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第四章
誰かに頼ること
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「ずいぶんと言われたようね」
寝ようとしたところに声をかけてきたのはメイリスであった。彼女はハンバーガーにかぶりつきながらベッドの隣の椅子に腰かけた。
「こんなところまで足を運んでくださるなんて、ご親切な魔王様じゃない?」
「…そうかしら?」
親切な奴が命を人質に『魔勇者になれ』なんて強要するものか。そう思いながら私はコップの水を一口含んだ。
「…それで、調子はどう?」
「…大丈夫よ。こんなの寝てれば治るわ」
そっけなく私は答えた。
「もう、無理はするなって言ったでしょ?」
「別にそんなつもりはなかったわよ。あの力が暴走しなければこのくらい…あなただって…」
今回の件は私一人で片付けるつもりだった。私一人の個人的な問題。それなのに、こいつらは…
「…ふふっ」
急に笑われた。別におかしいことは言ったつもりはないのに。
「…何よ?」
「そういうところ、あの子にそっくりね」
「あの子…?」
「あなたに負けず劣らずの可愛い子。あなたも直接会ってるはずよ」
おそらくメイリスのかつての仲間のことだろう。以前タタリア遺跡で出くわした栗色の髪の剣士の少女。確かリエルという名前だったかしら。
「他人に迷惑かけないように一人で何でも抱え込んで無茶するところ。あの子もそういうことしてたのよ。何度も回復魔法を使わされる羽目になってね。おかげでしょっちゅうお腹が空いたものだわ。あはは」
「そう…。てか、アンデッドなのにあなた回復魔法とか使えるの?」
「あら、アンデッドでも一応僧侶なのよ?他人に使う分なら何も問題はないのよ」
メイリスはそうあっけらかんに答えた。この世界のアンデッドもゲームみたいに回復魔法でダメージを受けたりするのかしら。
「まぁそれはさておき、確かに強いと一人で何でもできると思っちゃうわよね。でも、一人である以上必ず限界はある。その限界をつかれて足元をすくわれる者を私は何度も見てきたわ」
メイリスは表情を引き締めてそう語った。
「今回はたまたま事がうまく進んだからよかっただけよ。運が悪かったらどうなっていたことか」
また説教か。魔王といい、この世界では寝起きの人間に説教でもする風習でもあるのかしら。
「あなたにもやりたいことがあるんでしょ?だったらそんなつまんない意地を張るのはおやめなさいな。でないとつまんないことで死んじゃうわよ?」
「……」
つまんない意地か…。はっきり言ってくれるわね。そう言われて『はい。わかりました』なんて言えるものならばどれだけ楽か。
「命ってヤツは一人に一個しかないのだから大事にしなきゃダメなものよ。私みたいなのは非常にレアケースなんだからね」
そりゃあね。ゾンビになって復活なんてめったにないわよね。もっとも、そこまでして復活したいとは思わないけど。
ふとメイリスの顔を見るといつしか彼女の表情は柔らかくなっていた。
「辛かったり、悩みがあったりするときは遠慮なく人に頼ってもいいと思うわよ?力になれる人がたくさんいる。あなたはそういう立場なんだから」
「…頼る?」
「そうよ。あのメイドさんもウナギさんもみんなあなたを慕っているし、心配もしてくれているのよ。あなたがちょっと命じればきっと力になってくれると思うわ」
「…でも、それは私が魔勇者だからでしょ?その肩書と力がなければ私なんてただの陰キャ女子よ…」
「あらら、意外と自虐的なのね」
苦笑された。
「…悪かったわね…」
「魔王軍に来て短い私が言えた立場じゃないかもしれないけど、彼女達の態度はあなたを肩書だけで見ているようには思えないわ」
「…そうかしら?」
「この城の魔族達はみんなあなたのことを良く思っているわよ。あんなに魔族に好かれるなんて正直うらやましいわ」
そう言われても正直嬉しくねぇ。
「そもそも、長年ぼっちだった私にとって他人を信頼するなんてそう簡単にはできないわ。人間なんて簡単に裏切るもんでしょ?」
小・中学時代、何度も友達と思っていた奴は些細なことで機嫌を損ね、離れていったし、授業とかでグループを組む時はしょっちゅう仲間外れにされて苦痛この上なかった。クラスメイトの誕生日パーティーに誘われたことなど一度もない。そんな経験をしてればこんなひねくれものになるわよ。
「…怖い?」
へ?
