吸血鬼 詰め合わせ

ritkun

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無邪気×もじもじ(微エロ)

年越し(モジモジ君サイド)

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 俺は吸血鬼と契約をした。
 吸血鬼と言っても世間に知られてるような種族とは全然違う。太陽は平気だし、血も必要最低限しか飲まない。
 しかも契約者の故郷について勉強してくれている。

 ただ俺の主に限っては勉強が苦手だったようで、サボって木に登ったり川に潜ったりして遊んでいたらしい。
 代わりに俺が主の種族や世界について勉強している。国際結婚みたいなもので、異文化ゆえの誤解ですれ違ったら嫌だし。

 いや、結婚っていうのはただの例えで深い意味は無い。断じて無い。主が男なのに可愛くて妙な色気があるってことは関係無い。

 主は今日も人間の世界で働いている。
 主は血と水と酒しか口に入れられない。俺の血が主食で、俺の食べた物が主の力にそのまま影響する。地元でできた野菜や果物を生で食べた俺の血が一番主の力になるし、美味しいらしい。

 そして俺と契約した時から、主は俺の地元にいる時が一番能力を発揮できるようになった。だから今日も主は俺の生まれた土地で働いてくれていて、俺は行方不明ということになっているからついて行けない。うっかり知り合いに会ったら大騒ぎだ。

 部屋で本を読んでいたら気配を感じた。黒い煙が現れて主の姿になる。普通にしてても可愛い顔の主が、煙から実態になる時の目を閉じて少し上を見てるときの美しさといったら。

 何回見ても体が勝手に立ち上がってしまう。
「お帰りなさい」
「ただいま。これ貰ったぞ。ちゃちゃっとシャワー浴びてくるから準備しといて」

 なにより魅力的なのがこの性格。神秘的な見た目に反して常に凄く庶民的。
「え、これお正月用。ちゃんと年明けに呑もうよ」
 俺がそう言うと今の今まで瓶を持っていた本人が、俺の持っている瓶を覗き込んだ。
「なんか違うの?」

「えっと、まあ、そんなに……。ラベルくらいかな?」
 主にそんな気が無くても、ちょっとしたことで俺は簡単に会話どころじゃなくなってしまう。

 主は割と適当な性格で、そこも魅力だとは思う。主の行動に深い意味は無い。

 そう自分に言い聞かせても意識してしまう。筋肉もちゃんと付いていて地元ではアクション映画並みの動きで犯人を捕まえてるらしいのに、細いし色白で箸より重い物を持ったことが無いような顔をしている。それでいて基本ジャージ。今はダウンジャケットの前を開けて着ていて顔の小ささが際立つ。

 普段は微塵も揺るがない体幹してるから、ピトって寄りかかって酒瓶を見られるだけで俺って特別なんだなって意識してしまう。お城の仲間にもスキンシップ多めなのに、冷静な判断ができなくなる自分を止められない。

 !

 更に主が俺の背中に右手を当てて左手で瓶の向きを変えてラベルをちゃんと見た。び、瓶を動かす手が、俺の手にも触れていますっ。背中の手はどういうつもりですかと特に意味は無いと分かっているのに訊きたくなりますっ。
「ああ、たしかにいつもより派手だな。じゃあさ、グラスもちゃんとしたので呑もうぜ。たしかどっかで見たんだよ。赤い盃。あとで探しに行こう」
「う、うん」

 日本酒が年明けになったからいつも通りのお水を用意しておく。シャワーから出てきた主は毎回「ありがと、いただきます」って言ってくれて、見た目よりこういうところに何倍もときめく。
 いや、いやいや、ときめくってそういう意味じゃなくて。

「とりあえず俺は倉庫見てくるから、お前は食堂な」
「俺が倉庫を見て来るよ。せっかくシャワー浴びたばっかりなんだから」

 第一希望はどっちも一緒に探しに行きたい。でも主は仕事で疲れてるし、なんて考えてたら不意打ちされた。

「そう?ありがと」
 いま、今、ちょっと首を傾げましたね?
 大丈夫です。分かってますよ。それも深い意味なんて無いって。たまたま無意識に動いちゃっただけですよね。

 蔵に行ったらお城の最古参の方が声を掛けてくれて、自分が持っていると言うから貸してもらうことになった。

 この方の契約者は凛とした美女。主は契約者って異性だと思い込んでいた上にこの美女を見てたんだ。俺が運命の相手だって知った時はショックだっただろうな。っていうか、今も不満なんじゃないだろうか。

 彼女への視線を勘違いされた。
「故郷にいる時くらい一緒にいたいよね。みんなそうだから我慢しなくていいよ。あの子は自由だけどわがままな訳ではないから、思っていることは遠慮せずに言ったほうがいい」
「あ、いえ、はい」

 その後は普通に眠って今日は元日。
 主は毎日起きてすぐに俺の血を飲む。飲まれた後はそのまま二度寝していいよって言ってくれる。

 目を開けた主がうつ伏せになって肘をついた。
「あけおめっ。本当はなんか長い挨拶があるんだろ?」
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「そうそれ。それでさ」

