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プレイヤーズ・ハルドナリ
3.汚物を浄化する剣①
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この世界で人をまとめる素質とは一体なにか?
逞しい体躯か? 豪気な統率力か? 明晰な知略か?
勿論それらは重要な能力の一つであるが、それが生存という結果に結びつかなければ、戦士をまとめる存在として失格の烙印を押されてしまうだろう。封建的な気風を残す世界で、民間の組織が反乱を起こすことはあの手この手で防がれている。民間の組織が大規模な軍隊を持てず、十人を超える隊をプレイヤーズは編成できないこともその一つである。
だからこそ隊長が、隊員ひいては自分の身を守るという能力は最重要視されてきた。
「頼もしい隊長の帰還やでえ~」
月末のプレイヤーズ・ハルドナリは久々の全員集合となった。重そうな紙袋を両手に抱えてやってきたのは、三番隊隊長フキノ・ハナサクである。
「隊長、お疲れ様でした」
「いや~、ほんまな、帝都は人が多すぎるわ、シラサトぐらいが丁度ええよ」
机にドカッと荷物を置いたフキノは中から帝都土産を取り出す。試験兼研修で一週間ほど帝都に赴いていたフキノはため息をついた。
「これが三番隊の分で、二番、一番、事務方……姉妹さんのぶんと、お館さんのぶんもあるな、じゃ、ちょっと挨拶してくるわ」
忙しなく荷物をまとめ、各部署へ挨拶と手土産を持って回るフキノ。彼女は長耳族の遺伝子を受け継ぐ女性プレイヤーであった。
プレイヤーズの隊長職は原則その土地の出身者がつくことはできず、様々な地方から駆り出される。彼女の言葉には訛りが見えその影響を感じることが出来る。
象徴ともいえる煌めく金髪とそこから突き出る尖った耳。そして開いているのか開いていないのか分からない狐のような目をした隊長は、プレイヤーズハルドナリで最年少の隊長であり、かしこまりながら各隊へ頭を下げていた。
「あっ、これ懐かしいです」
帝都土産の茶色い焼き菓子を眺めるスズ。彼女はこの隊唯一の帝都出身プレイヤーだ。
「頂いちゃおっか」
朝の早い時間だが、スズ(賭博狂い)とカスミ(衣服破壊女)の二人は月末で倹約期間中らしく、朝ご飯の代わりにこれをいただこうという魂胆らしい。
「まあ、いいんじゃないの?」
イタルは特にお腹がすいているわけではなかったが、二人のお土産開封を手伝った。缶に詰められた焼き菓子を頬張っていると、依然バタバタするフキノがやってくる。
「そろそろ定例会議なの忘れとった、ごめんけど各自自由にしといて」
散らかった机の上から文房具を引っ張り出し、いくつかを白いコートのポケットに詰め込み、会議室の方へ小走りに向かうフキノ。小さな嵐のように目まぐるしく動く隊長を見て、隊員である三人は指示通り自由に自己の研鑽に努めるのであった。
詠語の本をしかめっ面で睨むカスミ、木製の杖を丁寧に磨くスズ、そしてイタルは膨大に溜まった書類を処理し始めた。
何故イタルだけがこのような書類仕事に追われているのかというと、彼が日替わりで防具を付け替えしていることに問題があった。武器、防具を街中で大手を振って着用できるのはプレイヤーの特権ではあるものの、使用するさいは事後報告とはいえ国の認可が必要なのであった。
現場仕事の続いた週だったため、彼の机には認可を貰っていない防具の書類が溜まりに溜まっている状態だった。
「灼熱の呪いの防具……」
少し痛い思い出のあった防具も一応使用済みなので書き込まなければならない。家から持ってきた防具を購入した際についてきた書類を捲りながら、必要な要件を文字で埋めていく。防具をとっかえひっかえしている自分が悪いのだが、もう少し手続きが簡易になればなあと小さな文字と格闘しながらイタルは思った。
◇
書類が大分片付いてきたところで、イタルは会議室の方に目をやる。
