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同棲編 6
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自宅マンションへ戻ると、いつもの日常がそこにあった。
色違いのスリッパ。
互いが好きなキャラのマグカップ。
智ちゃんが毎日読む新聞。
お揃いのパジャマ。
当たり前の光景が何故か心に突き刺さる。もう、この風景は続かないのかもしれないと……
夜遅く智ちゃんが帰ってきた。僕がマンションに帰っている事に少し驚いているようだった。
「将暉……」
僕はチラッと智ちゃんを見る。でもすぐ目を逸らしてしまう。見つめ合ったら泣いてしまうと思ったから。
「将暉……ごめんな」
謝られると、本当に裏切られたんだって感じてしまうから、辛くなってしまって、
「先に説明してくれよ」と、素っ気なく言う僕。
「そうだよな、ちゃんと説明するよ」
そう言うと智ちゃんは何故、元奥さんと会っていたのかを話し出した。
まさか、あんな悲しい出来事が智ちゃんにもあっただなんて……
◇◆◇◆
将暉と出会う3年前、俺は僅か7ヶ月で離婚している。でも元嫁とは交際期間を入れたら2年位の付き合いだった。普通のOLで、学生時代からの同級生に誘われた合コンに何となく参加した時に出会った。可愛いと思ったし綺麗だとも思った。どちらからともなく、何となく付き合い出して、暫くして彼女が妊娠した。正直俺ももうすぐ四十路だし、順序がおかしいけど、こうでもしないと結婚しないかもなって……
でも俺が仕事が忙しかったのと、彼女は悪阻が酷かったので仕事を辞めて実家で過ごしていたのもあって、籍を入れるタイミングがなかなか無くて。娘が産まれた後にやっと入籍してさ。
◇◆◇◆
『智ちゃん、子供まで居たんだ……』
その事実に、僕はかなりショックを受けていた。
教えて貰っていなかった事と、子を授かっていた事実に。
でも黙って聞いていた。今は感情を失った男を演じている、って思えば無表情で居られる。
◇◆◇◆
三人であのマンションで暮らし出して……でもまぁ、俺は仕事優先だから、娘の面倒は専ら彼女がしていたんだけれど。
家族三人で暮らし出して半年も経っていない時だった。仕事中に何度も彼女から連絡があったんだけれど、仕事優先の俺だから、着信からメールから何から何まで無視してしまって。
仕事が終わって彼女に電話したら、彼女の父親が出てさ。
「お前は娘が死んだのに、仕事が優先なのか!お前には人の心がないのか!」っていきなり怒鳴られてさ……意味が分からくて…
娘が死んだ?
娘は産まれたばかりだし、何言ってんだって、その時もまぁ俺は呑気でさ。
兎に角慌てて自宅へ戻ると、泣き崩れている彼女が娘を抱いていて……
泣きながら彼女が言うんだよ。
「私が少しウトウトしてしまったせいで死なせてしまった」って。
娘の頬を指で撫でると、娘が冷たくてさ。どうしてこんなに肌が冷たくなってるのか分からなくて。
「寒いんじゃないのか?」
なんて言ってしまって。
すると彼女が、
「この子は私のせいで死んだのよ!」と半狂乱で叫んでさ。
娘が冷たくなっている意味をやっと理解して。
俺は、
「何で?」としか言えなくて……
「寝かしつけてた時に私もウトウトしちゃって、少し眠っちゃったの。気が付いたら、この子うつ伏せになってて。てっきりスヤスヤ眠ってるって思ったの。でも唇の色が変だから、揺さぶってみたんだけど目を覚まさなくて……」
泣きながら説明する彼女に俺は何も言えなくて。
娘が死んだ――
娘の葬儀が終わるまで、どうやって過ごしたのか正直覚えていない。葬儀の間も上の空って感じで。悲しいって感情も湧かなくて。もう何が現実なのかも分からなくなってしまって。
そんな時も俺は仕事を優先した。
俺は現実から逃げ出した。
そこから離婚までは早かった。現実から逃げる俺のその態度は、彼女には『私を責めている』と感じたらしくて。
ちゃんと向き合うべきだった。現実を受け止められなくても、夫婦なんだから。彼女と一緒に悲しむべきだった。
