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第九章

緋色の剣

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「俗物が…」

 その言葉と共に緋色の裂け目から一人の男が姿を現した。
 男は猟兵達を切り裂いた剣を持ったまま身体を乗り出し、亡骸だらけの地面に足をつけた。その姿は灰色の頭髪に色白の肌。黒衣の上に灰色のコートを羽織った青年のものであった。彼の背後にある緋色の裂け目はやがて小さくなり、静かに消滅した。

「勇者をくだらん策に利用するなど…」

 足元に転がるバラバラの死体を侮蔑の眼差しで見下ろし、男は呟いた。その手に握られた剣は先ほどの裂け目と同じ色の緋色の刀身を持ち、数人斬ったにも関わらずその刀身には返り血一つついていなかった。

「クイーン・ゼイナルとか言ったか…」

 男は猟兵達が口にしていた会話を思い出した。彼はいかにしてかエイノー達の会話を盗み聞きし、その内容を不快に思って惨殺を実行したのだ。
 男は比較的損傷の少ないエイノーの遺体の元に近づき、身をかがめて遺体の懐を漁った。やがて彼は豪華な客船が描かれた一枚の紙を発見した。

「…なるほど」

 紙に書かれた文章を黙読し、男はエイノー達の話が事実であることを理解した。

「…いつの時代も勇者は道具か…」

 不愉快そうに呟いた男は緋色の剣を思いきり振りかぶった。すると、目の前の何もない空間に斬撃に沿った切れ目が生じ、やがて緋色の裂け目が広がった。その様子はさながら緋色の剣が空間を切り裂いたかのようであった。
 男は緋色の裂け目に手をかけ、あたかも穴ぐらに入るかのように足を突っ込み、裂け目の中に身を投じた。その姿が裂け目の中に完全に入ると、やがて裂け目は小さくなり、静かに消滅した。

「…な、何なんだ今のは…?」

 誰もいなくなった殺人現場にゆっくりと舞い降りた黒い翼の魔族――フォウルは驚きを隠せなかった。
 ナカト伯爵が刺客を道場に送り込んだという噂を聞きつけ、影からサリアを援護しようと上空から道場に向かっていたフォウルだったが、その道中で彼は奇妙な殺戮の様子を目撃したのだ。

「例の魔勇者様…ではないよな?」

 気づかれぬように気配を殺しながら上空でその様子を窺っていたが、何もない空間に緋色の裂け目が現れ、その中から緋色の剣が飛び出し、ターゲットを次々と切り刻んでいくというその光景は奇怪なものであった。

「あの緋色の剣…まさか…?」

 若い外見からは想像できないほどに長生きのフォウルにはその存在にほんの少し心当たりがあった。しかし、あくまで噂で聞いた程度であり、確信できるものではなかった。

「…とりあえず、ゴミは片付けるか…」

 翌日、ナカト伯爵の屋敷に四人分のバラバラ遺体の宅配便(着払い)が届けられた。それを目にした伯爵はズアーの森の開発計画の即時中止を決定した。
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