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第十章
捕虜の待遇
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「まだ業務を止めていないのですか?すでに定時になっているのですよ?」
「す、すみません!まだ窓ふきが残っていまして…!」
魔王城内のとある廊下。アウルは部下と思われるメイドに苦い表情で問い詰めていた。メイドは新聞紙を手にしながらあたふたと弁明した。
「真面目なのは結構ですが…そこまで隅から隅までやる必要はありません。時間と労力の無駄です」
「で、でも…」
何か言いたげに言葉を発するメイドに対し、アウルは鋭い視線を向けた。
「あなたの代わりなどいくらでもいるのですよ。残りは交代の者に任せて、さっさと休みなさい」
「は、はいぃっ!」
強い圧力に怖気づいたメイドは新聞紙を手放し、一目散に退勤した。
「全く…労働が身に付きすぎていますね…」
床に落ちた新聞紙を拾いながらアウルは溜息をついた。
「今のは…人間?」
仕えるべき魔勇者の声に反応し、アウルはゆっくりと振り向いた。そこには買い物を終え、自分の部屋に戻ろうとしていた静葉の姿があった。
たった今アウルから注意されていたメイドは魔王城ではなじみの薄い種族――人間であった。静葉はエイルとマイカ以外の人間を思わぬ形で目撃したのである。
「はい。先日、ゾート王国で確保した人間の一人です」
「ゾート王国…って確か…」
「そうです。魔勇者様がノリと勢いで壊滅させたレイニィ諸島西部の国です」
「うぐ…その言い方…」
アウルの言葉には悪意こそなかったが、その出来事を苦い思い出と捉えている静葉にとってそれはどこか棘が含まれているように思えた。
ゾート王国が召喚魔法を用いて異世界から呼びよせた人間を勇者に仕立て上げ、戦場に送り込んでいる。その事実を知った静葉は単身(実際はメイリスのサポート付き)王都に乗り込み、召喚の魔法陣を国の中枢ごと破壊しつくした。
「あの時、外で活動していた私とヌコは多くの人間をあえて国外に逃亡させました。魔勇者様の脅威を諸外国に広めるために」
新聞紙で窓を拭きながらアウルは説明を始めた。
魔王軍は元々、魔族に対して好戦的な政策をとっていたゾート王国を制圧する腹積もりであった。そこに急遽、静葉からの攻撃の提案が出されたためにその計画は前倒しで実行された。
「急ではありましたが、抵抗する者以外はどうにか領土外へ追い出してやりました。我ながらナイスな働きだったでしょう?」
「自分で言うかね…」
クールな口調に反してどこかドヤ顔なアウルであった。
「ですが、あれほど魔勇者様の力を見せつけたにも関わらず国内に潜伏し、我らに反撃を目論む勢力がつい最近確認されたのです」
「勢力…レジスタンスってヤツ?」
「はい。ゆえに、ゾート支部の魔族達はその勢力の捜索と鎮圧に力を注いでいるところです」
アウルは窓を拭き終えた新聞紙をゴミ袋に放り込んだ。
「抵抗する者は当然ながら始末。そうでない者は国外に連れ出し、手頃な冒険者ギルド付近に放り込んで保護させるようにしております。運が良ければ親族や友人に会えるでしょうから」
「え?じゃあ、さっきのメイドは?」
当然の疑問を静葉は投げかけた。
「彼女はゾート王国内では悪名高い盗賊団の一人だったそうです。もしギルドに見つかればそのまま逮捕、投獄されていたでしょう」
「それは…それでいいんじゃないの?」
「私もそう思いました。ですが、彼女には身よりがなく、生きるためにやむなく悪事に手を染めていたと。本人はそう言っておりました」
アウル曰く、ゾート王国は軍事に力を注ぐあまり国内の経済と治安は悪化し、貴族は汚職に、平民は犯罪に手を染めるようになるほどであったらしい。魔大陸への侵攻を計画していなければ、魔王軍が介入するまでもなくあの国は自壊していたかもしれない。アウルはそう推測していた。
「…思ったよりもひどい国だったのね」
「そうです。あのメイドはほんの氷山の一角。他の国に引き渡したところで彼らが救われるとは限らない。魔王様方と話し合った結果、訳ありの者達は魔王城で面倒をみることにいたしました」
先ほどのメイド以外にも魔族がゾート王国から連れ出してきた人間は複数いるらしく、メイドの他、農園や食堂、訓練場、売店などで下働きをして暮らしているとのことであった。
「まさか鞭でケツ叩いて、魔剤飲ませて、一日中労働させたりしてんじゃないでしょうね?」
「そんな非効率的なことしませんよ。人間じゃあるまいし」
さらっと人間をディスった発言が出た。
「部署にもよりますが、基本的に週休二日の一日八時間労働、それ以上は働かせません。もちろん、間に食事の一時間休憩をはさんでおります」
「しっかり決めてるのね…」
律儀なスケジュールであった。
「でも大丈夫なの?こんな魔族だらけの場所で人間を働かせるなんて…」
「ご心配無用です。エイル様やマイカ様の前例もありますし。人間の一人や二人増えたところで皆慣れております」
「まぁ…そうみたいだけど」
「それに、人間達の装備品には居場所を即時特定できる魔法アイテムを仕込んでおります。万が一、何らかの問題行動を起こすようなことがあればすぐに対処可能となってますのでご安心を」