なのに俺は彼女を見ると苦しくなるから、夜も遅くに帰るようになって……ある日彼女の姿は無くて離婚届がテーブルに置いてあった。
正直な俺のその時の気持ちは、ホッとしたんだ。最低だよな。俺は本当に最低だ。
もっと最低なのは、飾ってあった娘の写真を仕舞ってしまった事だ。
◇◆◇◆
僕はもう感情を失った男を演じられなかった。智ちゃんは大切な我が子を失っていた。それを受け止め切れなくて、家族という絆さえも失っていた。
智ちゃんは一見すると最低な人間に聞こえるけど、でも逃げたくなってしまう気持ちも分からなくもない。
産まれたばかりの愛娘が亡くなるなんて、何処の親であれ、そんな未来が来るなんて思うわけが無い。
◇◆◇◆
暫くして彼女から連絡があってさ。月命日は必ず二人でお墓参りしたいって。あの子の父親と母親なんだから、二人で会いに行ったら喜ぶからって。
俺は彼女のしたい様にしてやろうと決めたんだ。もうそれくらいしか彼女と娘にしてやれる事がない。
あのマンションは、ほんの僅かな期間だったけれど家族三人で暮らした家だ。
それと彼女が墓参りの後に少しだけ過ごしたいって言うから、退去出来ないでいたんだ。
◇◆◇◆
智ちゃんは話終えると、片手で両目を塞いで静かに泣いていた。
智ちゃんも元奥さんの事、娘さんの事で、自分をかなり責めているのが分かった。
もうやり直せない過去に後悔している事も分かった。
「智ちゃん……もし良ければ抱きしめていい?」と僕が言うと、智ちゃんの方から僕に抱きついてきた。そして僕の肩で止まらない涙を拭いていた。
「僕に隠し事していた理由は分かった。納得したよ」
「すまない……」
「智ちゃんは僕とこれからどうしたいの?智ちゃんが、どういう選択をしても、僕は受け入れるよ」
僕は怖くなかった。智ちゃんが僕たちのこれからを、どう決断しようとも。
色違いのスリッパ。
互いが好きなキャラのマグカップ。
智ちゃんが毎日読む新聞。
お揃いのパジャマ。
当たり前の光景が何故か心に突き刺さる。もう、この風景は続かないのかもしれないと……
夜遅く智ちゃんが帰ってきた。僕がマンションに帰っている事に少し驚いているようだった。
「将暉……」
僕はチラッと智ちゃんを見る。でもすぐ目を逸らしてしまう。見つめ合ったら泣いてしまうと思ったから。
「将暉……ごめんな」
謝られると、本当に裏切られたんだって感じてしまうから、辛くなってしまって、
「先に説明してくれよ」と、素っ気なく言う僕。
「そうだよな、ちゃんと説明するよ」
そう言うと智ちゃんは何故、元奥さんと会っていたのかを話し出した。
まさか、あんな悲しい出来事が智ちゃんにもあっただなんて……
◇◆◇◆
将暉と出会う3年前、俺は僅か7ヶ月で離婚している。でも元嫁とは交際期間を入れたら2年位の付き合いだった。普通のOLで、学生時代からの同級生に誘われた合コンに何となく参加した時に出会った。可愛いと思ったし綺麗だとも思った。どちらからともなく、何となく付き合い出して、暫くして彼女が妊娠した。正直俺ももうすぐ四十路だし、順序がおかしいけど、こうでもしないと結婚しないかもなって……
でも俺が仕事が忙しかったのと、彼女は悪阻が酷かったので仕事を辞めて実家で過ごしていたのもあって、籍を入れるタイミングがなかなか無くて。娘が産まれた後にやっと入籍してさ。
◇◆◇◆
『智ちゃん、子供まで居たんだ……』
その事実に、僕はかなりショックを受けていた。
教えて貰っていなかった事と、子を授かっていた事実に。
でも黙って聞いていた。今は感情を失った男を演じている、って思えば無表情で居られる。
◇◆◇◆
三人であのマンションで暮らし出して……でもまぁ、俺は仕事優先だから、娘の面倒は専ら彼女がしていたんだけれど。
家族三人で暮らし出して半年も経っていない時だった。仕事中に何度も彼女から連絡があったんだけれど、仕事優先の俺だから、着信からメールから何から何まで無視してしまって。
仕事が終わって彼女に電話したら、彼女の父親が出てさ。
「お前は娘が死んだのに、仕事が優先なのか!お前には人の心がないのか!」っていきなり怒鳴られてさ……意味が分からくて…
娘が死んだ?
