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第六章

衣装の新調

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 クラウディ大陸の南西に位置するホレイ地方。その南部にある鬱蒼とした暗い森林の中、静葉はマイカとメイリス、そしてエイルの三人を連れて歩いていた。

 『ジフトスの森』と呼ばれるそこは昼でも薄暗く、湿気や暗闇を好む魔物にとって最適な住処であった。今でも奇妙な虫や鳥の鳴き声が周りから聞こえてくる。

「…あれが例の屋敷ね」

 四人がしばらく進むと木々の隙間から大きな古ぼけた屋敷を目にすることができた。

「ずいぶんと大きいわね。ちょっとした貴族の別荘ってところかしら?」
 水筒をしまいながらマイカが言った。その後ろからエイルが屋敷を恐る恐る覗いていた。

「あの屋敷は当時、この辺りを治めていたガルディア王国で最も有力な貴族だったソムレス伯爵のものよ。ある学校の裏金疑惑で本人は行方をくらまし、あの屋敷はそのまま押収されたらしいのよ」
 二百年ほど前の出来事をメイリスは語った。
「へぇー。詳しいのね」
「当時はこの辺りにも顔を出していたからね。伯爵の顔も見たことあるけどなかなか金に汚そうな顔だったわよ」
 かつては聖アルテア騎士団に所属し、各地を転戦していたメイリスは感心するマイカに得意げな表情を見せた。

「…それはいいんだけどさ…」

 そんな二人のやり取りに静葉は口をはさんだ。

「…なんなの?あなた達のその格好は…?」

 静葉は今回の任務に同行する三人の見たことない衣装にツッコミを入れた。

 マイカの衣装は緑と黒を基調としたミニスカートのローブ。色を除けばその衣装は静葉と出会った時とほぼ同じだが、彼女の目に留まったのはマイカが顔につけている大鷲を象った目元を隠す仮面である。
「ああこれ?あのゴーレムさんが見繕ってくれたのよ。似合う?」
 仮面を外したマイカは自分の衣装を見せつけるようにクルッと回った。
「似合うって…そう言われてもねぇ…」
 静葉は言葉を詰まらせた。彼女は年ごろの女子のようなオシャレに無頓着であり、マイカの問いかけにどう答えればよいかわからなかった。
「もう…そこは『かわいい』とかあるでしょ!そういうところニールに似てるわね!」
「いや、知らないわよ」
 マイカからのダメ出しを受けて静葉は毒づいた。
「まあまあ、誰しもオシャレ好きとは限らないでしょ?私だってシズハちゃんぐらいの時は騎士の仕事に夢中でそういうのにまるで関心がなかったもの…ねぇ?」
 メイリスは苦笑しながらフォローを入れた。
「ねぇって…そういうあなたのそれは何?」
 一方メイリスはゾート王国での任務の時と同じ黒と白の修道服だが、顔や腕など肌の露出していた部分に包帯を巻いている。はたから見るとまるでミイラの僧侶だ。
「これ?ちょっとはアンデッドっぽく見えるかしら?」
 メイリスは包帯の隙間から笑顔を見せた。
「それにしては…ちょっとセクシーじゃない?」
 静葉はピチピチに包帯が巻かれた脚に目を向けた。
「もう~私にもそういうのちょうだいよ~!」
 メイリスが話す前にマイカが静葉の袖を引っ張りながら不満を漏らした。
「だから知らないっての…」
 静葉は揺らされながらぼやいた。メイリスはその様子を笑いながら見ていた。

