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第四章

心の光

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「…世話を焼かせてしまったようだな…」

 メイリスは購買部に向かう途中、思わぬ人物から声を掛けられた。魔王である。 

「あら、私はもう魔王あなた様の忠実なしもべなんですから、このくらい造作もありませんよ?」
 仰々しくお辞儀をしながらメイリスは答えた。
「というか魔王様…そのポーズ…」
「ん?どうした?」
 魔王は両腕を組み、片膝を立てて廊下の壁にもたれかかっていた。
「何かっこつけているんですか?」
 魔王はメイリスに指をさされて指摘されたが、ピンときていないのか首を傾げた。
「む…そんなつもりはなかったのだが…似合わぬか?」
「ええ。似合ってませんね」
「ぬぅ…おぬしは正直だな…」
 魔王は不貞腐れながら姿勢を直した。
「まあ、それはさておき、あなた様もとんだ世話焼きのようですね」
 気を取り直してメイリスは話題を戻した。
「異世界から無理やり引っ張りこみ、脅迫で魔勇者に仕立て上げたとはとても思えませんわ。あそこまで親切に助言してくださるなんてね」
 メイリスは先ほどの魔王と静葉の会話を医務室の廊下で一部始終聞いていたのだ。
「ふふ、余もかつては父上やズワースに似たようなことを言われたものでな。あやつの姿はそれを思い出すものだ」
「あら、その気持ちよくわかりますよ。私も似たような子をよく知っていますし」
 二人は各々の親しい人物を思い浮かべながら言葉を交わした。

「それはそうと、あの子…思ったよりも苦労してきたみたいね」
「そのようだな…ゆえに余の『力』に適応したというわけか…」
 魔王は自分の顎に手を当てた。
 静葉に宿された『魔王の力』。それは心ある生物が必ず抱えている闇の感情、いわゆる怒りや悲しみ、憎しみなどを糧にその力を増幅させる。つまり、心に闇を抱えている者ほどより魔王の力に身体が適応し、最終的にはその身体を『魔人』へと変化させていく。
 魔王はその過程をある程度想定していたが、この短期間で静葉が魔人に変化したという事態には正直驚いていた。
「下手をすればあやつの身体は力に呑まれて完全な魔人と化してしまうであろう…この俺のように…」
 自分の手のひらを見つめながらオグロジャックは呟いた。
「私はそう思わないわ」
「…なぜそう言える?」
「あの子が抱えているのは闇だけじゃない。もう一つの方がある」
「もう一つの方?」
 以前、ズワースと静葉について話をしていた時に彼から似たような言葉を聞いたことを魔王は思い出した。
「ええ。それがあるからあの時私は殺されなかった。魔人あんなふうになっても私に手を出さないなんてよほど強い理性がなければできるものじゃないわ」
「強い理性…『心の光』か…」
 魔王は自分の力に適応する『心の闇』と相反する存在について思考を巡らせていた。
「彼女ならきっとあの聖剣を使いこなせたかもしれないわね。もっとも、その聖剣はとっくに折れちゃったけどね」
 メイリスは肩を竦めながら苦笑した。
「いずれにせよ、魔人の力は今のあやつには使いこなせぬ。ゆえにこうやって余分な力を余が預かることにしたのだ」
 魔王は右手のひらにどす黒い火の玉を発現させた。
「本当に世話焼きね…でも、『今の』って…?」
 魔王の妙な言い方にメイリスは首を傾げた。
「もしかして…『そういう時』が来ると思ってる?」
「さて…どうだろうな…」
 魔王は言葉を濁した。
「まあいいわ。それじゃ私はこれで。魔勇者様におにぎりを届けなければいけませんしね」
「そうか…足を止めてしまってすまなかったな」
 メイリスは敬礼し、購買部の方へ走り去っていった。

「…心の光か…」
 魔王は手のひらのどす黒い火の玉を右手の中にしまい込んだ。
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