異世界に召喚されて「魔王の」勇者になりました――断れば命はないけど好待遇です――

羽りんご

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第十章

レジスタンス

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 ゾート王国――それはクラウディ大陸から南西の方角に位置するレイニィ諸島の西側を治める国である。否、国
 魔族に対して他の国よりも好戦的な王に治められていたその国は秘密裏に魔大陸へ通じる橋を建築し、異世界より召喚した勇者を中心とした戦力を用いて魔王を討伐せんと目論んだ。
 しかし、その計画は容易く看破され、魔王が送り込んだ魔勇者によって橋は勇者諸共完膚なきまで叩き潰された。さらに、国の中枢である王都までもが破壊され、その際に異世界召喚の魔法陣や資料、術者を丸々焼き尽くされてしまった。
 国としての機能も魔族と戦う力も失ったゾート王国は容易く制圧され、生き残った人々は国外への脱出を余儀なくされることとなった。
 しかし、中には国内にとどまり、抵抗を試みる者もいた。彼らは魔族達の目を逃れ、反撃の機会を窺っている。


 ――――


「『ブレッシング』」

 その名の魔法を受けた少女の身体は黄金の光に包まれた。少女は身体の内側から暖かさを伴う未知の力がみなぎる感覚を覚えた。

「こ、これは?」
「それは勇者の力を授ける魔法…否、祝福である」
 白いローブに身を包んだ魔導士は少女の疑問に答えた。
「勇者?」
「そうだ。君はたった今、勇者になったのだ。勇者ソーカよ」
 ソーカという少女にかけられた魔法。それは対象の内側に秘められた生命力や魔力を永続的に引き出す上級の補助魔法である。その強力な効果ゆえ、ゾート王国では『勇者の祝福』として代々伝えられ、『勇者』の称号を与えられし者にのみ使われるようになったのである。無論、以前異世界から召喚された勇者千夏もその恩恵を授かっていた。
「その力さえあれば君は魔族を倒すことができる。故郷を取り戻し、家族の仇を討つことも容易い」
「ほ、本当ですか?」
「さよう。勇者様の装備も用意してあります。どうぞこちらへ」
 壮年の魔導士が勇者を隣の部屋へ案内した。

「…どうにかこの魔法だけは守ることができましたね」
「ああ。異世界から勇者を召喚する術は失ったが、これさえあれば我々は勇者を得ることができる」
 照明魔法『ライト』の力を付与した魔法石によって明るく照らされた部屋の中、勇者の退室を見送った二人の魔導士はほっと胸をなでおろした。
「そうですね。これで王都で命を落としたマーリン様達の無念を晴らすことができます」
 二人は上司であった宮廷魔導士達の顔を思い浮かべた。
 ここはゾート王国の西部に位置するラーカス島。ある任務で運よく城を離れていた彼らは王都の陥落を知るや否やこの島の地下深くに拠点を作り、身を隠した。そして、ひそかに戦力を蓄え、魔族への反撃の機会を窺っていた。
 先ほど勇者となった少女にかけた魔法もつい最近避難してきた魔導士が隠し持っていた魔導書に記されていたものであり、その魔法の入手を好機とみた彼らは行動を開始した。同じころに避難してきた市井の少女に勇者の力を与えて、切り札として育てようとしたのだ。
「しかし、兵士でもなければ冒険者でもないあのような少女を勇者にするのは気が引けますな」
「今の我々にはどちらもいないのだ。以前、マーリン様が召喚された勇者様もあのぐらいの少女だったと聞く」
 上司の方と思われる魔導士は答えた。
「この国に取り残された人々は魔族に囚われると奴隷にされてしまうらしい。我々は勇者の力で領土を奪還し、一人でも多くの人間を救わなければならないのだ!」
 彼は壁に貼ってある世界地図に手を叩き付けた。
「もし、仮にあの勇者様が倒されたとしても、救助した人間に勇者の力を与えれば代わりはいくらで――も…?」

 話の途中で魔導士は胸のあたりに妙な衝撃を感じた。視線を下げ、自らの胸に目を向けると、そこから緋色の刃が飛び出していた。

「…え?」

 青年の魔導士は自らの目を疑った。上官の魔導士の背後に音もなく現れた灰色のコートの人物が上官の胸に緋色の刃を突き刺していたのだ。刃が引き抜かれると、口と傷口から血液があふれ出し、青年の白いローブを赤く染めた。そして、彼の上官は言葉を発することなく両膝をつき、そのままうつ伏せに倒れこんだ。

「て…敵襲ぅ!」

 上官の背後にいた人物――灰色の髪の男の鋭い目を見た瞬間、青年は我に返った。腹の底から絞り出した声をあげて、近くの棚の杖に手を伸ばし、迎撃を試みた。
 しかし、青年が杖を手に取った時、男は彼の前から姿を消し、背後に立っていた。そして、青年の身体は頭部、胴体、両腕、両脚に切り分けられ、そのまま床にバラバラに転がった。

「な、何事です?」

 青年の絶叫を聞きつけ、壮年の魔導士と勇者になったばかりのソーカが駆けつけた。そこには二人の魔導士の死体のそばに静かに立つ灰色のコートの男がいた。
 この男が何者なのかはわからない。しかし、同志二人を手に掛け、妙な剣を携えてこちらをにらむ以上、味方ではない。壮年の魔導士はそう判断した。

「勇者様!ここは私――があぁっ!」

 勇者を守ろうと魔導士が前に出た瞬間、彼の頭部は勢いよく跳ね飛ばされ、部屋に飾られた甲冑が持つ剣に突き刺さった。その一瞬の出来事を目撃した勇者は背筋を凍らせた。

「自らを盾にして勇者を守る――か…虫唾が走る」

 そう冷たく言い放つ男は返り血一つつかぬ緋色の剣を勇者に突き付けた。

「あ…あぁ…」

 授かったばかりの剣を鞘から抜こうともせず、ソーカはただ腰を抜かし、床に尻もちをついた。この日まで冒険者ですらなかった彼女はどのように立ち回るべきかわかりもしなかった。恐怖で視覚がおかしくなったのか、周囲の空間がわずかに歪んでいる。

「…こんな少女まで勇者に仕立て上げるとは…」

 目に涙を浮かべ、身体を震わせるソーカを見下ろす男の目にはどこか哀れみの感情が含まれていた。

「…あ…あなたは…誰…?」

 ソーカはなけなしの勇気をこめ、男に質問した。

「…望むなら教えてやる。俺の名はセラム・ドゥ。『勇者』という存在に絶望を刻む者だ」

 そう答えたセラムはゆっくりと自らの頭上に緋色の剣を振り上げた。

「覚えておけ…勇者は何も救わない。救えはしない。救われもしない…」

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