 主が俺の血を飲まずにベッドから降りて、天蓋と壁の隙間から取り出した物をナイトテーブルに置いた。体を起こして見てみると和風のお皿におせちが何種類か綺麗に盛り付けられている。

「たまには元の食生活も恋しくなるだろ?」
「え、でも血が……」
「いいよ、明日は血を飲まないことにするから」

 いいんだろうか。主って適当な性格だから、実は危険なことでしたってならないかな。一日で元の血に戻るかも分からないし。

 主が溜息を吐いた。
「お前さ、皿を見た瞬間の顔で分かるんだよ。食べたいなら素直に喜べよ」
 しまった。せっかく用意してくれたのに。

 初めて怒らせてしまったと思ったら、主がベッドに片膝を乗せて俺の頭に優しく手を置いた。
「昨日言われたんだよ。俺は昔から勉強をさぼってたから色々解ってないことがあるって。
 勉強はやっぱり苦手だから、お前が思ってることをはっきり言ってくれよ。俺とお前のことなんだから普通はどうかを勉強するよりそれで良くね?
 昨日だってさ、もしかして別行動イヤだった?」

 あの後それとなく言ってくれたのかな。
「仕事してきて疲れてるかと」
「そういう遠慮いらないって」

「そういうことを考えちゃうのが俺なんです。だから、おせちも遠慮なく貰うなら、先に多めに血を飲んで貰った方が、楽しく食べられる……なんて、変かな?」
 途切れ途切れになりながらもなんとか伝えると、一瞬きょとんとした顔のあとで笑顔になった。

「さあ?お前が楽しいなら、普通でも変でもどっちでもいいよ」

 いつもの血を飲む体勢になる。
 ベッドの中で仰向けになった俺に上から抱きつく主。
「じゃあ、いただきます」
「うん」

 いつもは飲まれてる間は普通にしてて、主の口が首から離れた後で数回呼吸を整えてる。
 今日はいつもの量を飲まれて少ししたら息が苦しくなって、口が勝手に開いてしまった。

 俺の息に気付いて主が口を離す。
「大丈夫か?」
「うん」
「本当に?ちゃんと言えよ?」

 どうしよう。これって言っていいのかな?
「苦しいんだけどそれがむしろ……ちょっと」
 いやかなり。
「気持ち良いから続けて。急にやめられる方が辛い。もしかしたら変な声が出ちゃうかもしれないけど」

 主が俺の頭を額から後頭部へ、頭と枕の間に手を滑らせて撫でる。
「だから、変だとか気にしなくていいって」

 吸い上げられる血管の感覚も、主が飲み込む時に唇がきゅってなる首の感覚も、飲まれていく程に気持ち良さが増していく。息を吸う間もないくらいに声が漏れちゃう。

 主が口と俺の首に少しだけ隙間を作って息継ぎをしてまた飲み始める。暖かい息といつもよりワイルドな飲み方に頭がチカチカしてパンって真っ白い光が弾けた。

 どれくらい経ったんだろう。
 ぼんやりと戻っていく意識の中で、両腕がベッドに落ちた感覚が蘇る。ベッドに落ちたということはもっと高い位置にあったということ。なんて頭で考えなくても記憶が蘇っていく。俺は主に思いっきり抱きついていた。

 主は?
 お風呂に気配がある。いることにホッとする気持ちと、今どんな気持ちなんだろうって不安がぐちゃぐちゃに混ざる。

 急にドアが開いて、顔を合わせづらいのに今更目を逸らすのも気まずくて固まってたら主が微笑んだ。
「あれ、もう起きた?」
 手に持っていたタオルを俺の目尻に当てる。温かい。っていうか俺泣いてたのか恥ずかしい。

「ありがとう。俺どれくらい寝てた?」
「10分くらい? 声もやべーな」
 タオルを俺に持たせてお水を持ってきてくれた。

「なんだかいつも俺ばっかり至れり尽くせりで」
 ごめんなさいを飲み込んだ。これで謝っても主は喜ばない。

 続ける言葉を探してたら主が微笑んだ。
「おせちは退魔師からだよ。俺の活躍はお前の血があってこそだからって」
「そうなの?」

「いつもガマンさせてる分、今日は好きに食べろよ」

 え?
 いや、それはありがたいんだけど。片腕で支えてくれながらお水を飲ませようとしてくれるとですね、近いし俺の飲み方に合わせてグラスを傾けようと注意深く見つめられて動悸が走ってただでさえ酸欠の頭がガンガンと。

 これが悪循環というやつか。主が近くて酸欠になり、症状を心配してくれる主が更に近づいてくる。俺の後ろに半身を入れて座椅子の役目をされて目が回ってくる。

「大丈夫か?早く栄養とれ」
 あーんはヤバい。バックハグでのあーんは
「しあわせすぎ……」

 やば。声に出ちゃった。
「良かった。タマゴが人気も栄養もあるっていうのは覚えてたんだよ。次は何がいい?」

 主の反応にほっとしたようながっがりしたような。
「ぜんぶ」
「全部お前のだよ。誰も取らないからゆっくり食べろ」

 もう感情を分析する気力も無くて、目を閉じたまま無心でおせちを食べ続けた。
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