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第十章

深淵の狩人

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「驚きましたよ。パンテーラ伯爵にあなたのような美しいご息女がいらっしゃるとは」
「はぁ…そいつはどうも…」
「ふふ。好印象ね」    
「知らないわよ」

 船内の客室へ続く廊下。典型的な社交辞令を並べるウェイブに案内されたリーフとメリッサ。彼女達は今回の任務の打ち合わせのためにウェイブがあらかじめ確保しておいた客室に向かっていた。

「それにしても、高そうな美術品が多いわね」

 道中、随所に並べられた立派な壺や絵画などの美術品がリーフの目についた。
「過去にこの船に乗船した貴族達がサンユー王国に献上したものです」
 ウェイブは足を止め、近くの絵画に目をむけた。タイトルは『情熱』。全身を漆黒の甲冑で包んだ長身の騎士が股間に大剣を挟み、腰を前後に振っているかのような姿が描かれている。
「例えばこちらの作品。ソティ王国では一部の人々に有名なジョー・クモハチ氏が手掛けたものでして。その価格はおよそ百万ゴルほどだそうです」
「ええ?なんか頭悪そうな奴がモデルのこの絵が?」
 あまりにも奇抜なデザインの絵画に対し、リーフは訝しんだ。
「もっとも、クモハチ氏は数年前に心の病を患い、その行方をくらましてしまったそうです。彼の新しい作品が見られなくなってしまったのは正直残念です」
 そう言ったウェイブは絵画の反対側に目をむけた。そこには露出の多い軽鎧を身に着けた女騎士をモデルにした彫刻が置かれていた。
「こちらの作品はサンユー王国出身の彫刻家、ダンプ・ロウワン氏が手掛けた『銀の騎士』。彼は架空の英雄物語を好み、彫刻を作る傍らに自らを主人公とした英雄物語をつづった本を書いているそうです」
「巨乳も好みだったみたいね。ボディラインはなんかおかしいけど」
 華奢な手足には不釣り合いなほどに強調された大きい胸部が特徴的であった。
「性癖が前に出過ぎてバランスがおかしくなってるわね」
「実際の女性の身体についてよく知らなかったのかもね」
「ちなみにロウワン氏は今年の夏に新作を発表する予定でしたが、あまりの猛暑に気力をそがれて発表を冬に延期したそうです」
 一通り美術品を鑑賞した三人は再び移動を始めた。


 ――――


 歩くこと数分。シロナ1058号室。ウェイブが確保した客室である。

「これが客室?まるで高級ホテルね」

 魔王城にある自分の部屋の約五倍ほどの広さ。柔らかそうなベッド。調度品。どれも船の中とは思えぬほどのレベルであった。
「この船はの貴族がよく利用しますからね。盗聴対策もバッチリとなっております」
 ウェイブは胸元のタイを緩めた。
「ゆえに、秘密の会話をするにはぴったりです」
 リーフ達がこの客室に入る直前、男女二人組の貴族が隣の客室に入室していたが、その二人の会話や物音は全く聞こえない。ちなみに、その二人が何をしているかは言うまでもない。
「なるほどね」
「そういうわけですので、さっそく話を始めましょう」
 ウェイブはテーブルに船の地図を広げた。
「私が下調べした情報によりますと、ここから三フロア下に貨物室があります。それなりの警備がいるので直接向かうのは困難ですね」
「まあ、当然の話よね」
 ウェイブの話を聞いたリーフは頷いた。
「一応、発信石のほかに使えそうなものはいくつかあるけど…」
 リーフは腰布に偽装したマフラーの中に忍ばせた藍色のポーチを取り出した。探知魔法の類を警戒し、金属類の武器防具こそ持参してこなかったが、ステルスコートや煙幕などの低級の魔法アイテムはどうにか警備の目をかいくぐることができた。もっとも、乗船時の手荷物検査はないも同然だったが。
「平民以下が乗る時は過剰なまでにチェックするんでしょうけどね」
「まったく…どこの世界でも貴族様は忖度されるのね」
 メリッサは肩をすくませ、リーフは溜息をついた。
「そのおかげで、私もこれを持ち込むことができました」
 ウェイブは近くの壁に立てかけていた釣り竿入れを手に取り、中から長い棒を取り出した。

「…釣り竿…じゃないわよね…?」
「然り。これは私の得物です」
 ウェイブがそう言った瞬間、棒の先端から鋭い刃が飛び出し、死神が持つような大鎌に姿を変えた。それと同時にウェイブの容姿も姿を変えていた。青い頭髪が目立つそのシルエットは人と同じだが、両耳にあたる部位にはサハギンなどの水棲魔物によく見られる魚類のヒレがついている。
「大鎌…?ということはあなたは死神…?」
「少し違いますね。私は、海魔王軍第一遊撃部隊隊長にして海魔王が一子、『深淵の狩人』ことリーヴァ・シィ・ドライゴン。どうぞお見知りおきを」

 リーヴァはどこか得意げな表情で丁寧にお辞儀した。

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