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第2章 氷の王子と消えた託宣
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◇
「まあ! お茶会に行ってもよろしいのですか?」
ジークヴァルトに一通の招待状を差し出され、リーゼロッテは驚きで目を見開いた。
社交界にデビューしてからというもの、届く夜会や茶会への招待の数々は、ジークヴァルトにより却下され続けている。断りの文面をしたためる手紙を書くのが、もはやリーゼロッテの日課となっていた。
そんな時に、この茶会になら行ってもいいと突然言われたのだから、驚くのも当然だろう。受け取った招待状は赤い封蝋で閉じられおり、そこにはグレーデン家の家紋が押されていた。
「こちらはグレーデン侯爵家の……?」
戸惑いながらも招待状を開けてみる。達筆な文字を見るからに、年配の者からの招待のようだ。グレーデン家の知り合いと言えば、エーミールしか思い浮かばなかったリーゼロッテは、不思議そうに差出人の名前を口にした。
「ウルリーケ・グレーデン様……」
「ウルリーケ様はエーミール様のおばあ様でいらっしゃいます」
「エーミール様の?」
斜め向かいのソファに腰かけたエマニュエルの言葉に、リーゼロッテは戸惑いながら隣に座るジークヴァルトの顔を見上げた。
「嫌なら無理にとは言わない」
「え? いえ、きちんと行ってまいりますわ」
数ある招待の中から、ようやくOKが出されたのだ。以前のようなダーミッシュ領での引きこもりな深窓令嬢生活に比べると、格段に自由度は増してはいるが、それでも単調な毎日は続いている。刺激を欲していたリーゼロッテは、迷いなくジークヴァルトにそう返した。
「今回は、リーゼロッテ様だけをお招きする個人的なお茶会のようですね。フーゲンベルク家とは長くお付き合いがある方ですし、初めての茶会にはうってつけですわね」
(身内のお茶会ってことかしら)
それなら安心できるとリーゼロッテが息をついたところに、エマニュエルが「ですが……」と顔を曇らせた。
「ウルリーケ様は元王族の方ですので、少々作法に厳しい面がありまして……。今回、お付きの者はエラ様に行っていただくのがよろしいでしょうね」
「ウルリーケ様はエマニュエル様を、快く思っていらっしゃいませんからねぇ」
紅茶を差し出しながら、マテアスが困ったように眉を下げる。リーゼロッテがマテアスを不安げに見上げると、エマニュエルは安心させるように微笑んだ。
「わたしは元使用人ですので、ウルリーケ様にそう扱われるのも仕方ないことです。せっかくのお茶会ですから、わたしが付き添って、ウルリーケ様のご機嫌を損ねるのは得策ではありませんわ」
グレーデン家は厳格な家風であると、以前にエマニュエルが言っていたことを思い出す。
「ウルリーケ様は王族出身ということもあり、とにかく気位の高いお方ですからねぇ。グレーデン侯爵家の実権を握っているのは実質ウルリーケ様で、陰ではグレーデン家の女帝などと呼ばれているのですよ」
マテアスの言葉に、シンデレラの継母のようなイメージが湧いてくる。初めてのお茶会にしてはハードルが高くはないかと、急に不安がもたげてきた。
「わたくし、大丈夫かしら……」
「ふふ、リーゼロッテ様は普段通りで問題ないですわ。令嬢の鑑のようなリーゼロッテ様をご覧になれば、ウルリーケ様もきっとご満足なさいます」
そう言われても不安はぬぐわれない。
「無理に行かなくてもいい」
「え? ですが、きちんと行ってまいりますわ」
きっとジークヴァルトの婚約者としてふさわしい令嬢か、品定めするためのお茶会なのだろう。公爵家に恥をかかせないためにも、ロッテンマイヤーさん直伝のマナーをフルに活用しなくては。
リーゼロッテがそう意気込んでいると、ジークヴァルトが眉間にしわを寄せた。
「嫌なら行くことはない」
「わたくし嫌だとは言っておりませんわ」
「だが、少しでもそう思うなら、行く必要はない」
いつになく歯切れ悪く食い下がるジークヴァルトに、リーゼロッテは不思議そうにこてんと小首を傾けた。
「もしかして、ジークヴァルト様は……わたくしに行ってほしくないのですか?」
自分で行く許可を出したくせにと思いつつ、上目遣いでそう聞いてみる。するとジークヴァルトはぐっと口をつぐんで、ついとリーゼロッテから顔をそらした。
「まあ! どうぞご安心くださいませ。わたくしジークヴァルト様のためにも、粗相せぬよう頑張ってまいりますわ!」
心配ご無用とばかりに胸の前でこぶしを作る。それを見たジークヴァルトは、その眉間にさらに深いしわを寄せた。そんなジークヴァルトを、マテアスがあきれたように見やる。
「行く先はあのグレーデン家なんですよ。旦那様の守り石もありますし、エラ様がご一緒なら、異形たちも寄っては来ることはないでしょう? まったく、子供みたいに駄々こねていないで、快くリーゼロッテ様を送り出して差し上げてください」
「そうですわ、旦那様。リーゼロッテ様も社交会にデビューされた身。今のうちにいろいろと経験をお積みにならないと、ゆくゆく苦労なさるのはリーゼロッテ様ですわ」
畳みかけるように言われたジークヴァルトは、仏頂面のまま口をつぐんだ。
(わたしってそんなに信用ないのかしら)
普段の行いをきれいさっぱり棚に上げつつ、過保護にもほどがあると、リーゼロッテは小さなその唇をむうっと尖らせた。
そんなこんなでリーゼロッテは、デビュー後初めてのお茶会に、単身、参加することになったのだった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。向かうは、いざグレーデン家! 護衛としてやってきたカイ様に協力を乞われたわたしは、このお茶会がカイ様潜入のためのものだと知らされて? 潜入捜査の言葉に波乱の予感! おとり役は、わたしにお任せあれですわ!
次回、2章第17話「雪の令堂」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
「まあ! お茶会に行ってもよろしいのですか?」
ジークヴァルトに一通の招待状を差し出され、リーゼロッテは驚きで目を見開いた。
社交界にデビューしてからというもの、届く夜会や茶会への招待の数々は、ジークヴァルトにより却下され続けている。断りの文面をしたためる手紙を書くのが、もはやリーゼロッテの日課となっていた。
そんな時に、この茶会になら行ってもいいと突然言われたのだから、驚くのも当然だろう。受け取った招待状は赤い封蝋で閉じられおり、そこにはグレーデン家の家紋が押されていた。
「こちらはグレーデン侯爵家の……?」
戸惑いながらも招待状を開けてみる。達筆な文字を見るからに、年配の者からの招待のようだ。グレーデン家の知り合いと言えば、エーミールしか思い浮かばなかったリーゼロッテは、不思議そうに差出人の名前を口にした。
「ウルリーケ・グレーデン様……」
「ウルリーケ様はエーミール様のおばあ様でいらっしゃいます」
「エーミール様の?」
斜め向かいのソファに腰かけたエマニュエルの言葉に、リーゼロッテは戸惑いながら隣に座るジークヴァルトの顔を見上げた。
「嫌なら無理にとは言わない」
「え? いえ、きちんと行ってまいりますわ」
数ある招待の中から、ようやくOKが出されたのだ。以前のようなダーミッシュ領での引きこもりな深窓令嬢生活に比べると、格段に自由度は増してはいるが、それでも単調な毎日は続いている。刺激を欲していたリーゼロッテは、迷いなくジークヴァルトにそう返した。
「今回は、リーゼロッテ様だけをお招きする個人的なお茶会のようですね。フーゲンベルク家とは長くお付き合いがある方ですし、初めての茶会にはうってつけですわね」
(身内のお茶会ってことかしら)
それなら安心できるとリーゼロッテが息をついたところに、エマニュエルが「ですが……」と顔を曇らせた。
「ウルリーケ様は元王族の方ですので、少々作法に厳しい面がありまして……。今回、お付きの者はエラ様に行っていただくのがよろしいでしょうね」
「ウルリーケ様はエマニュエル様を、快く思っていらっしゃいませんからねぇ」
紅茶を差し出しながら、マテアスが困ったように眉を下げる。リーゼロッテがマテアスを不安げに見上げると、エマニュエルは安心させるように微笑んだ。
「わたしは元使用人ですので、ウルリーケ様にそう扱われるのも仕方ないことです。せっかくのお茶会ですから、わたしが付き添って、ウルリーケ様のご機嫌を損ねるのは得策ではありませんわ」
グレーデン家は厳格な家風であると、以前にエマニュエルが言っていたことを思い出す。
「ウルリーケ様は王族出身ということもあり、とにかく気位の高いお方ですからねぇ。グレーデン侯爵家の実権を握っているのは実質ウルリーケ様で、陰ではグレーデン家の女帝などと呼ばれているのですよ」
マテアスの言葉に、シンデレラの継母のようなイメージが湧いてくる。初めてのお茶会にしてはハードルが高くはないかと、急に不安がもたげてきた。
「わたくし、大丈夫かしら……」
「ふふ、リーゼロッテ様は普段通りで問題ないですわ。令嬢の鑑のようなリーゼロッテ様をご覧になれば、ウルリーケ様もきっとご満足なさいます」
そう言われても不安はぬぐわれない。
「無理に行かなくてもいい」
「え? ですが、きちんと行ってまいりますわ」
きっとジークヴァルトの婚約者としてふさわしい令嬢か、品定めするためのお茶会なのだろう。公爵家に恥をかかせないためにも、ロッテンマイヤーさん直伝のマナーをフルに活用しなくては。
リーゼロッテがそう意気込んでいると、ジークヴァルトが眉間にしわを寄せた。
「嫌なら行くことはない」
「わたくし嫌だとは言っておりませんわ」
「だが、少しでもそう思うなら、行く必要はない」
いつになく歯切れ悪く食い下がるジークヴァルトに、リーゼロッテは不思議そうにこてんと小首を傾けた。
「もしかして、ジークヴァルト様は……わたくしに行ってほしくないのですか?」
自分で行く許可を出したくせにと思いつつ、上目遣いでそう聞いてみる。するとジークヴァルトはぐっと口をつぐんで、ついとリーゼロッテから顔をそらした。
「まあ! どうぞご安心くださいませ。わたくしジークヴァルト様のためにも、粗相せぬよう頑張ってまいりますわ!」
心配ご無用とばかりに胸の前でこぶしを作る。それを見たジークヴァルトは、その眉間にさらに深いしわを寄せた。そんなジークヴァルトを、マテアスがあきれたように見やる。
「行く先はあのグレーデン家なんですよ。旦那様の守り石もありますし、エラ様がご一緒なら、異形たちも寄っては来ることはないでしょう? まったく、子供みたいに駄々こねていないで、快くリーゼロッテ様を送り出して差し上げてください」
「そうですわ、旦那様。リーゼロッテ様も社交会にデビューされた身。今のうちにいろいろと経験をお積みにならないと、ゆくゆく苦労なさるのはリーゼロッテ様ですわ」
畳みかけるように言われたジークヴァルトは、仏頂面のまま口をつぐんだ。
(わたしってそんなに信用ないのかしら)
普段の行いをきれいさっぱり棚に上げつつ、過保護にもほどがあると、リーゼロッテは小さなその唇をむうっと尖らせた。
そんなこんなでリーゼロッテは、デビュー後初めてのお茶会に、単身、参加することになったのだった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。向かうは、いざグレーデン家! 護衛としてやってきたカイ様に協力を乞われたわたしは、このお茶会がカイ様潜入のためのものだと知らされて? 潜入捜査の言葉に波乱の予感! おとり役は、わたしにお任せあれですわ!
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