吸血鬼 詰め合わせ

ritkun

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無邪気×もじもじ(微エロ)

バレンタイン

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 部屋の空気が一か所から放射状に流れていく感覚。その中心に黒い煙が湧いてあるじの姿になる。目を閉じて少し上を向くあるじの綺麗な横顔が、俺を見ると無防備な表情になって首を傾げた。
「なあ、チョコって今が旬なの?ってかさ、あれって旬とかある食べ物なの?」

 いつもの「お帰りなさい」「ただいま」も飛ばしたいくらい気になっているのがそんなこと?
 急になんだろうと思ってすぐに気付いた。もうすぐバレンタインだ。街がチョコだらけなのが気になったんだろう。
「旬は無いよ。バレンタインだからたくさん売られてるだけ」
「バレンタイン?」

 元々は聖バレンチノが~なんて言っても主は3秒で飽きるだろう。
「2月14日に好きな人にチョコをあげるっていう、現代日本独自の風習だよ」
「やっぱお前にきいて良かった。解りやすくて助かる」

 はい。本当は起源や裏事情から最新情報まで語れますけどね、主のその信頼しきってる表情を見るためにまとめることにこそ労力を割いていますから。

「チョコってどんな味?」
「香ばしくて苦くて甘い……かな?」
「なんだそれ?
 食べてみてよ。その血を飲むから」
「へ!?」
 これは予想外。あるじが何かを食べたそうにするのは初めてだ。

 主の希望は叶えたい。
 俺はお城の最古参の方に確認したり、あるじのシフトを調整したり、できるだけ不純物の少ないチョコを探したりと頑張った。

 カカオリキュールを飲んでもらおうかとも思ったけど、調べたらカカオだけから作られてるわけじゃないから除外した。
 あるじたちはお酒を飲めるって言っても日本酒やワインみたいに単一の原材料の物だけみたいだから。

 ちなみに俺が飲んでその血をあるじが飲むって案は無い。俺は酔いやすい体質だから、酔った勢いであるじに何をするか予測不能で恐ろしい。

 そして迎えたバレンタイン当日。
 ナイトテーブルに一枚の板チョコ。ベッドに入院患者みたいに体を起こしている俺と、お見舞いに来た人みたいに勉強机の椅子を持ってきて座っているあるじ

「じゃあ、いただきます」
「うん」

 ……うまあ!
 人間の頃に食べていた普通の板チョコも十分おいしかった。78円セールの時しか買えなかったから買えた喜びもあったし。でもこれは全然別物だ!
 しっかりしたコク、柔らかな苦み。体が勝手に目を閉じて息を吸いこんだ。香りが染み込んでくるのを感じてから勝手に声も漏れる。
「うんまあ……」

「ホントうまそうだな。じゃあ……」
 あるじが椅子から立ち上がって俺の肩を掴んだ。そこで俺は急に色々考えだしてしまった。
「待って!」
 あるじの枕を持って俺たちの顔の間に両手で固定する。

「なんだよ?」
 今の俺って、唇とかにチョコ着いてない?
「先に歯磨きを……口に付いてるかもしれないし」
 あるじが枕を下げて俺の口を見る。俺はすぐに枕を離して両手で口を覆った。
「付いてないよ。それより早く飲みたい。ってか、口から飲むわけじゃないんだからいいだろ別に」

 口から!?
 それはあるじの体質的に駄目だって分かってるのに想像してしまう。口移しでチョコを渡す、口に付いたチョコを舐めとる、そのままフレンチ……あるじって俺のなら血以外も飲んでいいのかな?
 いやいや、何を考えてるんだ俺は。

 なんとか平常心を取り戻しかけた俺にあるじがとんでもないことを言った。
「なあ早く。味が薄れちゃうだろ」
 え?それってつまり……?

 俺の食べた物が能力に関係あるのは知ってたけど、産地や生だってこと以外は関係無いと思ってた。ちゃんと食べた物の味が出るんだ。チョコの味を知りたいから俺に食べろって流れで気付くべきだった。


「待って。血の味ってそんな時間ごとに変わるものなの?」
 あるじは質問の意図を考えずに、単純に今までを思い出しているような仕草。
「物によるな。おせちは能力的にはうまかったけど味は薄かった。よその産地だったか時間が経ってたからかな?」

 俺はベッドから降りて天蓋の足側の柱に隠れた。
「やっぱりやめとこう!」
「なんでだよ!」
 あるじがベッドを乗り越えて来るから、頭側に回ってベッドを対角で挟むようにあるじと向き合う。

「だって、もし『変な匂い』とか『おいしくない』とか思われたら結構ショック」
「お前じゃなくてチョコの話なんだから別にいいだろ?」
 でも俺に噛みついてる時に萎えた気持ちになって欲しくないんだもん。

 部屋の中を走り回って結局ベッドで捕まった。ベッドの腰辺りが来る位置にうつ伏せに倒れ込んだ俺の背中に、片膝だけベッドに乗せて片足は床に立った状態で跨るあるじ
 後ろからですか!これは新しい!