昼前が近づいてきてるが扉はまだしまったままだった。隣のカスミは本を持ったままウトウトとし始めていたし、杖を磨き新聞を眺めていたスズもやることがなくなったのか漫画を取り出しコソコソと読み始めていた。
「おう、イタル。調子はどうだ? 昨日は災難だったらしいな」
同じく暇を持て余していたのか、二番隊で同い年のタチバナが声をかけてきた。
「まあ、なんとかなったよ」
「噂になってるぜ、あの依頼、散はおろか熾になるんじゃないかって」
昨日のジロウを討伐する依頼は明らかに迩級扱いいではおかしい大軍だった。単体では脅威ではない魔族も数が多ければ一体の強力な魔物を凌駕する。
「にしても熾は行きすな気がするけどな。あの大軍は氷山の一角だったのか」
「そこを今もう一度イシダテの役場で再調査するって話らしい」
イタルは役場の男の顔を思い浮かべる。あの人が対応しているかは定かではないが、正常に動き出した魔族討伐の計画を聞いて、昨日突き返したのは間違いではなかったと少し誇らしげな気分になった。
「でも、なんでそんなことまで知ってるんだ」
「朝トキワさんに聞いた。忙しそうにしてたし」
タチバナは社交的でそして情報通である。人の話を聞くのが好きだし、話すのも好きな類の人間で、小規模なプレイヤーズであるハルドナリには同い年で同性という存在はこのイタルしかおらず、暇を見つけてはこうして色々な事情を話にくるのだった。
「まあ、もし熾級なら一番隊持ちになるだろうな」
タチバナがボソッと呟く。
三番隊は現在イタルを含めて四人しか在籍しておらず、熾級の依頼は原則として五人以上の隊員と隊長が持つある資格が必要になるため受けることは出来ない。
一番隊と二番隊はその両方を満たしており、一番隊は魔族を討滅することに特化した部隊で武闘派な面々が揃い、逆に二番隊は魔族を効率よく利益につながる形で無力化することに特化した部隊で搦め手担当といったところだ。
大軍を殲滅するという目標であれば前者の一番隊が適任と言えるだろう。
「おっ、どうやら終わったみたいだぜ」
会議室の扉が開いたのを見ると、タチバナはそそくさと二番隊の机へと戻っていった。トキワさんを先頭にハルドナリの隊長達が姿を現す。
一番隊隊長、アオミネ・ヨーカゥロ。筋骨隆々の逞しい体躯、深い皺と古傷で埋め尽くされた顔が歴戦の戦士であることをうかがわせる。人間は齢を重ねるごとに祈りの力は弱まっていき、プレイヤーとして活動できるのは大体30後半から40までと言われているが、アオミネは既に40を越えながら活動を続ける猛者であった。
前団長から絶大な信頼を受けていた彼はハルドナリの大黒柱として未だ君臨していた。寡黙な人でイタルはまともに会話を交わしたことはなかった。
二番隊隊長、タタミ・ハナビエ。黒髪を三つ編みでまとめた小柄な女性だが、魔族を無効化する呪いに長けた人物で、言い換えれば魔族を形ある状態で倒すスペシャリストだった。
魔族の皮、肉、爪、それらは資源として市場に出回る、単純な利益を考えればこの人がハルドナリの稼ぎ頭だった。清楚で優雅なたたずまいと、「呪い」というキセキの中では特殊な扱い受けているその分野のスペシャリストということもあって、最初は近づきがたい雰囲気があったが、タチバナの仲介もあってかイタルは何度か会話を交わしたことがあった。
「いつもヘンテコな服を着ているでしょ?」と尋ねられた時は狼狽したが、口に手を当て上品に笑うタタミさんを見て何故かほっこりとしたことを覚えている。
そして最後に続いて出てきたのが、我らが三番隊隊長フキノ・ハナサクだった、が、見るからにどんよりとした表情で足取りもおぼつかない様子である。
「悲しいお知らせというかなんというか」
席に着くなり悲痛な面持ちで語り始めるフキノ。
「世に溢れる華やかな仕事は帝都のプレイヤーズや王遣隊に流れ、地方のプレイヤーズは仕事ならなんでも飛びつかなきゃ食ってかれへん状況、そんな中我々三番隊はハルドナリの中でも新参、末席も末席、仕事は臭いものに蓋で流れ着いたゴミ箱の中のゴミ……」
大袈裟な仕草で語りを続けたフキノは最後に一言「三番隊はヨゴレや」と自嘲気味に言った。
