機械虫の地平

登美川ステファニイ

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碧眼の魔性

第十二話 肉薄

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 アレックスの方が俺より早い。正に飛ぶように走って、あっという間に施設の入り口まで到達する。だが奴らもすぐ近くまで来ている。
 向こうの男の一人が矢を番えるのが見えた。向きは……俺だ。くそったれ。矢が飛んできた! 俺は前に転がるように跳んで避け、その勢いで前転し止まらずに立ち上がる。まだ俺を狙っている。当然か。弱い奴から潰していくのが道理ってもんだ。
 矢が飛んでくる。今度は避け切れない。スリングで反撃する余裕もない。俺は咄嗟に腕で顔をかばったが、矢はグローブに弾かれていった。
 そうだった! 俺にはこの旧世界のグローブがある。だが体全体で言えば腕の先なんてほんの狭い範囲でしかない。何度もは払えないだろう。守るより、攻めるしかない。
 ジョン以外の四人中二人が俺の方に狙いをつけていた。一人は弓。一人は槍だ。アレックスは一人でジョンを含む三人を相手しているから、俺の援護なんてやっている暇はないだろう。自分で何とかするしかない。
 槍の男が足早に俺の方に向かってくる。その後方では弓が俺を狙っている。俺は弓の射線上に槍の男が来るように位置を取る。多少は撃ちにくいだろう。しかし、乱戦になればいちいちそんな小細工はしていられない。
 俺はスリングの球を取った。だが槍の男は三ターフ5.4mだ。一呼吸の間合い。スリングを引いている時間で俺が槍の餌食だ。
 こういう近い間合いの時、弓と違ってスリングには一つだけ利点がある。それは、直接スリングの球をぶつけられる事だ。
 俺は槍の男に向かってスリングの球を投げた。しかし直接男に当てるんじゃない。固い地面にだ。帯電球が衝撃で起動し、紫電が男の体を舐めまわすように這いまわる。男は糸の切れた人形のように地面に崩れる。さすが旧世界の技術で作った球だ。俺が作った奴より効果範囲が広い。下手すれば俺まで巻き込まれるところだ。
 これで一対一。弓使いが俺に向かって矢を放つ。小癪にも二連射だ。しかし十ターフ18m離れたこの位置ならぎりぎり見て躱せる。躱せなくてもグローブで払えばいい。
 しかし、こっちのスリングも同じことだ。帯電球を放つ。だが、跳んで躱される。
 アレックスの方は、と視線をやると、まだ三対一の状況だった。あの白い鎧を着ていても分が悪いようだ。もっとも、ジョンも鎧をつけているからアレックスと互角なのだろう。だとすると、そりゃあ人数が少ないだけ分が悪いはずだ。加勢したいが、こっちも弓使いを早く片付けなければならない。
 遠くから撃ち合っても埒が明かない。こっちが有利なことは何だ? それはこのグローブをはめていることだ。だとするなら、接近戦、殴り合いに持ち込むしかない。
 俺は弓使いに向かって走る。向こうは俺に狙いをつけている。しかし中々撃たない。ギリギリまで引き付けて、回避できない距離で俺を仕留める気だろう。
 狙いはどこだ。頭じゃない。腹か、脚か。そうだな。一撃で仕留められなくても、腹か脚に当たれば動きは鈍る。とどめを刺すのはそれからでいい。
 距離五ターフ9m。もうぎりぎりだ。この距離より近いと反応できる自信がない。だが、だからこそ、こいつは限界まで待つ。そしてこの距離なら、次の矢を番える時間はない。
 腹か? 脚か? 博打だな。俺ならどこを狙う。動きの少ない場所。重心、腰の辺りか。奴の手が離れた。来る。
 グローブが矢を弾いた。目では追えなかったが、狙い通り腰の辺りだったようだ。弓使いの男がギョッとした顔になる。残念だったな。
 脚で地面を蹴りながら、思い切り拳を振り抜く。自分でも信じられない様な速度だ。蠅叩きに叩かれた虫のように、男の顔が後ろにすっ飛んでいく。
 刺すような痛みが胸と背中にあった。何だ? と思ったが、これがアレックスの言っていた、無理矢理動かすから負担になるという奴か。なるほど。確かに何度もは使いたくない。だが数度で十分だろう。この威力なら一発で倒せる。
 しかし、弓使いの男は立ち上がった。折れた歯が血と一緒に口からこぼれてる。目の辺りも窪んだようになっている。骨がへこんだのだろう。自分でやっといてなんだが、ひどいありさまだ。
 男の目はどこか焦点が合っていなかった。それに……笑っている? 痛みでどうかしたのか? 弓を捨てナイフを抜いて俺に襲い掛かってくる。
 くそ。本当かよ。あんだけぶっ叩いたのにピンピンしている。俺もスリングを投げ捨てて相手をする。ナイフはないから、このグローブで相手をするしかない。
 男のナイフが俺の首を狙う。払おうとしたグローブを素早く何度も切りつけてくる。しかしグローブは何ともない。効果がないと悟ったのか、肘から上の生身の部分を今度は狙ってくる。上から、下から。だが踏み込みが大きい分、こっちの手も当たる。もう一度顔面に拳を叩きこむ。男は再び後ろに吹っ飛んだが、即座に跳ね起きた。
「こいつ……まさか……」
 男の顎が外れているらしく、口が斜めになって血と涎がだらだらと零れている。男はまだ薄ら笑いを浮かべていた。まるで痛みを感じていないかのようだ。正気じゃない。
 アサシン。
 多分、そうだ。ハシシュとか言う葉っぱで痛みも恐怖も感じない戦士になる。そういうのがいると噂には聞いていたが、まさかこいつがそうなのか。
 だとすると、帯電球で意識を奪うか、完全に殺すかしなければ止めることはできない。生きてさえいれば、こいつらは首だけになっても襲い掛かってくるだろう。
 男がナイフで突いてくる、攻撃はむしろさっきよりも鋭い。ナイフが鼻先をかすめる。奴はナイフを器用に空中で持ち替えて撹乱してくる。上、違う、下だ。二の腕を浅く切られる。まずい。押されてきている。
 殺すか。殺すしかないのか? 僅かに逡巡が生まれる。覚悟を決めたはずだったが、やはりいざとなると迷う。こんなどこの誰とも知らない殺し屋だが、躊躇ってしまう。
 くそ。やってやるぜ。
 俺は男のナイフを思い切りつかんだ。指に刃の感触がある。しかし切れず、男は振りほどこうと暴れる。その胸に思い切り拳を叩きこんでやった。何本か骨の折れる様な感触が拳に伝わる。
 男は背中から地面に落ちる。今度は即座には跳ね起きず、ゆっくりと体を起こした。そして血の混じった咳をしている。まだ止まらない。
「いつまでも相手してられるかよ」
 俺は男の足元に向かって帯電球を投げつける。雷で男の体が跳ね、横倒しになって落ちた。男は白目を剥いて、もう動かない。
「まさかアサシンとはな……」
 俺はナイフをつかんだ手を見る。ナイフの刃の跡が指に残っていた。しかし手を何度か握ると元に戻り、表面には何の傷もないようだった。恐るべき素材だ。このグローブがなければ、俺は多分死んでいただろう。旧世界の技術さまさまだ。
 アレックスの方を見ると、まだ三対一だった。いや、四対一になっている。最初に弩で倒した奴が復活したようだ。
 アレックスも何度かアサシンの奴らを蹴ったり殴ったりして吹っ飛ばしてはいるようだが、俺の時と同じで大して効果がない。そのうえジョンが飛び回って死角から襲ってくる。良く凌げているものだ。
「アレックス! そいつらはアサシンだ! 殺すか気絶させないと動きは止まらん!」
 そう言いながら俺はアサシンの背後から帯電球を放った。一人が雷に撃たれて倒れる。ジョンがチラリと俺の方を見た。まずいな。奴がこっちに来たら俺では相手をしきれない。
 俺の攻撃で僅かにアレックスに余裕ができた。男の一人に向かって跳躍し、空中から斜め下の顔面に向かって拳を振りぬく。殴られた奴は斜め下に向かって崩れて倒れた。凄まじい一撃だ。男は立ち上がる様子がない。
 俺はもう一人のアサシンも帯電球で気絶させる。
 ジョンの攻撃が激しくなる。両手のナイフでアレックスを執拗に攻めている。アレックスは防戦一方だ。その脇からアサシンの男が槍で狙ってくる。顔面を横なぎに叩かれる。傷はないようだが、わずかにアレックスはよろめく。
 ジョンがまた俺の方を見た。俺を狙う気か? くそ。嫌だがそうなったらやるしかない。
 そう思うと、ジョンは何故かアレックスから急に距離を取った。俺の方に来るわけでもない。施設に入ろうとしているわけでもない。俺たちを睨んだままだ。
 不意に口笛がなった。ジョンが吹いたらしかった。何だ? 何かの合図?
