ふたつ名の令嬢と龍の託宣【全年齢版】

古堂 素央

文字の大きさ
140 / 548
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

しおりを挟む
 そうこうしているうちに、先ほどの仁王立ちしている大男の場所までやってきた。

 男は身じろぎもせず、じっと一点を睨みつけるように凝視している。その視点の先に立っていたら、きっと身の竦む思いをすることだろう。両の手はきつくこぶしが握られており、何かに耐えているようにも見えた。

 しかし、リーゼロッテは首をかしげた。男の形相は恐ろしく感じるが、纏う気配が不可思議に感じる。気配と言うより心持ちと言った方が良いだろうか?

 リーゼロッテは王城での異形の騒ぎの一件から、異形に対して敏感になった。油断すると異形の思いの塊のようなものが、頭の中に流れ込んでくるのだ。

 その大概は、助けを求めるような懇願の声だったが、今ここで立ち尽くす異形からはそういった思いは感じられなかった。

 男から流れてくるのは、リーゼロッテ自身も覚えのあるようなそんな身近な感情だった。そう、例えて言うなら――。
(まるでふてくされているよう)

 なんといえばいいのだろう。子供の頃に覚えのあるような感覚だ。親に叱られ、押し入れにこもったときにこんな感じにならなかっただろうか?
 リーゼロッテは首をかしげた。

(そうね。意固地になって閉じこもって、もう出ていきたいけど、でも恥ずかしくて素直になれない……。まるでそんな感じだわ)

 リーゼロッテはじっと男を観察するように見つめた。よく見ると馬車のわだちの跡は男を避けるように左右に引かれている。使用人たちはその男に注意を払うこともなく、ただ置いてあるオブジェのごとく扱っているようだった。

「あれは邪魔ではないのかしら?」
「すこぶる邪魔ですねぇ」

 独り言のようにつぶやいたリーゼロッテに、マテアスがしみじみ返した。

「あれは不動のカークと言って、何百年もあそこでずっと立っているのですよ」
「何百年も!?」

 思いのほか大きな声が出てしまい、リーゼロッテは慌てて周りをうかがった。先ほどまで隣にいたエラは、少し離れたところで調理場の使用人と思われる者と話し込んでいる。
 マテアスとの会話は聞こえてはいないようだ。ほっと息をつき、リーゼロッテはマテアスに向き直った。

「浄化しようとは思わないの?」
「それがカークはなかなかやっかいでして。昔は何度もはらおうとしたらしいのですが、頑として浄化されないのです。たまに腕に覚えのあるものが挑戦するのがお約束になっていますが、今ではすっかり放置状態なのですよ。基本、立っているだけで害はない異形ですし」
 すこぶる邪魔ですがねぇ、とマテアスは糸目でカークを見やった。

「ヴァルト様でも祓えないのかしら?」
「そうですねぇ。あるじは子供の頃からカークに興味なさげでしたし、必要ないと思ったことには指一本動かしませんから。できてもやらない、と言ったところでしょうか」

 確かに無駄を嫌うジークヴァルトが、いたずらに腕試しのようなことはしなさそうだ。マテアスは誰よりもジークヴァルトの性格を知り尽くしているのだろう。リーゼロッテはなるほどと頷いた。

(ヴァルト様の破天荒ぶりに困ったときはマテアスに相談するのがいいかしら)

「ですが主は、リーゼロッテ様が可愛くお願いなさったら、意気揚々と祓ってみせますよ」
「え? いいえ、そのようなことはないはずだわ」

 ジークヴァルトに自分の希望が、今までどれだけ聞き届けられただろうか? やはりマテアスは当てにならないとリーゼロッテはふるふると首を振った。

「カークと話はできるのかしら……?」

 王城で会った鎧の大公を思い出して、リーゼロッテはつぶやいた。あれだけはっきりした形をとっている異形なら、カークとも話せるかもしれない。

「いいえ、カークは立ち尽くすだけの異形です。押しても引いても全くの無反応なのですよ」
「まあ、そうなのね。……少し近づいてみてもいいかしら?」
「はい、今は馬車が通る時間でもありませんので大丈夫ですよ。ただしお力だけはお使いにならないでくださいね」

 主に叱られてしまいますので、とマテアスはウィンクらしきものをした。糸目のマテアスは、もともと目が開いているかもわからない。あれできちんと見えているようだから驚きだ。

 そんなことを思いながら、リーゼロッテは不動のカークに近づいて、その正面に立った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

変人令息は悪女を憎む

くきの助
恋愛
「ブリジット=バールトン。あなたを愛する事はない。」 ああ、ようやく言えた。 目の前の彼女は14歳にしてこれが二度目の結婚。 こんなあどけない顔をしてとんでもない悪女なのだ。 私もそのことを知った時には腹も立ったものだが、こちらにも利がある結婚だと割り切ることにした。 「当初話した通り2年間の契約婚だ。離婚後は十分な慰謝料も払おう。ただ、白い結婚などと主張されてはこちらも面倒だ。一晩だけ付き合ってもらうよ。」 初夜だというのに腹立たしい気持ちだ。 私だって悪女と知る前は契約なんて結ぶ気はなかった。 政略といえど大事にしようと思っていたんだ。 なのになぜこんな事になったのか。 それは半年ほど前に遡る。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。 着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…

初恋の呪縛

緑谷めい
恋愛
「エミリ。すまないが、これから暫くの間、俺の同僚のアーダの家に食事を作りに行ってくれないだろうか?」  王国騎士団の騎士である夫デニスにそう頼まれたエミリは、もちろん二つ返事で引き受けた。女性騎士のアーダは夫と同期だと聞いている。半年前にエミリとデニスが結婚した際に結婚パーティーの席で他の同僚達と共にデニスから紹介され、面識もある。  ※ 全6話完結予定

処理中です...