「ヨゴレなんて、そんなこと言ったらいけませんよ隊長」
スズが珍しく真面目な反論をする。イタルも頷いて一体どんな依頼が回されてきたのかとたずねた。
「まあ、散級の仕事で、割りもいいんやけどねえ……」
一枚の紙が机の上を滑る。三人はその紙面を覗き込んだ。
「アガタザル? 散級っておかしくないですか」
イタルも何度か依頼で討伐したことのあるアガタザルは名の通り猿の魔族である。
比較的賢い魔族とされているが身体能力に特筆すべきものはない。ただし、大概のプレイヤーから忌避される存在ではあった。
その理由はアガタザルの攻撃方法の一つに自信の排泄物を投げつけるという攻撃方法があるからだった。
悪食で消化の効率も悪いアガタザルの糞は万物の病と言われるほどの劇物で、運が悪ければ死に至る事例も報告されているという。ただし前述の通り身体能力に特筆したものはなく、その攻撃方法も滅多に確認されない行動であるため、単級、数が多くても迩級の依頼に振り分けられることが多い。
不思議に思ったイタルだが、フキノが指し示す紙面の下の方を見て声色を変える。
「徒党を組んでる?」
「せやねん、人のいなくなった村に住み着いて組織的に活動してるらしい。ほんで、村じゅうクソまみれらしいで」
その言葉を聞いてスズの顔色が変わる。
「ほんとにヨゴレの仕事を受けてどうするんですか!」
「しゃあないやんか! これ以外ウチが取れるような散級の仕事はなかったんやから!」
少し大きい声を出したフキノはハッとして、声を潜める。自分でやりますと言った手前ここでぐちぐちと不満をたらすのは周りからよく見られないということを察したのだろう。
「まあ、とりあえず村の状況を調べようにもどうやらここのアガタザルは軒並みクソ投げザルらしくてな、調査の役員もすぐ追い返されてるらしい」
「つまり状況は全く不透明ということですか?」
「せや、だから状況の調査込みでの散級扱い、それもかなり報酬は高い」
まだ渋い表情を続けるフキノは隊員を見渡す。
「フキノさん、さっきはすみませんでした。これは文字通りのヨゴレ仕事です」
「せやろ?」
先ほど隊長の不徳を諫めたスズも流石にこれには合点がいったらしい。
魔族の討滅は人間の大義でありどのような内容であってもそれを汚れ仕事と断じるのはプレイヤー失格と言えるが、今回ばかりはそういう扱いをしても神に許されるような気がした。
「キツそうなら依頼を途中でやめてもええけど、調査すらせず投げるのは流石にアカンしなあ。なんかええ作戦ある奴おる?」
「とりあえず全部かわせばいいんですよね?」
勇敢にも名乗りを上げたカスミ。彼女の超常的な反射神経を持ってすればアガタザルの投擲を全てかわすことは可能かもしれない。
ただし隊長は、「それは作戦とは言い難いなあ。最終的には頼ることになるかもしれんけど」と渋そうな表情を続ける。
そんな中、自分の所持する装備を脳内でひっくり返しながら探していたイタルは思いついたように手を挙げた。
「えーと、下水清掃員の装備っていうのがあるんですけど」
「なんでそんなの持ってるんや」
「なんかの役に立つと思って」
イタルが少し前に買った下水清掃員の装備は徹底した除菌と清浄効果を持った高機能装備だった。汚れを布が感知した瞬間水のキセキが自動的に発動し洗い流すという高度な祈りが込められているこの装備は、大都市の下水管理で使われていることが多い。そして、清掃会社が新型の清掃服に交換する際に旧型の清掃服が売りに出されていたところをイタルは確保していたのである。
「へえ、ドンピシャって感じですね」
スズは感心したように言う。
「でもええんか?」
「え?」
「それ自ら囮になりますって言ってるように聞こえるけど」
「……え?」
「尊敬します先輩……どんなになっても私は先輩のこと、忘れたりしないですから」
敬礼をしながら涙を流すスズ。
「いやいやいや!」
一応の対抗策として挙げただけで、囮になる気などさらさらなかったイタルは焦って手を振る。
「さ、流石にそれは可哀想だと思います!」
「カスミ……」
唯一援護をくれたカスミに感激するイタル。
それを見たフキノは「あっはっは!」と手を叩いて笑った。
「すまんすまん流石に冗談や、可愛い隊員を糞の群れにほっぽりだす訳ないやんか」
目で謝るフキノだったが、イタルはその作戦が実現しないように「それだけはやめてください」と念を押す。
「でも偵察くらいならやってくれるやろ?」
「まあ、それぐらいなら」
「丁度新しく覚えたキセキがあんねん、存在の転移っていうやつ」
「存在の転移?」
「昔、盗みとかで良く使われてたヤツらしいけどな、ある一人の人間が放つ気配を、他の人に転移させるキセキらしい。これでイタルの気配を消す」
少しノリの軽いフキノではあったが、隊長らしく勤勉で研究熱心な部分は隊員全員が認めるところであった。それならばと承諾したイタルを皮切りに、アガタザルの討伐作戦はトントン拍子で組み立てられていった。存在を転移させる相手はイタルからカスミが適任であろう。アガタザルの居場所が分かればスズが嚆矢となるべきだろう……などなど――――――まだまだ新米プレイヤーであるスズは議論を見守りながら、(ほんとに、ヨゴレなんかじゃないと思いますけどねえ)と心の中でつぶやく。
一番隊、二番隊に比べると成立して日が浅いとは聞いていたが、それでも両隊に負けない柔軟さが三番隊にはあると、スズは思う。
「スズ、さっと流したけどお前さっき先輩を生贄にしようとしてなかったか?」
議論が落ち着いたところで思い出したようにイタルが詰め寄る。
「え? どうでしたっけ?」
誤魔化すように口笛を吹くスズ。作戦決行は速く明日となった。果断即決がハルドナリの気風である。
逞しい体躯か? 豪気な統率力か? 明晰な知略か?
勿論それらは重要な能力の一つであるが、それが生存という結果に結びつかなければ、戦士をまとめる存在として失格の烙印を押されてしまうだろう。封建的な気風を残す世界で、民間の組織が反乱を起こすことはあの手この手で防がれている。民間の組織が大規模な軍隊を持てず、十人を超える隊をプレイヤーズは編成できないこともその一つである。
だからこそ隊長が、隊員ひいては自分の身を守るという能力は最重要視されてきた。
「頼もしい隊長の帰還やでえ~」
月末のプレイヤーズ・ハルドナリは久々の全員集合となった。重そうな紙袋を両手に抱えてやってきたのは、三番隊隊長フキノ・ハナサクである。
「隊長、お疲れ様でした」
「いや~、ほんまな、帝都は人が多すぎるわ、シラサトぐらいが丁度ええよ」
机にドカッと荷物を置いたフキノは中から帝都土産を取り出す。試験兼研修で一週間ほど帝都に赴いていたフキノはため息をついた。
「これが三番隊の分で、二番、一番、事務方……姉妹さんのぶんと、お館さんのぶんもあるな、じゃ、ちょっと挨拶してくるわ」
忙しなく荷物をまとめ、各部署へ挨拶と手土産を持って回るフキノ。彼女は長耳族の遺伝子を受け継ぐ女性プレイヤーであった。
プレイヤーズの隊長職は原則その土地の出身者がつくことはできず、様々な地方から駆り出される。彼女の言葉には訛りが見えその影響を感じることが出来る。
象徴ともいえる煌めく金髪とそこから突き出る尖った耳。そして開いているのか開いていないのか分からない狐のような目をした隊長は、プレイヤーズハルドナリで最年少の隊長であり、かしこまりながら各隊へ頭を下げていた。
「あっ、これ懐かしいです」
帝都土産の茶色い焼き菓子を眺めるスズ。彼女はこの隊唯一の帝都出身プレイヤーだ。
「頂いちゃおっか」
朝の早い時間だが、スズ(賭博狂い)とカスミ(衣服破壊女)の二人は月末で倹約期間中らしく、朝ご飯の代わりにこれをいただこうという魂胆らしい。
「まあ、いいんじゃないの?」
イタルは特にお腹がすいているわけではなかったが、二人のお土産開封を手伝った。缶に詰められた焼き菓子を頬張っていると、依然バタバタするフキノがやってくる。
「そろそろ定例会議なの忘れとった、ごめんけど各自自由にしといて」
