこっそりと壇上に登ろうとしていた令嬢は、不意にできた人影に恐る恐る顔を上げた。令嬢とジークヴァルトの視線がからみ合う。
「ひいっ」
令嬢は短く悲鳴をあげたかと思うと母親のいる方へ一目散に逃げていった。
目が合ったのはほんの一瞬だ。ジークヴァルトはずっと無表情を保っていたが、大抵の人間はジークヴァルトを前にするとこんなふうに恐怖する。睨んでいるわけでもないのに、威圧感を感じて恐れをなして逃げていくのだ。
(目が合うだけで追い払えるとは。こういうときジークヴァルトは重宝するな)
そんなことを考えながら、ハインリヒは何気なく庭の方をみやる。
ふと、ここからいちばん遠い円卓に目がとまり、思わずその目を見開いた。
王太子である自分に興味なさげに、遠巻きにたたずんでいる数人の令嬢がいたのだが、そのひとり、遠目に見ても華奢と思える小さな令嬢が、こともあろうに“とんでもないもの”を背負っていたのだ。
「おい、ヴァルト、あれを見ろ」
手袋をはめた指でその令嬢を指し示す。
時折、気に入られたのか取りつかれたのか、その身に異形の者をつけて歩く者がいるにはいるが、あそこまでの人間は今まで見たことがなかった。
その令嬢の様相は、砂糖に群がる蟻を連想させた。
普段、感情を表にあらわさないジークヴァルトも、さすがにぎょっとしたようだ。ジークヴァルトが二度見をするなど、そうあることではなかった。
意味もなく、してやったり感をおぼえたが、あの令嬢を放っておくわけにもいかず、ハインリヒは王太子として、ジークヴァルトに何とかするように命令する。
早く行けと、手をはためかすと、ジークヴァルトは一目散にその令嬢を目指していった。
あのヴァルトが平静を欠くとは。おもしろいものが見られたものだ。
そう思ったことは、ジークヴァルトには内緒にしておこう。からかうネタは、ここぞというときにとっておくべきだ。
ハインリヒはそんなことを思いながら、事の成り行きを目で追ったのだった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。いたいけな異世界令嬢、がんばってまーす! 不可解なお茶会のあと、待っていたのは魔王様との対決で!? え! ヴァルト様! そんなことされたら、わたしお嫁に行けなくなっちゃいます!!
次回、第5話「悪魔の令嬢」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
30
あなたにおすすめの小説
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
【完結】遅いのですなにもかも
砂礫レキ
恋愛
昔森の奥でやさしい魔女は一人の王子さまを助けました。
王子さまは魔女に恋をして自分の城につれかえりました。
数年後、王子さまは隣国のお姫さまを好きになってしまいました。
一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む
浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。
「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」
一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。
傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語
変人令息は悪女を憎む
くきの助
恋愛
「ブリジット=バールトン。あなたを愛する事はない。」
ああ、ようやく言えた。
目の前の彼女は14歳にしてこれが二度目の結婚。
こんなあどけない顔をしてとんでもない悪女なのだ。
私もそのことを知った時には腹も立ったものだが、こちらにも利がある結婚だと割り切ることにした。
「当初話した通り2年間の契約婚だ。離婚後は十分な慰謝料も払おう。ただ、白い結婚などと主張されてはこちらも面倒だ。一晩だけ付き合ってもらうよ。」
初夜だというのに腹立たしい気持ちだ。
私だって悪女と知る前は契約なんて結ぶ気はなかった。
政略といえど大事にしようと思っていたんだ。
なのになぜこんな事になったのか。
それは半年ほど前に遡る。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
【完結】恋につける薬は、なし
ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。
着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる