ここまでコケにされたのだから、そろそろ反撃しても許されますわよね?

古堂 素央

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第9話 予期せぬ再会

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 集中しようと思っても、夕べのふたりの会話が頭を離れない。
 幾度目かの書き損じに、ペン先を止めたアンドレアは大きく息をついた。

(結局ほとんど眠れなかったし……)

 寝不足も重なって、先ほどからミスを連発してしまっている。
 そんなアンドレアにシュナイダー家の家令が気づかわしげに声をかけた。

「奥様、一度ご休憩をなさっては?」
「そうね……少しの間、任せてもいいかしら?」

 そう言って席を立つ。
 気分転換のために執務室を出かかって、結局アンドレアは応接用のソファに身を沈めた。
 またライラに出くわしたらと思うとどうしようもなく気が滅入る。

(こんなわたくし、なんだか嫌だわ)

 なぜ自分がこんなふうにこそこそしなくてはならないのか。

(お母様……)

 こんなとき、母だったらどんな振る舞いをするだろうか。
 凛として立つ、母の姿が脳裏に浮かぶ。
 王女として生まれ育った母は自信に溢れ、どんなときも決して揺らがない人だった。

 寝ないで書いた祖父宛の手紙は、今朝早くに王城へと届けさせた。内容は見舞いに行きたいとだけしたためてある。
 祖父は病床に就いていることもあり、あまり返事は期待しない方がいいかもしれない。
 それでも何もせずに手をこまねいていたら、アンドレアはこのままふたりの操り人形になってしまう。

 無意識に大きくため息をついた。
 そんなとき困り顔の使用人がひとり、恐る恐る近づいて来た。書類を手に、何やら声がけをためらっている。
 仕方なくアンドレアはその男に視線を向けた。
 不機嫌な自分のそばに寄って来るくらいだ。火急の案件でも持ってきたのだろう。

「なにか急ぎがあって?」
「はい、それが……鉱山で使う火薬の仕入れで、交渉が難航しておりまして……」
「火薬の? 見せなさい」

 書類を受け取り、アンドレアは眉根を寄せた。

「何なの、これは? 仕入れ値が相場の十倍以上になっているじゃない」

 仕入れ先は長年取引を続けている他領地の商会だ。
 ポールが当主になったときに足元を見てくる者はいるにはいたが、これほどあからさまな値段をつけられたのは初めてだ。

「単に書き間違いではないの? 相手に確認は取ったのね?」
「確認は取りましたが、何でも上役が変わったとかで。その値でないと売れないとの一点張りでして……」

 それで交渉が一向に進まず困っているのだと男は訴えた。
 上役自らが出張ってきて、何を言っても聞き入れてくれないらしい。

「こちらはシュナイダー公爵家なのよ? こんなふうに舐められるだなんて、少し対応が甘いのではなくて?」
「いえ、それがその……あちらの上役もそれなりのご身分でして、これ以上はわたしどもではどうにも……」
「それなりの? 貴族ということ?」
「はい、そのようで」
「貴族なら尚更じゃない。公爵家に喧嘩を売ろうだなんて、その相手は一体何を考えているのよ」

 公爵は王族に次ぐ身分の称号だ。
 例え政敵の嫌がらせだったとしても、もっと上手い立ち回り方がいくらでもあるだろうに。

「その上役のお方はどうにも掴めない性格でして……どうしたものかと、こうしてご相談に上がった次第です」
「なんだか要領の得ない話ね……」

 使用人もほとほと困り果てた様子だ。
 相手を呼び立てても良かったが、使用人の報告では火薬不足が生じて既に事業に支障をきたす状況になっていた。
 他に取引先を探すにも時間がかかる。
 しばらく思案するも、寝不足もあってか良い案は浮かんでこなかった。
 考えることを放棄して、アンドレアは立ち上がった。

「いいわ、わたくしが直接話をつけに行きます」
「よろしいのですか!?」
「あなたたちだけでは埒が明かないのでしょう? 今すぐ出向くから準備なさい」

 普段アンドレアは交渉の場に表立って出ることはなかった。
 女だからと相手に軽く扱われることが多いため、あくまで裏での指示・判断に徹している。
 だが今回ばかりは仕方がないだろう。

 結局ゆっくり休むこともできずに、アンドレアは馬車で下町へ向かった。
 使用人を数人引き連れ取引相手の商会の門をたたく。
 急に連絡して来たわりには、慌てることなくすんなり中に通された。

「ただいま責任者を呼んでまいります」

 案内された応接室はそれなりの調度品で品よく整えられている。

(どこの貴族か知らないけれど、わたくしの顔を見たら驚くわね、きっと……)

 本来ならポールが対応すべきなのだろう。
 だがアンドレアには、相手をやり込めるだけの知識と実力を持ち合わせている自信があった。

 カツカツと乾いた靴音が近づいて来る。
 こちらが上だということを示すために、座ったままその男を出迎えた。
 しかしやって来た男の顔を見て、驚きのあまりアンドレアは気づけばソファから立ち上がっていた。

「待ちかねましたよ。シュナイダー公爵夫人」

 耳に馴染んだ声で、男は薄く笑った。

 そこに立っていたのは、アンドレアのかつての婚約者、エドガー・シュミットその人だった。
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