 アサシンが動いた。槍を捨てて、アレックスに突進する。アレックスの拳を掻い潜り、何をするのかと思えば抱きついた。
 そして、爆発した。
 俺は五ターフ9mは離れていたが、それでも衝撃で後ろにひっくり返る。耳が……聞こえない。目もくらくらする。しかし寝ている暇はない。
 アレックスは……生きてるのか? 爆発の中心ではまだ火がくすぶっていた。アサシンの男の服が燃えているようだ。その下にアレックスが倒れている。動きはない。あの鎧があるから生きてはいるとは思うが、気を失っているのか? くそ、アサシンめ。自分ごと爆発させるだと? 命知らずの連中とは聞いていたが、ここまでやるとは。正気の沙汰じゃない。
 俺は何とか立ち上がる。そうだ。ジョン……ジョンはどこだ? 姿が見えない。距離を取ったのはこの爆発の為だったのか。逃げたのか? そんなわけはないよな。
 奴の狙いはアクィラだ。ここまでして逃げ帰るわけはないよな。時間を稼ぐためにこんなことをしているんだ。
 施設の入り口を見る。開いたままだ。そして……くそ! 最悪だ。ジョンが……アクィラを連れてきている。
「ジョン!」
 俺は大声で叫ぶ。一秒でも長く時間を稼ぐために。武器は……スリングはさっきの爆発で後ろに落としてしまった。足元に弓がある。アサシンのだ。振り返るより、こっちを取った方が速い。俺は弓を取り、ジョンに向かって引いた。
「虫狩り。まだ動けるか。爆弾から距離が遠かったか……」
「おいてめえ、そいつを離せ」
 俺はジョンを狙って弓を引き絞る。まずい。めまいがしてくる。こんなときにまであれが来るのかよ。勘弁してくれ。
「そいつとは……こいつの事か?」
 ジョンがアクィラの細い首を掴み、アクィラの体を自分の体の前に持ってくる。
「ウルクス……助け――」
 アクィラの言葉は途中でさえぎられた。ジョンが首を握る力を強めたらしい。舐めた真似しやがって。
 俺はゆっくりとジョンに近づく。ジョンはアクィラを盾にしたまま少しずつ横に移動する。
 睨めっこしてて分が悪いのはこっちだ。俺は弓が……くそ。目がかすむ。こんな時だってのに、どうなってるんだ俺の体は。
「弓を下げろ。こいつに当たるぞ」
「当たって困るのはそっちのほうだろ。来いよ。アレックスは伸びちまったが、俺はピンピンしてる。一度お前の顔をぶんなぐってやりたいと思ってたんだ」
「野蛮人が。そのグローブだけで力を得たと思っているようだが、所詮は付け焼刃だ。俺を殴ることなど叶わん」
「そうかい。ぜひ試してみたいね……」
 限界だった。弓を引く手が震える。仕掛けるなら今しかない。一か八か。
「くたばりな、ジョン」
 俺は矢を放った。
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