魔界公務員と代行者

まかろん まよね

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4 チュートリアル(前半)

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 「お前こそ、おとなしく帰ったほうがいいぜ!」

 張り巡らされた鎖の上に立つヒドゥンの篭手から、じゃらじゃらじゃらっ! と幾条もの鎖が善夜とオフィサーめがけて撃ち出される。

「善夜さん、手を出してください」
「は、はい……」

 言われて善夜は慌てて手を差し出した。彼女の手を握ると同時にオフィサーの姿が掻き消える。

 鎖が蛇のようにうねる。空中だけでなく、地上も。
 屋上に放置されたままの段ボール箱や、動かない児童たちの合間を縫って――漆黒の剣を装備した善夜に近づいてくる。

『「アニマ」とは、人間界で言うところの「負の感情」ですが……』

 善夜を支配下に置き――突如、先ほど挙がった魔界の専門用語の解説を始めるオフィサーの声。

「うわわわわっ!?」

 四方八方から襲撃を続ける鎖。
 でも、善夜の右腕が振るう剣が、片っ端から弾き、あるいはいなしていく。

魔人我々にとっては肉体を構成・維持する「糧」であり……』

 きんっ! かんっ! かきんっ! と金属音が響く中、オフィサーの声は淡々と説明を続ける。

『――能力を行使する「魔力の源」であり、取引きに使う「金銭」でもあります』
「はあ……」
『つまりヒドゥンは、人間あなたを不幸に陥れることによって生じる「怒り」や「悲しみ」といった負の感情を搾取し、不正に所得を得ているということです』
「そ、そうなんですね……」

 善夜はとりあえず相づちを打ちつつ、

(こんな状況で説明されても全然頭に入らないんですけど……)

 心の中でポツリとぼやく。

「くそっ! 少しは当たりやがれ! エセ政府の下っ端公僕コウボクが!!」

 ヒドゥンは苛々しながら篭手を装備した右腕をブンブン振り回し、やたらめったらに鎖を放ちまくる。しかし、

「でも……だからって、何でわたしがやらなきゃいけないんですか……!?」

 それでも鎖はことごとく善夜の右腕の振るう黒い剣の餌食になり、善夜も会話に余裕が出てくる始末。

『彼を取り締まらなければ、あなたは搾取で滅ぶことになります』
「……べつにいいです」

 相変わらず淡々と――機械のように事実のみを語るオフィサーの声に対し、善夜は寂しげに笑って答えた。
 彼女の右腕は止まることなく働いている。

「生まれてからずっと虐められてるし、家族にも会ったことないし……みんな、わたしのことなんかいらないんですよ」

 善夜は笑おうとした。でも――笑顔が作れない。
 唇が震えて、涙が溢れそうになる。
 同時に、体から鈍色のもやが滲み昇っていく。

「だったら、生きてても無意味じゃないですか。 だから……」
『こちらがアニマになります』

 オフィサーの声で善夜はモヤに気づき、

「あ、これが……」

 一瞬気を取られかけるも、すぐに我に返る。

「ってわたしの話、聞いて……」
『――では攻勢に転じましょう』
「あの、少しは聞いて……」
『右前方へ跳んでください』
「あ、はいっ……」

 反射的に。
 善夜がオフィサーの声の命令に従って屋上の床を蹴った、その瞬間――

「――っきゃああああああああ!!?」

 屋上を囲むフェンスを軽々と越え、彼女はスピードにのって大きく上昇した。
 軽く地面を蹴っただけなのに。屋上の床がみるみる遠のき、周囲の道路や民家が視界に入ってくる。
 思い切り蹴ったとしても到底及ばない、人間には不可能な距離と高さまで善夜は飛び上がっていた。

『あなたを介して私の身体能力を使っております』
「わたしを介してってええええ!?」

 放物線の頂点に達したのち、善夜の体は落下を始める。落ち着きかけた彼女の悲鳴が再び大きくなる。耳をこするようなビュゥゥーーー!! という風の音も怖い。

『支配中は、私があなたの体を借りているということです』

 落下しながら、善夜の右腕の剣が飛来した2本の鎖を一閃する。

『命令に従いやすいように首から上はあなた所有のままですが』
「よくわからないですけど!」

 勝手に解説を進める彼の声に、善夜はうんざりして声を上げた。

「勝手にヒトの体を借りないでくださいっ」
『すぐ下に見える鎖に着地し、前方の鎖に向かって飛んでください。さらに前方の鎖に跳んでいき、そこから2本上の鎖まで跳びます。着地したら8時の方角へ走ります』

「え……まずはあの鎖に着地して……次は……」

 不安げに復唱しながらも、善夜はオフィサーの声の命令通りに鎖の上にストン、と軽やかに着地する。
 しかし、自分の体重なのかオフィサーの体重なのか、それともヒドゥンの仕業なのか――鎖は思ったよりもしなり、8時方向に身をひねろうとした善夜はバランスを崩しそうになるが――

(わああああ落ちちゃだめーーー!)

 たまらず心の中で叫ぶ善夜。
 すると、不思議なことに――体勢が持ち直され、足が鎖の『芯』の上にしっかり乗ったように安定した。
 眼下には、園庭が広がっている。高さは、少なくとも10メートルはある。
 風が善夜の髪を揺らす。
 善夜の心臓は緊張に耐えられず、まるで太鼓のように激しく打っている。
 怖い――でも、身体は勝手に動く。

『今の「意志」は評価します』
「え……いし……?」

 初めて褒められた。オフィサーの声が言っている意味はわからないが、彼女は思わず表情をほころばせる。しかし、

『詳しい理屈は割愛しますが、命令する側・される側の意志の同期が重要で……』
「次にあの鎖まで飛んで……ええーっと……」

 追撃してくる鎖を捌きつつ彼の声は補足してくれたが、その時すでに善夜の頭の中は次の命令でいっぱいだった。

『そのまま2本上の鎖まで跳んでください』
「! わかりました!」

 鎖の足場がしなるのに合わせて、善夜は上のほうに見える鎖に向かって飛び上がった。
 無事に着地を終えた彼女は、不意に絶望の表情を浮かべて立ち止まった。

「どうしよう……反射的に従っちゃった……」
『今、拒絶されるのですね』

 オフィサーの声が淡々とツッコミを入れる中、善夜の体はバランスを崩したように傾き――

「ぅやああああああああああああああああ!!!?」

 重力に引きずられるように――地上へと吸い込まれていく。
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