 メイリスの話によると、三人の衣装は元冒険者である三人がかつての同業者と遭遇することを考慮し、正体が露見しないようクロムが用意したものらしい。

「まったく…相変わらず至れり尽くせりね…」
 静葉は溜息をつきながら今度はエイルに目を向けた。
「…で、あなたはずいぶんとごつくなったわね」
 そう指摘されてエイルは思わずたじろいだ。彼は重厚な青黒い鎧に身を包み、竜を象った兜を目深く被り、その素顔はよく見えない。左腕には竜の爪のような三本の角が生えた分厚い盾を持ち、右腕には片手で持てる程度の大きさの両刃の斧を手にしている。
「…さしずめ竜騎士ってところかしら?ゲームだか何かで見たことあるわね」
「それにしてはなんか頼りない雰囲気ね」
 マイカは辛辣な感想を述べた。
「そ、そんなこと言われても…」
 エイルはおずおずと返答した。
「というか、それ重くないの?」
「あ、いえ。思ったよりも全然軽いです!」
 エイルは片腕を振り上げ、その軽さをアピールした。
 彼の話によると、この武器防具もまたクロムが用意した物であり、軽くて頑丈かつ、魔法にも強い耐性を持つグラビニウム鉱石を使用しているとのことである。静葉が使用する武器や防具のいくつかもグラビニウムを使用している。
「そんなレアな素材をあっさりと調達できるなんて魔王軍って太っ腹ねぇ」
「グラビニウムの装備なんてSランクの冒険者が二、三人持ってるかどうかってレベルの代物よ」
「そ、そうなんですか?」
 冒険者としての経験が浅かったエイルにとって初耳の話であった。
「魔大陸じゃそのグラビニウムってヤツがたくさん採れるらしいのよね」
「マジで?魔大陸めっちゃいいところじゃん!」
「案外そういう資源目当てで魔王討伐目指しているのかもね。人間って」
「うーん…否定できないのがちょっとくやしいわね」
 静葉の推測に対してメイリスは苦笑した。
「そうね…金目当てで冒険者やってる連中もゴロゴロいるしね」
 マイカも頬に手を当てながら同意した。
「そ、そんなことありませんよ!きっと世のため人のために冒険者になった人もいるはずですよ」
「そういうあなたも金を手っ取り早く稼ぐために冒険者になったんじゃなかったっけ?」
「う…」
 静葉からのツッコミにエイルは言葉を詰まらせた。

「ま、それはさておき…とうとうあなたも任務に駆り出されるようになったのね」
「は、はい。先生が『そろそろ実戦の空気も吸ってみろ』って言ったので…」
「あいつのこと先生って呼んでるのね…」
 黒竜ズワースの下で修行を続けていたエイルが今回の任務に参加することになったのはそのズワースからの申し出があったためである。
 今回の任務はジフトスの森の奥地にある廃屋敷とその周辺の調査。魔王軍はホレイ地方に新たな拠点の候補としてその地を選んだのだ。

「ヌコからの情報によると、この辺りは人間がほとんど立ち寄らない地域らしいわ」
 静葉は腰の鞄から地図を取り出した。
「そうね。ギルドでもこの辺の情報はほとんどなかったわね」
「まあ、けっこう凶悪な魔物がいたみたいだからね。調べることもままならなかったんでしょうね」
「え?そんなに危険な地域だったんですか?」
 エイルは来た道を振り返った。彼の視線には四人が屠った魔物がいくつか転がっていた。

「で…あの廃屋敷を新しい拠点として利用するわけ?」
「そうみたいね。まあ、使う時は一気にリフォームするんでしょうがね」
「へぇ。あのボロ屋敷がどんな風に変わるのか楽しみね」
 そう語り合う女子三人の様子をエイルは黙って見ていた。

「…ずいぶんと肩に力が入っているわね?」
「うひゃ!」

 その様子に気づいたメイリスはエイルの肩を叩きながら声をかけた。
ズワースあいつに十分鍛えられたんだし、ここまで無事に来られる実力はあるんでしょ?そう緊張しなくたっていいわよ」
「で…でも…」
 シズハからの言葉に戸惑うエイルの後ろからメイリスが背中を叩いた。
「大丈夫よ。もしもの時はお姉さん達が守ってあげるわよ」
「僧侶に守られる騎士ってのもおかしな話ね…」
 マイカは肩をすくめながら呟いた。

「それじゃ、行きましょか」

 そう静葉に言われた三人は彼女の後に続き、森の奥にある屋敷に向かった。

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