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第九章
心眼
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「な、なんだこいつは…」
手下があっという間に倒され、エイノーは愕然とした。猟兵に身をやつしたとはいえ、元サンメート騎士団としての実力を持つ三人が少女一人に圧倒されたからだ。
「驚くほどのものではない。お前達が大したことないだけだ」
右腕に包帯を巻かれているサリアが口をはさんできた。
「なんだと?」
「さしずめ、伯爵に雇われて以降、ロクに剣も磨かずに酒と色に浸っていたのであろう。そんな下郎に私の剣が負けるとでも思っているのか?」
「てめぇ…自分の手柄みたいに言いやがって…」
図星をつかれたエイノーは剣をかまえ、サリアを睨み付けた。その目にはかつての騎士団長に対する敬意はもはや存在していなかった。
「ふざけんじゃねぇ!」
エイノーは懐から取り出した小さな玉をリエルの顔面目掛けて投げつけた。
「ぐっ!目が…!」
破裂した玉からあふれた黒い液体はリエルの視界を奪った。
「目つぶし?ずっる!」
「リエルさん!」
反射的に目を閉じたことで致命傷を免れたが、今は一対一の戦闘中。顔をぬぐって視界を取り戻す余裕はなかった。
「慌てるな!『嵐の中でこそ茶を点てろ』だ!」
動揺する外野をよそにサリアはリエルに檄を飛ばした。その言葉を聞いたリエルは呼吸を整え、静かに木刀を構え直した。
「死ねえぇぇ!」
そんな様子を意に介することなくエイノーは正面から剣を振りかぶった。しかし、リエルはわずかに身を反らしてその斬撃を自然に回避した。
「何?」
まぐれだ。外した原因をそう捉え、エイノーは今度は横に剣を振った。リエルは後ろにステップしてそれを回避した。
「な、なぜだ?」
エイノーはさらに二度、三度剣を振るった。しかし、当たらない。
「なぜだ?なぜ当たらない?」
何度剣を振るってもまるで手ごたえがない。目の見えない者がこうも簡単にかわすなどありえない。しかも、石ころや木などの周りの地形に引っかかることさえもない。
(わかる…)
『嵐の中でこそ茶を点てろ』。座学の訓練の際にサリアから学んだことわざ。その言葉に従ったリエルは暗闇の中で己の心を静かに研ぎ澄ましていた。
(視界を奪われても…)
リエルは肌に触れる空気の流れと周囲に点在する魔力を用いて敵の位置や周りの地形を把握していた。無論、この技もサリアの訓練によって身に着けたものである。
「くそぁ!当たれ!」
ひたすらに剣を振り続けるエイノーであったが、元騎士とは思えぬほどに剣の型も呼吸も大きく乱れ、もはや破れかぶれであった。
(感じる…)
攻撃を繰り返すエイノー。回避を続けるリエル。傍目から見ればリエルは追い詰められているはずだが、周囲の者達が見るその光景は真逆のものであった。
(敵は迷っている…焦っている…恐れている…)
敵の呼吸が大きく乱れ、攻撃の波が止まったタイミングを見計らい、リエルは両脚に力を入れ、ゆっくりと腰を落とした。そして、正面から迫る気配の中心に木刀の狙いを定めた。
「…あれは…!」
目を閉じたままリエルがとった構えに対し、サリアは既視感を抱いていた。
(…今だ!)
敵が自らの間合いに入った瞬間、リエルはエイノーの鳩尾目掛けて勢いよく突きを放った。
「うぐあぁぁぁぁ!」
矢のように速く、槍のように鋭い突きであった。胴体を守る鎧に大きなひびが入り、エイノーは身体をくの字に曲げて凄まじい勢いで後方に吹き飛んだ。そして、そのまま大木に背中から激突し、うつ伏せに地面に倒れこんだ。
手下があっという間に倒され、エイノーは愕然とした。猟兵に身をやつしたとはいえ、元サンメート騎士団としての実力を持つ三人が少女一人に圧倒されたからだ。
「驚くほどのものではない。お前達が大したことないだけだ」
右腕に包帯を巻かれているサリアが口をはさんできた。
「なんだと?」
「さしずめ、伯爵に雇われて以降、ロクに剣も磨かずに酒と色に浸っていたのであろう。そんな下郎に私の剣が負けるとでも思っているのか?」
「てめぇ…自分の手柄みたいに言いやがって…」
図星をつかれたエイノーは剣をかまえ、サリアを睨み付けた。その目にはかつての騎士団長に対する敬意はもはや存在していなかった。
「ふざけんじゃねぇ!」
エイノーは懐から取り出した小さな玉をリエルの顔面目掛けて投げつけた。
「ぐっ!目が…!」
破裂した玉からあふれた黒い液体はリエルの視界を奪った。
「目つぶし?ずっる!」
「リエルさん!」
反射的に目を閉じたことで致命傷を免れたが、今は一対一の戦闘中。顔をぬぐって視界を取り戻す余裕はなかった。
「慌てるな!『嵐の中でこそ茶を点てろ』だ!」
動揺する外野をよそにサリアはリエルに檄を飛ばした。その言葉を聞いたリエルは呼吸を整え、静かに木刀を構え直した。
「死ねえぇぇ!」
そんな様子を意に介することなくエイノーは正面から剣を振りかぶった。しかし、リエルはわずかに身を反らしてその斬撃を自然に回避した。
「何?」
まぐれだ。外した原因をそう捉え、エイノーは今度は横に剣を振った。リエルは後ろにステップしてそれを回避した。
「な、なぜだ?」
エイノーはさらに二度、三度剣を振るった。しかし、当たらない。
「なぜだ?なぜ当たらない?」
何度剣を振るってもまるで手ごたえがない。目の見えない者がこうも簡単にかわすなどありえない。しかも、石ころや木などの周りの地形に引っかかることさえもない。
(わかる…)
『嵐の中でこそ茶を点てろ』。座学の訓練の際にサリアから学んだことわざ。その言葉に従ったリエルは暗闇の中で己の心を静かに研ぎ澄ましていた。
(視界を奪われても…)
リエルは肌に触れる空気の流れと周囲に点在する魔力を用いて敵の位置や周りの地形を把握していた。無論、この技もサリアの訓練によって身に着けたものである。
「くそぁ!当たれ!」
ひたすらに剣を振り続けるエイノーであったが、元騎士とは思えぬほどに剣の型も呼吸も大きく乱れ、もはや破れかぶれであった。
(感じる…)
攻撃を繰り返すエイノー。回避を続けるリエル。傍目から見ればリエルは追い詰められているはずだが、周囲の者達が見るその光景は真逆のものであった。
(敵は迷っている…焦っている…恐れている…)
敵の呼吸が大きく乱れ、攻撃の波が止まったタイミングを見計らい、リエルは両脚に力を入れ、ゆっくりと腰を落とした。そして、正面から迫る気配の中心に木刀の狙いを定めた。
「…あれは…!」
目を閉じたままリエルがとった構えに対し、サリアは既視感を抱いていた。
(…今だ!)
敵が自らの間合いに入った瞬間、リエルはエイノーの鳩尾目掛けて勢いよく突きを放った。
「うぐあぁぁぁぁ!」
矢のように速く、槍のように鋭い突きであった。胴体を守る鎧に大きなひびが入り、エイノーは身体をくの字に曲げて凄まじい勢いで後方に吹き飛んだ。そして、そのまま大木に背中から激突し、うつ伏せに地面に倒れこんだ。
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