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第三章

撤退

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「潮時って…どういうことよ?」

 天井から降りてきたフロートアイに私は尋ねた。敵は地響きに警戒してこちらに攻撃してくる様子はない。

『今ベアードから作業が終わったと連絡が入った。ここが崩れる前に早く離脱して!』
 コノハはこの場にいる全員に聞こえるように大音量で告げた。
「でも…聖剣が…」
『大丈夫。その刀身だけで十分さ。あとはここを沈めるだけだよ』
「そう…わかったわ…」
 
 正直スッキリしないが、仕方ない。右手に聖剣の刀身を握りしめたまま私は後ろに下がり、背後の壁に裏拳をぶつけた。壁はあっという間に砕け散り、大きな穴が開いた。

「残念だけど…勝負はお預けね…」
「な…!それって…?」

 相手は地響きをこらえながらも納得いかない表情でこちらを見ている。まぁ、気持ちはわかる。

「リエル!こっちよ!」

 リエルと呼ばれた少女が振り向くと、メイリスという女僧侶が空けた穴の前に仲間の魔法使いが待機し、呼びかけていた。
「そういうことよ。生き埋めになる前に行きなさい」
「で…でも…」
 リエルは遠くに倒れているメイリスの遺体に目を向けた。さしずめ、置いて行けないと考えているのだろう。
「リエル!早く!」
 魔法使いが必死に呼びかける。そんな暇はないとようやく理解したリエルは光の刃を引っ込め、穴の方へ駆け出した。二人はすぐさま外に飛び出し、遺跡を後にした。

 後ろを振り返ると私が空けた穴の下の方から砂漠が迫って見える。どうやら本当に遺跡が沈んでいるようだ。
「さて…私も…」
『あ、魔勇者様はそのまま残って』
「は?なんでよ?」
 ホントになんでだよ!
『ちょっとやってもらいたいことがあってね。大丈夫。生き埋めになることはないからさ。たぶん』
 オイ!最後に不安なワードが聞こえたぞ!
「本当でしょうね?もし埋まったら鼻どつくわよ?」
『大丈夫だって』
 お気楽な返事が返ってきた。全く、とんでもない『任務』を指示してくれたものだ。そう心の中で愚痴りながら私は足に力を入れた。

 ――――

 ようやく揺れが収まった。

 照明魔法の効果が切れて暗闇に包まれた大広間をフロートアイが照らした。あれだけ激しい揺れだったにも関わらず、中の被害はほとんどない。

『どうやら、きれいに沈めてくれたみたいだね。さすがは僕の指示と爆薬!』
 コノハは自画自賛の声を漏らした。
「…よくもまぁ、そんな所に残れなんて言ったものね…下手すりゃペシャンコになってたわよ」
 私は頭上にいるフロートアイを睨み、文句をつけた。
『いやぁ、あれだけすごい力を見せてくれた魔勇者様なら何があっても平気かなと思ってねぇ』
 悪びれた様子もなく、ヘラヘラとした口調でコノハは言い訳した。
「何よその希望的観測…」
 私は溜息をついた。

「それにしても…」
 私は自分が空けた穴を覗き込んだ。手を貸すようにフロートアイが照らすとそこには広大な洞窟とつながっており、底の方には大きな川が流れている。いわゆる地下水脈というヤツだ。
「あの砂漠の地下にこんなところがあるとはね…」
『だからあのオアシスの地下に拠点を作ったのさ。アイテム開発には何かと水が必要だからね』
「でもなんでこの遺跡を地下に沈める必要があるの?」
 これがベアードに与えられた『任務』である。この遺跡の地下を爆破し、地下水脈とつなげることで遺跡そのものを地下に沈めるという何ともえげつない話である。
『この遺跡、何かと使えそうだなと思ってね。外からは崩壊したように見えるから追いかけられる心配もないよ』
「…意外と業突く張りなのね、あんた…」
『いやぁ、それほどでもぉ』
 褒めてねーよ。
「…で、何で私がここに残らなきゃならなかったの?」
『あぁ、ちょっと持ってきてほしいものがあってね』
「は?持ってくる?」
 その疑問に答えるようにフロートアイはある場所に移動した。
『これだよ』
 それは私が殺した僧侶――メイリスの遺体であった。
「え?こいつ?」
 彼女は血だまりの中、うつ伏せに倒れて動くことはない。
『そう。彼女を拠点まで持ち帰ってほしいんだ』
 確かにこの僧侶は何かと引っかかるものがある。詳しい理由は気になるが、まぁ、それは後で聞くとしよう。黒い炎の反動か、疲労感が半端ない。さっさと仕事をこなして早く休みたい。しかし、一つだけ聞きたいことがある。
「このくらい抱えながらでも脱出できたと思うんだけど?」
『あの二人に見られると色々と面倒くさくてね。それに…』
「それに?」
『この作業で人が残っても大丈夫かどうかデータが欲しかったんだよねー』
 …やっぱ帰ったら鼻をどつく。そう思いながら私はメイリスを抱えた。
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