 と思ったらあるじはすぐに俺の背中からどいた。
「わり。逃げるからつい夢中になった。
 分かったからハミガキしてこいよ」

 あるじはいつも俺の気持ちを尊重してくれる。俺が怖がらないように気を付けてくれる。俺はそれに甘えてワガママばかり。

 俺は寝返りをうってベッドに腰かけると、パジャマのボタンを外した。
「いいよ」
「いいよ。逃げるから追いかけちゃっただけで、チョコの味だってちょっと気になっただけだから」

「追いかけっこした分だけ時間が経ってるから、早く」
 噛みやすいように首を傾けた俺にあるじは不思議顔。
「逃げたり急かしたり、どっちなんだよ。本当にいいのか?」
「うん」

 あるじがもう一度片膝をベッドに乗せて俺を跨ぐ。近づいて来るあるじの息が荒い。
 初めての時だって息は上がってなかったから凄くワイルドっていうか、切なげっていうか。単に走ったからだって分かっててもこのビジュアルは色気があり過ぎる。

 待って!俺も走った!
 口にチョコなんて問題じゃなかった。今まさにあるじが噛みついてるそこに、俺の汗が!

 でもここで拒んだら今度こそ飲まなくなる。体を動かしちゃ駄目だ。耐えろ俺!

 ん?俺の体が動く。
 え、主が俺の体を抱き寄せてる!
 喉を鳴らして飲み込んで、息継ぎをしてまた飲み始める。おせちの時は本当にただの息継ぎだった。でも今はあのあるじががっついている!

 ああ、初めての時さえも俺は気遣われていたんだ。その優しさと今のあるじとのギャップにどうしたらいいのか自分で自分が分からなくなった。

 なんだか高い所にいるあるじに水中から縋りつくような、もっと高くに飛ばされそうな自分を地面に繋ぎとめてほしいような、不思議な気持ちで背中に回した両手でパジャマをぎゅっと握りしめた。

ーーーーーー

 目を覚ますとベッドに一人。いつもと同じように、気配との距離であるじはシャワーだって分かる。

 ん?あれ?
 パジャマが違う。

 シャワーから出て来たあるじが俺を見てガッカリしてるようにも見える表情になる。
「なんだ。意外と早く起きたな。当分起きないと思って着替えさせたのに。
 起きたならちゃんとシャワー浴びるか?」

 ……え?
「着替え……させた……?」
「パジャマだけだぞ。体を拭いたりもしてないから、物足りないならちゃんと浴びて来いよ。ハミガキもしたいんだろ?」

 寝ている人間を着替えさせたの?
「運動神経が良いとは思ってたけど、筋力もあるんだ?」
「ああ、なんか体力湧いてきてさ。
 チョコのおかげかな?」
 あるじが小さく首を傾げる。

 確かにチョコってそういう効果もあるからな。これからも食べた方がいいのかな?
 摂り過ぎるとどうなるか分からないから慎重にならないと。

 あるじが反対に首を傾げた。
「それかお前が運動したから?
 部屋の中を走り回っただけであんなに息切らすなんて、ちょっと運動不足だろ。
 過去イチ気持ち良さそうにぐーっすり寝てたし、良いリフレッシュになったとか?」

 俺は典型的なもやしっ子だよ。運動なんていかにカロリーセーブするかが大事で、リフレッシュだなんて思ったことない。

 あるじが力を込めた言い方になるほどぐっすり寝てたのは追いかけっこで体力を使ったからじゃないし。
 でも本当の理由なんて言えないし運動不足なのも事実だ。

 反論できないのをあるじは肯定と受け取ったらしい。
「今度は運動だけした後で飲んでみような?
 そうしたらどっちのおかげかわかるだろ」

「え、チョコだけで試すんじゃ駄目なの?」
「チョコだけがイヤなのはお前だろ。あんなに逃げ回っといて何言ってんだ。
 それに運動不足なのは分かりきってるんだから動くのは決定!」
 なぜかビシっと宣言されてしまった。

 違うんだよ。チョコがイヤだったんじゃないんだよ。むしろチョコは大好きなんだよ。

 変なことを気にしたせいで、運動させられる上に汗かいた首を噛まれる羽目になってしまった。

 どうしたらいいんだ。
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