「裏切られて傷つくのが怖いから頼らない。そんなとこでしょ?」
ホントにこのアンデッドは…言ってくれるわね。
「気持ちはわかるわ。私も裏切られてこんな姿にたったクチだからね」
そんな私の考えを見透かすかのようにメイリスは気味悪いほどに優しく私の手を握った。冷え性なんてレベルではないほどに冷たい。アンデッドだから当然か。
「まあ、少なくとも私は頼っていいわよ?遠慮なくね」
そう言いながらメイリスは親指で自分を自慢げに指した。
「大丈夫よ。私はあなたが魔人や化け物になろうとも決してあなたを裏切らないし、ずっとあなたを信じ続けるわ」
ほとんど口説き文句にしか聞こえなかった。
「恥ずかし気もなくよくまあそんなことが言えるわね…」
「ふふ。そこが私のいいところだからね」
「自分で言うかね…」
ドヤ顔で返事するメイリスに私は思わずため息を漏らした。明らかに面白半分で言ってるでしょ。
「でも、信じると言ったのは本当よ。どうしてもと言うなら陰腹を切ってもいいわ」
「陰腹って…切ってもどうせ再生するでしょうが」
「それもそうね。別に痛くはないし」
なんちゅうジョークだ。
「とにかく、しばらくは魔王様の言う通り休んでなさい。遠慮することなんてないわよ」
「でも…」
少し寝ればこのくらいもう大丈夫。そう反論しようとした時、私はおでこにデコピンをもらった。
「いたっ」
「無理をするなって言ったでしょ?病み上がりで急に動くとまたぶり返すわよ?」
「ぐ…」
にっこりとしているが有無を言わさぬ圧力がなんとなく伝わってくる。
「それじゃ、何か買ってくるけど食べたい物とかある?」
立ち上がりながら彼女は問いかけてきた。右手のデコピンの構えがなんか怖い。
「…おにぎり」
「オッケー!一番美味しいものを買ってきますよ、魔勇者様!」
元気な返事と共にメイリスはすごい速さで出口に向かった。
「待って」
戸を開けようとしたメイリスを思わず呼び止めた。
「ん?なぁに?」
メイリスは振り向き、私の言葉を待った。
「…その……ありがとう………メイリス……」
もっと早く言えばよかっただろうか。はっきりと聞こえただろうか。そんな不安が私の心を満たした。
「うん。どういたしまして」
私の不安などどこ吹く風と言わんばかりにメイリスは穏やかな笑顔で答えてくれた。
「それじゃ。たくさん買ってくるからね」
「いや。一個でいいから」
手を振ってメイリスは退室した。
「…ホント、至れり尽くせりね…。あいつも魔王も…」
呆れながら背中を見送った私はコップの水を一杯飲んだ。
寝ようとしたところに声をかけてきたのはメイリスであった。彼女はハンバーガーにかぶりつきながらベッドの隣の椅子に腰かけた。
「こんなところまで足を運んでくださるなんて、ご親切な魔王様じゃない?」
「…そうかしら?」
親切な奴が命を人質に『魔勇者になれ』なんて強要するものか。そう思いながら私はコップの水を一口含んだ。
「…それで、調子はどう?」
「…大丈夫よ。こんなの寝てれば治るわ」
そっけなく私は答えた。
「もう、無理はするなって言ったでしょ?」
「別にそんなつもりはなかったわよ。あの力が暴走しなければこのくらい…あなただって…」
今回の件は私一人で片付けるつもりだった。私一人の個人的な問題。それなのに、こいつらは…
「…ふふっ」
急に笑われた。別におかしいことは言ったつもりはないのに。
「…何よ?」
「そういうところ、あの子にそっくりね」
「あの子…?」
「あなたに負けず劣らずの可愛い子。あなたも直接会ってるはずよ」
おそらくメイリスのかつての仲間のことだろう。以前タタリア遺跡で出くわした栗色の髪の剣士の少女。確かリエルという名前だったかしら。
「他人に迷惑かけないように一人で何でも抱え込んで無茶するところ。あの子もそういうことしてたのよ。何度も回復魔法を使わされる羽目になってね。おかげでしょっちゅうお腹が空いたものだわ。あはは」
「そう…。てか、アンデッドなのにあなた回復魔法とか使えるの?」
「あら、アンデッドでも一応僧侶なのよ?他人に使う分なら何も問題はないのよ」
メイリスはそうあっけらかんに答えた。この世界のアンデッドもゲームみたいに回復魔法でダメージを受けたりするのかしら。
「まぁそれはさておき、確かに強いと一人で何でもできると思っちゃうわよね。でも、一人である以上必ず限界はある。その限界をつかれて足元をすくわれる者を私は何度も見てきたわ」
メイリスは表情を引き締めてそう語った。
「今回はたまたま事がうまく進んだからよかっただけよ。運が悪かったらどうなっていたことか」
また説教か。魔王といい、この世界では寝起きの人間に説教でもする風習でもあるのかしら。
