魔導士と巫女の罪と罰

羽りんご

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第一章

巫女は振り返った

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(…面倒くさいことになったわね…)

 今朝寝ぼけて鏡を割ってしまい、散歩がてら町へ買い物に行ったその帰り道だった。私、暁夕菜は奇妙な白装束の少女に出くわした。年は私より少し下ぐらいだろうか。とりあえず話を聞いてみればこの少女、ステラ・レスタティオは『エーテリア』という異世界?から来た『宮廷魔導士』だそうだ。さらに、『魔王』と呼ばれる脅威に対抗すべく『勇者』を異世界から召喚して戦力としていると彼女は話した。
 正直、胸糞悪い話だった。世界の危機だかなんだか知らないが、何の関わりのない人間を余所から連れ去り、勇者とやらに仕立て上げて戦場に送り込むなどあまりにも非道な所業だ。誘拐となにも変わらない。その手の類いの組織と何度かりあったことはあるが、その被害者達の扱いは皆凄惨なものだった。ほとんどの人間が故郷に帰れず命を落としていた。使命だなどとよく言えたものだ。説教のひとつでもしてやろうかと思ったが、崇拝する神を侮蔑されたことが頭にきたらしく、向こうから喧嘩を吹っかけてきた。最も、その腕前はお粗末なものだったが。
 妖怪の邪魔が入ったのでさらっと片付け、話の続きをしようかと思った時、忌まわしい物が目に入った。

(まさか鬼だったとはね…)

 『あの戦争』以来姿を消していた鬼がここに現れるとは。異世界から来たというのは驚きだが、鬼ならば誘拐まがいの行動にも合点がいく。本人は「いつの間にかこんな姿になっていた」と話していたが、いずれにしても生かしておくわけにはいかない。そう思っていたのだが…

(あんな顔をされちゃねぇ…)

 魔王とやらと戦う者にしてはあまりにも覚悟がない。『死』というものをなにもわかっていないのだ。おそらく大した実戦を経験したことがないのだろう。肩書きに実力が比例しないなんてことはよくあることだが、こんなんでよく勇者召喚なんてしたものだ。殺す気も失せてしまう程に情けない。
 心が折れたのか恥も外聞もなく泣きじゃくるこの少女をどうするか迷ったが、とりあえずウチの神社に連れていくことにした。

 鬼を助けるなど自分でもどうかしていると思った。軍にいた頃は『鬼は全て殺すべし』と命じられていた。それに対して異論は今もない。奴らの所業はそれほどに残虐なものだった。
 この子が元人間だから?否、この子の行いは人間であろうが許されざるものだ。
 ではなぜ?

(…先生なら何て言うだろうな…)

 とにかく、神社に行ってから考えよう。返り血の臭いも鼻につくし、着替えをして一服する。考えるのはそれからだ。

 その前に川に寄って手でも洗うかな。
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