抜け目のない待遇であった。
「す、すみません!まだ窓ふきが残っていまして…!」
魔王城内のとある廊下。アウルは部下と思われるメイドに苦い表情で問い詰めていた。メイドは新聞紙を手にしながらあたふたと弁明した。
「真面目なのは結構ですが…そこまで隅から隅までやる必要はありません。時間と労力の無駄です」
「で、でも…」
何か言いたげに言葉を発するメイドに対し、アウルは鋭い視線を向けた。
「あなたの代わりなどいくらでもいるのですよ。残りは交代の者に任せて、さっさと休みなさい」
「は、はいぃっ!」
強い圧力に怖気づいたメイドは新聞紙を手放し、一目散に退勤した。
「全く…労働が身に付きすぎていますね…」
床に落ちた新聞紙を拾いながらアウルは溜息をついた。
「今のは…人間?」
仕えるべき魔勇者の声に反応し、アウルはゆっくりと振り向いた。そこには買い物を終え、自分の部屋に戻ろうとしていた静葉の姿があった。
たった今アウルから注意されていたメイドは魔王城ではなじみの薄い種族――人間であった。静葉はエイルとマイカ以外の人間を思わぬ形で目撃したのである。
「はい。先日、ゾート王国で確保した人間の一人です」
「ゾート王国…って確か…」
「そうです。魔勇者様がノリと勢いで壊滅させたレイニィ諸島西部の国です」
「うぐ…その言い方…」
アウルの言葉には悪意こそなかったが、その出来事を苦い思い出と捉えている静葉にとってそれはどこか棘が含まれているように思えた。
ゾート王国が召喚魔法を用いて異世界から呼びよせた人間を勇者に仕立て上げ、戦場に送り込んでいる。その事実を知った静葉は単身(実際はメイリスのサポート付き)王都に乗り込み、召喚の魔法陣を国の中枢ごと破壊しつくした。
「あの時、外で活動していた私とヌコは多くの人間をあえて国外に逃亡させました。魔勇者様の脅威を諸外国に広めるために」
新聞紙で窓を拭きながらアウルは説明を始めた。
魔王軍は元々、魔族に対して好戦的な政策をとっていたゾート王国を制圧する腹積もりであった。そこに急遽、静葉からの攻撃の提案が出されたためにその計画は前倒しで実行された。
「急ではありましたが、抵抗する者以外はどうにか領土外へ追い出してやりました。我ながらナイスな働きだったでしょう?」
「自分で言うかね…」
クールな口調に反してどこかドヤ顔なアウルであった。
「ですが、あれほど魔勇者様の力を見せつけたにも関わらず国内に潜伏し、我らに反撃を目論む勢力がつい最近確認されたのです」
「勢力…レジスタンスってヤツ?」
「はい。ゆえに、ゾート支部の魔族達はその勢力の捜索と鎮圧に力を注いでいるところです」
アウルは窓を拭き終えた新聞紙をゴミ袋に放り込んだ。
「抵抗する者は当然ながら始末。そうでない者は国外に連れ出し、手頃な冒険者ギルド付近に放り込んで保護させるようにしております。運が良ければ親族や友人に会えるでしょうから」
「え?じゃあ、さっきのメイドは?」
当然の疑問を静葉は投げかけた。
「彼女はゾート王国内では悪名高い盗賊団の一人だったそうです。もしギルドに見つかればそのまま逮捕、投獄されていたでしょう」
「それは…それでいいんじゃないの?」
「私もそう思いました。ですが、彼女には身よりがなく、生きるためにやむなく悪事に手を染めていたと。本人はそう言っておりました」
アウル曰く、ゾート王国は軍事に力を注ぐあまり国内の経済と治安は悪化し、貴族は汚職に、平民は犯罪に手を染めるようになるほどであったらしい。魔大陸への侵攻を計画していなければ、魔王軍が介入するまでもなくあの国は自壊していたかもしれない。アウルはそう推測していた。
「…思ったよりもひどい国だったのね」
「そうです。あのメイドはほんの氷山の一角。他の国に引き渡したところで彼らが救われるとは限らない。魔王様方と話し合った結果、訳ありの者達は魔王城で面倒をみることにいたしました」
先ほどのメイド以外にも魔族がゾート王国から連れ出してきた人間は複数いるらしく、メイドの他、農園や食堂、訓練場、売店などで下働きをして暮らしているとのことであった。
「まさか鞭でケツ叩いて、魔剤飲ませて、一日中労働させたりしてんじゃないでしょうね?」
「そんな非効率的なことしませんよ。人間じゃあるまいし」
さらっと人間をディスった発言が出た。
「部署にもよりますが、基本的に週休二日の一日八時間労働、それ以上は働かせません。もちろん、間に食事の一時間休憩をはさんでおります」
「しっかり決めてるのね…」
律儀なスケジュールであった。
「でも大丈夫なの?こんな魔族だらけの場所で人間を働かせるなんて…」
「ご心配無用です。エイル様やマイカ様の前例もありますし。人間の一人や二人増えたところで皆慣れております」
「まぁ…そうみたいだけど」
「それに、人間達の装備品には居場所を即時特定できる魔法アイテムを仕込んでおります。万が一、何らかの問題行動を起こすようなことがあればすぐに対処可能となってますのでご安心を」
抜け目のない待遇であった。
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