「あなたにもやりたいことがあるんでしょ?だったらそんなつまんない意地を張るのはおやめなさいな。でないとつまんないことで死んじゃうわよ?」
「……」
つまんない意地か…。はっきり言ってくれるわね。そう言われて『はい。わかりました』なんて言えるものならばどれだけ楽か。
「命ってヤツは一人に一個しかないのだから大事にしなきゃダメなものよ。私みたいなのは非常にレアケースなんだからね」
そりゃあね。ゾンビになって復活なんてめったにないわよね。もっとも、そこまでして復活したいとは思わないけど。
ふとメイリスの顔を見るといつしか彼女の表情は柔らかくなっていた。
「辛かったり、悩みがあったりするときは遠慮なく人に頼ってもいいと思うわよ?力になれる人がたくさんいる。あなたはそういう立場なんだから」
「…頼る?」
「そうよ。あのメイドさんもウナギさんもみんなあなたを慕っているし、心配もしてくれているのよ。あなたがちょっと命じればきっと力になってくれると思うわ」
「…でも、それは私が魔勇者だからでしょ?その肩書と力がなければ私なんてただの陰キャ女子よ…」
「あらら、意外と自虐的なのね」
苦笑された。
「…悪かったわね…」
「魔王軍に来て短い私が言えた立場じゃないかもしれないけど、彼女達の態度はあなたを肩書だけで見ているようには思えないわ」
「…そうかしら?」
「この城の魔族達はみんなあなたのことを良く思っているわよ。あんなに魔族に好かれるなんて正直うらやましいわ」
そう言われても正直嬉しくねぇ。
「そもそも、長年ぼっちだった私にとって他人を信頼するなんてそう簡単にはできないわ。人間なんて簡単に裏切るもんでしょ?」
小・中学時代、何度も友達と思っていた奴は些細なことで機嫌を損ね、離れていったし、授業とかでグループを組む時はしょっちゅう仲間外れにされて苦痛この上なかった。クラスメイトの誕生日パーティーに誘われたことなど一度もない。そんな経験をしてればこんなひねくれものになるわよ。
「…怖い?」
へ?
「裏切られて傷つくのが怖いから頼らない。そんなとこでしょ?」
ホントにこのアンデッドは…言ってくれるわね。
「気持ちはわかるわ。私も裏切られてこんな姿にたったクチだからね」
そんな私の考えを見透かすかのようにメイリスは気味悪いほどに優しく私の手を握った。冷え性なんてレベルではないほどに冷たい。アンデッドだから当然か。
「まあ、少なくとも私は頼っていいわよ?遠慮なくね」
そう言いながらメイリスは親指で自分を自慢げに指した。
「大丈夫よ。私はあなたが魔人や化け物になろうとも決してあなたを裏切らないし、ずっとあなたを信じ続けるわ」
ほとんど口説き文句にしか聞こえなかった。
「恥ずかし気もなくよくまあそんなことが言えるわね…」
「ふふ。そこが私のいいところだからね」
「自分で言うかね…」
ドヤ顔で返事するメイリスに私は思わずため息を漏らした。明らかに面白半分で言ってるでしょ。
「でも、信じると言ったのは本当よ。どうしてもと言うなら陰腹を切ってもいいわ」
「陰腹って…切ってもどうせ再生するでしょうが」
「それもそうね。別に痛くはないし」
なんちゅうジョークだ。
「とにかく、しばらくは魔王様の言う通り休んでなさい。遠慮することなんてないわよ」
「でも…」
少し寝ればこのくらいもう大丈夫。そう反論しようとした時、私はおでこにデコピンをもらった。
「いたっ」
「無理をするなって言ったでしょ?病み上がりで急に動くとまたぶり返すわよ?」
「ぐ…」
にっこりとしているが有無を言わさぬ圧力がなんとなく伝わってくる。
「それじゃ、何か買ってくるけど食べたい物とかある?」
立ち上がりながら彼女は問いかけてきた。右手のデコピンの構えがなんか怖い。
「…おにぎり」
「オッケー!一番美味しいものを買ってきますよ、魔勇者様!」
元気な返事と共にメイリスはすごい速さで出口に向かった。
「待って」
戸を開けようとしたメイリスを思わず呼び止めた。
「ん?なぁに?」
メイリスは振り向き、私の言葉を待った。
「…その……ありがとう………メイリス……」
もっと早く言えばよかっただろうか。はっきりと聞こえただろうか。そんな不安が私の心を満たした。
「うん。どういたしまして」
私の不安などどこ吹く風と言わんばかりにメイリスは穏やかな笑顔で答えてくれた。
「それじゃ。たくさん買ってくるからね」
「いや。一個でいいから」
手を振ってメイリスは退室した。
「…ホント、至れり尽くせりね…。あいつも魔王も…」
呆れながら背中を見送った私はコップの水を一杯飲んだ。
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