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第六章

隻腕のシスター

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「う~ん…思ったよりも遠いわね…」

 歩くこと数分。静葉達魔勇者一行はいまだ暗い森林の中を進んでいた。毒沼や身体に絡まってくる蔦植物が彼女達の行く手を阻み、その道中は安易なものではなかった。

「もうちょっと近い所に連れてってくれればよかったのに…わざとやったんじゃないの?あの鳥メイドさん…」
 杖をつきながらマイカはぼやいた。
「そうでもないみたいよ。あの『ワール』って移動魔法はどうやら自分が行ったことのない場所には移動できないらしいのよ」
「へぇ…でもそんな便利な魔法があるなんて初めて聞いたわ。人間わたしたちにも普及すれば色々と楽になるのにね」
「魔法ってのはね、歴史的には人間に普及してまだまだ浅いものなのよ。魔族しか知らない魔法もかなりあるって聞いたことがあるわ」
 マイカの疑問にメイリスが答えた。彼女の話によると、魔法は元々魔族が使っていたものであり、人間達は長い研究を重ねてようやく使えるようになったものらしい。

「あ、あれを見てください!」
「ん?どうしたの?」
 エイルが指さした方向に静葉は目を向けた。

「…あれは…?」

 鬱蒼とした森林の中に開けた小さな盆地。そこには多数の十字架が雑多に立ち並んでいた。静葉達は坂を慎重に下ってそこに近づいてみた。

「…ここは、墓地…?」
「それにしては、ずいぶん乱雑ね」
「そうね…その場にあった物で急ごしらえに造った感じだわ」
 四人はあちこちの墓を確かめた。墓の素材はどれも正式な墓石ではなく、家屋の材木や折れた武器を紐で結び、地面に突き立てた即席のものであった。どの墓にも名前は刻まれていない。周囲の木々の隙間をよく見ると倒壊した家屋がいくつか隠れている。

「昔は町があったのかしら?この地にあったガルディア王国は魔族の攻撃で滅びたらしいけど…」
「この感じは…戦場跡みたいですね…」
「そうね。さしずめ、この墓は戦死した兵士達を戦時中に弔ったってところかしら?」
 薄暗い森林とはまた別の重苦しい空気が墓地一面を包んでいた。

「あれ?誰かいるわよ?」

 静葉は墓地の奥を見た。そこには墓の一つに熱心に祈りを捧げている女性がいた。

「あの格好は…シスターですかね?」
「こんな所に一人で…?」
 話を聞いてみようと静葉はシスターの元に歩いていった。

「あの…ちょっといいかしら?」
「はっ!ど、どちらさまですか?」
 よほど祈りに夢中になっていたのかシスターは静葉の声にぎょっとした。

「あ、ごめん。驚かせちゃった?」
「い、いえ…その…大丈夫です…」
 シスターは弱弱しい愛想笑いを見せた。青色の頭髪に色白の肌、青い瞳の美しくもどこか影のある女性であった。

「こんな所に一人で墓参り?」
 静葉は周りを見渡しながらシスターに尋ねた。静葉の後ろにはいつしか三人が追い付いていた。
「はい…旅の途中、ちょうど近くを通りましたので…」
 シスターはか細く答えた。
「よく一人で来られたわね。けっこう魔物がいたはずだけど…」
「いえ。平気です。ここには昔住んでいたので…」
「そうなの…ってあれ?」
 静葉はあることに気づいた。よく見るとシスターの右の肩から先がない。

「…その腕は…?」
「これですか…?当時、ちょっとなくしてしまいまして…」
 そこまで語ってシスターは口を閉じた。その表情から見て彼女には何か後ろめたい事情がある。静葉は何となく察した。
「そう…で、この花はあなたが?」
 周囲の墓を見渡すと、全ての墓に同じ花が供えられている。白い花びらが印象的なこの薄暗い森林には不似合いな美しい花だ。
「はい…今の私にはこのくらいしかできませんが…」
「ずいぶん献身的ね…ここの人達に恩でもあったの?」
「いえ…彼らが命を落としたのは…私のせいですから…」
 そう言い終えたシスターはそっと立ち上がり、そのまま静かに歩きだした。

「あ…ちょっと…?」

 呼び止める静葉の声を聞くことなくシスターは墓地をあとにした。

「…行っちゃったね…」
「なんだったんでしょうか?あの人…」
 シスターの背中を見送りながらマイカとエイルは首を傾げた。
「さあね。魔勇者わたしのことは知らないようだったけど…」

 あのシスターが何者だったのか。この時の四人には知る由は何もなかった。

「考えても仕方ないわ。先を急ぎましょう」

 気を取り直して四人は屋敷へ向かった。

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