娘は産まれたばかりだし、何言ってんだって、その時もまぁ俺は呑気でさ。
兎に角慌てて自宅へ戻ると、泣き崩れている彼女が娘を抱いていて……
泣きながら彼女が言うんだよ。
「私が少しウトウトしてしまったせいで死なせてしまった」って。
娘の頬を指で撫でると、娘が冷たくてさ。どうしてこんなに肌が冷たくなってるのか分からなくて。
「寒いんじゃないのか?」
なんて言ってしまって。
すると彼女が、
「この子は私のせいで死んだのよ!」と半狂乱で叫んでさ。
娘が冷たくなっている意味をやっと理解して。
俺は、
「何で?」としか言えなくて……
「寝かしつけてた時に私もウトウトしちゃって、少し眠っちゃったの。気が付いたら、この子うつ伏せになってて。てっきりスヤスヤ眠ってるって思ったの。でも唇の色が変だから、揺さぶってみたんだけど目を覚まさなくて……」
泣きながら説明する彼女に俺は何も言えなくて。
娘が死んだ――
娘の葬儀が終わるまで、どうやって過ごしたのか正直覚えていない。葬儀の間も上の空って感じで。悲しいって感情も湧かなくて。もう何が現実なのかも分からなくなってしまって。
そんな時も俺は仕事を優先した。
俺は現実から逃げ出した。
そこから離婚までは早かった。現実から逃げる俺のその態度は、彼女には『私を責めている』と感じたらしくて。
ちゃんと向き合うべきだった。現実を受け止められなくても、夫婦なんだから。彼女と一緒に悲しむべきだった。
なのに俺は彼女を見ると苦しくなるから、夜も遅くに帰るようになって……ある日彼女の姿は無くて離婚届がテーブルに置いてあった。
正直な俺のその時の気持ちは、ホッとしたんだ。最低だよな。俺は本当に最低だ。
もっと最低なのは、飾ってあった娘の写真を仕舞ってしまった事だ。
◇◆◇◆
僕はもう感情を失った男を演じられなかった。智ちゃんは大切な我が子を失っていた。それを受け止め切れなくて、家族という絆さえも失っていた。
智ちゃんは一見すると最低な人間に聞こえるけど、でも逃げたくなってしまう気持ちも分からなくもない。
産まれたばかりの愛娘が亡くなるなんて、何処の親であれ、そんな未来が来るなんて思うわけが無い。
◇◆◇◆
暫くして彼女から連絡があってさ。月命日は必ず二人でお墓参りしたいって。あの子の父親と母親なんだから、二人で会いに行ったら喜ぶからって。
俺は彼女のしたい様にしてやろうと決めたんだ。もうそれくらいしか彼女と娘にしてやれる事がない。
あのマンションは、ほんの僅かな期間だったけれど家族三人で暮らした家だ。
それと彼女が墓参りの後に少しだけ過ごしたいって言うから、退去出来ないでいたんだ。
◇◆◇◆
智ちゃんは話終えると、片手で両目を塞いで静かに泣いていた。
智ちゃんも元奥さんの事、娘さんの事で、自分をかなり責めているのが分かった。
もうやり直せない過去に後悔している事も分かった。
「智ちゃん……もし良ければ抱きしめていい?」と僕が言うと、智ちゃんの方から僕に抱きついてきた。そして僕の肩で止まらない涙を拭いていた。
「僕に隠し事していた理由は分かった。納得したよ」
「すまない……」
「智ちゃんは僕とこれからどうしたいの?智ちゃんが、どういう選択をしても、僕は受け入れるよ」
僕は怖くなかった。智ちゃんが僕たちのこれからを、どう決断しようとも。
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