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第310話 エメラルドの約束9
しおりを挟む──ドバン!
血だらけの兄さんが見たことの無い表情でバルスを殴る。
あの兄さんが人を殴る所なんて初めて見た。
「……リョク……兄さん……」
「エメレア! エメレア! ああ……な、何てことに……私が目を離さなければ! このっ! 悔やみきれない! 待ってて、今直ぐに助けるからね!」
優しい顔をぐしゃぐしゃに歪ませた、血だらけの兄さんが私に話しかける。とても悲しそうに。
「……兄さん危ない!」
「──!!」
私に駆け寄った兄さんの背後から鉄の棒が思いっきり振り下ろされる。ただでさえ全身血だらけの兄さんの頭から鮮血が舞う。
「……に、兄さん!」
すると忌々しそうな声でバルスが呟く。
「この野郎、俺を殴りやがって、覚えておけ」
バン、ドン、ドン! と、鉄の棒が振るわれ、そしてガチャリと、兄さんの頭に銃が突き付けられる。
「やめて! 兄さんが死んじゃう!」
「ハッ、知るかよ! 死ね、オラァ!」
ドバン!
避けた──いや、頭をカスったみたいだ。
一先ず、直撃は避けたことに私は安堵する。
背負っていた弓を構え、兄さんはバルスの銃を弓で撃ち抜く。銃を貫通し、手に矢が刺さったバルスは「ぎゃあァァァ」と、悲鳴をあげる。
「エメレア、直ぐに錠を──壊すからね」
すると兄さんは矢を両手で持ち、魔力を込める。
無茶だ、兄さんは魔力量が少ない。加えて今の兄さんは恐らくここに来るまでに魔力をかなり使っている……そんな状態でこの錠を壊せるとは思えない。
その間にあの男はまた立ち上がって来る。
「死刑だ、死刑決定だ! 糞野郎!」
兄さんが鉄の棒で叩かれる、だが兄さんは私の錠を壊す手を止めない。
鉄の棒の殴打が兄さんの頭を肩を背中を鈍い音と共に傷つけていく。
「……兄さん、もういいから! ……私のこと何て助けなくていいから……お願い、逃げて──!」
「家族を見捨てる選択肢など私は持ち合わせていないよ──帰るよ、エメレア、一緒に、お家へ」
右手、左手、右足、左足の錠が壊されていく。
「この、何で倒れねぇ! 死に損ないが!」
「……に、兄さん、危ない、危ない、避けて!!」
横凪に振るわれた鉄の棒に対し、少しだけ頭を屈ませた兄さんが、何とか攻撃の回避に成功する。
そして人生で見た二度目の兄さんの人を殴る姿を私は目撃した。兄さんの拳がバルスの顔面を直撃する。
「……人に優しくをモットーとしてるけど、流石の私も命より大切な家族に手を出されては黙ってはいられない」
気を失った、バルスを放置し、私と兄さんは地下牢から逃げる。
泣きじゃくる私を兄さんは担いで逃げてくれた。
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