散らかった机の上から文房具を引っ張り出し、いくつかを白いコートのポケットに詰め込み、会議室の方へ小走りに向かうフキノ。小さな嵐のように目まぐるしく動く隊長を見て、隊員である三人は指示通り自由に自己の研鑽に努めるのであった。
詠語の本をしかめっ面で睨むカスミ、木製の杖を丁寧に磨くスズ、そしてイタルは膨大に溜まった書類を処理し始めた。
何故イタルだけがこのような書類仕事に追われているのかというと、彼が日替わりで防具を付け替えしていることに問題があった。武器、防具を街中で大手を振って着用できるのはプレイヤーの特権ではあるものの、使用するさいは事後報告とはいえ国の認可が必要なのであった。
現場仕事の続いた週だったため、彼の机には認可を貰っていない防具の書類が溜まりに溜まっている状態だった。
「灼熱の呪いの防具……」
少し痛い思い出のあった防具も一応使用済みなので書き込まなければならない。家から持ってきた防具を購入した際についてきた書類を捲りながら、必要な要件を文字で埋めていく。防具をとっかえひっかえしている自分が悪いのだが、もう少し手続きが簡易になればなあと小さな文字と格闘しながらイタルは思った。
◇
書類が大分片付いてきたところで、イタルは会議室の方に目をやる。
昼前が近づいてきてるが扉はまだしまったままだった。隣のカスミは本を持ったままウトウトとし始めていたし、杖を磨き新聞を眺めていたスズもやることがなくなったのか漫画を取り出しコソコソと読み始めていた。
「おう、イタル。調子はどうだ? 昨日は災難だったらしいな」
同じく暇を持て余していたのか、二番隊で同い年のタチバナが声をかけてきた。
「まあ、なんとかなったよ」
「噂になってるぜ、あの依頼、散はおろか熾になるんじゃないかって」
昨日のジロウを討伐する依頼は明らかに迩級扱いいではおかしい大軍だった。単体では脅威ではない魔族も数が多ければ一体の強力な魔物を凌駕する。
「にしても熾は行きすな気がするけどな。あの大軍は氷山の一角だったのか」
「そこを今もう一度イシダテの役場で再調査するって話らしい」
イタルは役場の男の顔を思い浮かべる。あの人が対応しているかは定かではないが、正常に動き出した魔族討伐の計画を聞いて、昨日突き返したのは間違いではなかったと少し誇らしげな気分になった。
「でも、なんでそんなことまで知ってるんだ」
「朝トキワさんに聞いた。忙しそうにしてたし」
タチバナは社交的でそして情報通である。人の話を聞くのが好きだし、話すのも好きな類の人間で、小規模なプレイヤーズであるハルドナリには同い年で同性という存在はこのイタルしかおらず、暇を見つけてはこうして色々な事情を話にくるのだった。
「まあ、もし熾級なら一番隊持ちになるだろうな」
タチバナがボソッと呟く。
三番隊は現在イタルを含めて四人しか在籍しておらず、熾級の依頼は原則として五人以上の隊員と隊長が持つある資格が必要になるため受けることは出来ない。
一番隊と二番隊はその両方を満たしており、一番隊は魔族を討滅することに特化した部隊で武闘派な面々が揃い、逆に二番隊は魔族を効率よく利益につながる形で無力化することに特化した部隊で搦め手担当といったところだ。
大軍を殲滅するという目標であれば前者の一番隊が適任と言えるだろう。
「おっ、どうやら終わったみたいだぜ」
会議室の扉が開いたのを見ると、タチバナはそそくさと二番隊の机へと戻っていった。トキワさんを先頭にハルドナリの隊長達が姿を現す。
一番隊隊長、アオミネ・ヨーカゥロ。筋骨隆々の逞しい体躯、深い皺と古傷で埋め尽くされた顔が歴戦の戦士であることをうかがわせる。人間は齢を重ねるごとに祈りの力は弱まっていき、プレイヤーとして活動できるのは大体30後半から40までと言われているが、アオミネは既に40を越えながら活動を続ける猛者であった。
前団長から絶大な信頼を受けていた彼はハルドナリの大黒柱として未だ君臨していた。寡黙な人でイタルはまともに会話を交わしたことはなかった。
二番隊隊長、タタミ・ハナビエ。黒髪を三つ編みでまとめた小柄な女性だが、魔族を無効化する呪いに長けた人物で、言い換えれば魔族を形ある状態で倒すスペシャリストだった。
