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第十二章

廃校のゴーストと人形

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「こりゃまた肝試しができそうなスポットね。したことないけど」
 廃校となって久しい学園。それを物語るかのように朽ち果てた廊下を歩く静葉一行。昼間であるにも関わらず内部はどこかおどろおどろしく、壁には『手作り赤ちゃん作成の協力者求む(女子生徒のみ)』や『来たれ!第二野球部へ!』などの当時の部活勧誘のくすんだポスターが残されていた。
「実際、何体かのゴーストが出没しますよ。ほら」
 ボルグの言葉に呼応するかのように目の前の教室の入り口から一体のゴーストが姿を現した。真っ黒な制服に身を包み、リーゼントの髪型をした男子不良のゴーストだ。
「うわ!」
 静葉とエイルは思わず身構えた。
「…俺は悟りを開いたんだぁ…金を出せぇ…」
 恨めしそうに呟いたゴーストは静葉達に目をくれることもなくいずこかへ歩き、スゥっと消えていった。
「…今のがゴースト?」
「はい。時折あんな風に現れて金銭を要求するような言葉を発しますが、特に害はないので放置しております」
 ちなみにゴーストとは、死亡した生物の体内に残された魔力が何らかの影響で生前の姿を形成し、現世をさまよう魔物である。現在、たださまようタイプと見境なく攻撃するタイプの二種類が確認されている。元の生物の記憶や性格が反映されているのではという説があるが、確証は得られていない。
「聞いたことあるわ。夏休み中に悟りを開いたけど誰にも相手にされず、不良になって暴れまわるようになった生徒がいたって」
 メイリスは同僚の騎士から聞いた話を思い出した。
「そして、盗んだ教師の弁当にたまたま入っていた下剤に当たって死亡したらしいの。おそらく、その時に残った魔力がゴーストになったんだと思うわ」
「それがあいつなの?」
「かもね」
「悟りを開いた意味あったのかしら…」
 そうこう話をしているうちに静葉達は目的の会議室に到着した。
「ジャッキーさん。魔勇者様達をお連れしました」
「おう。入れ入れ」
 ボルグが引き戸を開くと、会議室の広いテーブルの上に小さな人形がちょこんと座っていた。
「あんたが噂の魔勇者様か。ボルグから聞いているぜ」
「え?」
 声の主に対し、静葉は目を丸くした。ひげを生やした中年を模した人形から甲高いふてぶてしい声が聞こえたのである。人形は表情を変えずに右手をブンブンと振っている。
「人形がしゃべってる…これって魔物?」
「おい。とは失礼だな」
 驚いたマイカに対し、人形は表情を変えずに注意した。
「こちらの人形は我らオウカ支部のアドバイザーのジャッキーさんです」
「アドバイザー?」
「おうよ。そして、俺はこの学園の元歴史教師だったんだぜ」
「きょ、教師?」
 犬の次は人形の教師であった。
「学園に残された資料によりますと、ジャッキーさんは前任の歴史教師が気を病んだ時に赴任し、後任として前任に抱えられて授業をしていたそうです」
 ボルグの言葉から静葉はある推測を思い浮かべた。
「抱えられて…それって腹話術?」
「まぁ、人間達おまえらはそう言うみたいだな」
 意外なことにジャッキーはすんなりと肯定した。
「でも、今はどうやって…?」
 腹話術の主はもはやここにはいない。しかし、こうやって独りでに動いている以上、この人形には意思が宿っている。
「おそらく、持ち主の魔力が付着してそのまま人形に宿り、意思を形成したんでしょうね。ゴーストとほぼ同じ原理よ」
 メイリスはそう推測した。
「かもな。いつ宿ったかは覚えていねぇけど…」
 ジャッキーは首を傾げ、当時を振り返った。
「あれかな?学園の厄払いとかなんか言われて生贄代わりにグラウンドに開けられた大穴にぶち込まれたことがあってな」
 ジャッキーの動かない口からとんでもないエピソードが語られた。
「で、そこの支部長殿に地下で発見されて、そのツラを見た時にはすでに意思が芽生えていたな。そのまま拾われて地上に出てみれば学園には教師も生徒もいなくなっててびっくりしたぜ」
「いやぁ、トンネル掘ってた時にジャッキーさんの頭が出てきた時はびっくりしましたよ」
「で、二百年前の知識と教師経験を活かすためにこいつらのアドバイザーになってやることにしたってわけさ」
 ジャッキーは無表情でふんぞり返った。
「なかなかタフな人形ね」
 静葉はその根性にある意味感心した。
「じゃあ、あの人形も動くんですか?」
 エイルは会議室の隅っこに放置されている等身大の人形を指さした。眼鏡をかけた人間の中年男性を模したゼンマイ付きの人形である。
「いえ。あれは『教頭代理君』といいまして、魔力や意思のないからくり仕掛けの人形です」
「代理?」
「はい。残された資料によりますと、これ一つで教頭の仕事全てを担うことが出来るよう作られた人形らしいのです」
 ボルグは人形の背後に回り込み、ゼンマイを数回回した。

『さすが学園長!』
『おっしゃる通りです学園長!』
『ごもっともです学園長!』

 ゼンマイの力で代理君が何通りかの言葉を発した。
「このように学園長のサポートを全力で行います」
「ただの太鼓持ちじゃん」
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