魔族の皮、肉、爪、それらは資源として市場に出回る、単純な利益を考えればこの人がハルドナリの稼ぎ頭だった。清楚で優雅なたたずまいと、「呪い」というキセキの中では特殊な扱い受けているその分野のスペシャリストということもあって、最初は近づきがたい雰囲気があったが、タチバナの仲介もあってかイタルは何度か会話を交わしたことがあった。
「いつもヘンテコな服を着ているでしょ?」と尋ねられた時は狼狽したが、口に手を当て上品に笑うタタミさんを見て何故かほっこりとしたことを覚えている。
そして最後に続いて出てきたのが、我らが三番隊隊長フキノ・ハナサクだった、が、見るからにどんよりとした表情で足取りもおぼつかない様子である。
「悲しいお知らせというかなんというか」
席に着くなり悲痛な面持ちで語り始めるフキノ。
「世に溢れる華やかな仕事は帝都のプレイヤーズや王遣隊に流れ、地方のプレイヤーズは仕事ならなんでも飛びつかなきゃ食ってかれへん状況、そんな中我々三番隊はハルドナリの中でも新参、末席も末席、仕事は臭いものに蓋で流れ着いたゴミ箱の中のゴミ……」
大袈裟な仕草で語りを続けたフキノは最後に一言「三番隊はヨゴレや」と自嘲気味に言った。
「ヨゴレなんて、そんなこと言ったらいけませんよ隊長」
スズが珍しく真面目な反論をする。イタルも頷いて一体どんな依頼が回されてきたのかとたずねた。
「まあ、散級の仕事で、割りもいいんやけどねえ……」
一枚の紙が机の上を滑る。三人はその紙面を覗き込んだ。
「アガタザル? 散級っておかしくないですか」
イタルも何度か依頼で討伐したことのあるアガタザルは名の通り猿の魔族である。
比較的賢い魔族とされているが身体能力に特筆すべきものはない。ただし、大概のプレイヤーから忌避される存在ではあった。
その理由はアガタザルの攻撃方法の一つに自信の排泄物を投げつけるという攻撃方法があるからだった。
悪食で消化の効率も悪いアガタザルの糞は万物の病と言われるほどの劇物で、運が悪ければ死に至る事例も報告されているという。ただし前述の通り身体能力に特筆したものはなく、その攻撃方法も滅多に確認されない行動であるため、単級、数が多くても迩級の依頼に振り分けられることが多い。
不思議に思ったイタルだが、フキノが指し示す紙面の下の方を見て声色を変える。
「徒党を組んでる?」
「せやねん、人のいなくなった村に住み着いて組織的に活動してるらしい。ほんで、村じゅうクソまみれらしいで」
その言葉を聞いてスズの顔色が変わる。
「ほんとにヨゴレの仕事を受けてどうするんですか!」
「しゃあないやんか! これ以外ウチが取れるような散級の仕事はなかったんやから!」
少し大きい声を出したフキノはハッとして、声を潜める。自分でやりますと言った手前ここでぐちぐちと不満をたらすのは周りからよく見られないということを察したのだろう。
「まあ、とりあえず村の状況を調べようにもどうやらここのアガタザルは軒並みクソ投げザルらしくてな、調査の役員もすぐ追い返されてるらしい」
「つまり状況は全く不透明ということですか?」
「せや、だから状況の調査込みでの散級扱い、それもかなり報酬は高い」
まだ渋い表情を続けるフキノは隊員を見渡す。
「フキノさん、さっきはすみませんでした。これは文字通りのヨゴレ仕事です」
「せやろ?」
先ほど隊長の不徳を諫めたスズも流石にこれには合点がいったらしい。
魔族の討滅は人間の大義でありどのような内容であってもそれを汚れ仕事と断じるのはプレイヤー失格と言えるが、今回ばかりはそういう扱いをしても神に許されるような気がした。
「キツそうなら依頼を途中でやめてもええけど、調査すらせず投げるのは流石にアカンしなあ。なんかええ作戦ある奴おる?」
「とりあえず全部かわせばいいんですよね?」
勇敢にも名乗りを上げたカスミ。彼女の超常的な反射神経を持ってすればアガタザルの投擲を全てかわすことは可能かもしれない。
ただし隊長は、「それは作戦とは言い難いなあ。最終的には頼ることになるかもしれんけど」と渋そうな表情を続ける。
そんな中、自分の所持する装備を脳内でひっくり返しながら探していたイタルは思いついたように手を挙げた。
「えーと、下水清掃員の装備っていうのがあるんですけど」
「なんでそんなの持ってるんや」
「なんかの役に立つと思って」
イタルが少し前に買った下水清掃員の装備は徹底した除菌と清浄効果を持った高機能装備だった。汚れを布が感知した瞬間水のキセキが自動的に発動し洗い流すという高度な祈りが込められているこの装備は、大都市の下水管理で使われていることが多い。そして、清掃会社が新型の清掃服に交換する際に旧型の清掃服が売りに出されていたところをイタルは確保していたのである。
「へえ、ドンピシャって感じですね」
スズは感心したように言う。
「でもええんか?」
「え?」
「それ自ら囮になりますって言ってるように聞こえるけど」
「……え?」
「尊敬します先輩……どんなになっても私は先輩のこと、忘れたりしないですから」
敬礼をしながら涙を流すスズ。
「いやいやいや!」
一応の対抗策として挙げただけで、囮になる気などさらさらなかったイタルは焦って手を振る。
「さ、流石にそれは可哀想だと思います!」
「カスミ……」
唯一援護をくれたカスミに感激するイタル。
それを見たフキノは「あっはっは!」と手を叩いて笑った。
「すまんすまん流石に冗談や、可愛い隊員を糞の群れにほっぽりだす訳ないやんか」
目で謝るフキノだったが、イタルはその作戦が実現しないように「それだけはやめてください」と念を押す。
「でも偵察くらいならやってくれるやろ?」
「まあ、それぐらいなら」
「丁度新しく覚えたキセキがあんねん、存在の転移っていうやつ」
「存在の転移?」
「昔、盗みとかで良く使われてたヤツらしいけどな、ある一人の人間が放つ気配を、他の人に転移させるキセキらしい。これでイタルの気配を消す」
少しノリの軽いフキノではあったが、隊長らしく勤勉で研究熱心な部分は隊員全員が認めるところであった。それならばと承諾したイタルを皮切りに、アガタザルの討伐作戦はトントン拍子で組み立てられていった。存在を転移させる相手はイタルからカスミが適任であろう。アガタザルの居場所が分かればスズが嚆矢となるべきだろう……などなど――――――まだまだ新米プレイヤーであるスズは議論を見守りながら、(ほんとに、ヨゴレなんかじゃないと思いますけどねえ)と心の中でつぶやく。
一番隊、二番隊に比べると成立して日が浅いとは聞いていたが、それでも両隊に負けない柔軟さが三番隊にはあると、スズは思う。
「スズ、さっと流したけどお前さっき先輩を生贄にしようとしてなかったか?」
議論が落ち着いたところで思い出したようにイタルが詰め寄る。
「え? どうでしたっけ?」
誤魔化すように口笛を吹くスズ。作戦決行は速く明日となった。果断即決がハルドナリの気風である。
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そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
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聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
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ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
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勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
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