機械虫の地平

登美川ステファニイ

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碧眼の魔性

第十三話 失意

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 ――そして、矢はあらぬ方向に弾かれるように飛んだ。俺が矢羽に指をひっかけたからだ。ジョン。狙いはお前じゃない。もちろん、アクィラでもない。
「走れアクィラ!」
 ジョンは矢が飛んでくると思い、自分は右に動き、アクィラを左に突き飛ばしていた。それが狙いだった。アクィラが自由になった。
「ちいっ!」
 ジョンも瞬時に俺の意図を察する。だが一歩遅い。俺は全力で駆け、そして跳びながらジョンに殴りかかる。 
 だが当たらない。ジョンは蜘蛛のように地面に伏せて俺の拳を躱し、即座に飛び起きて俺に蹴りを入れてくる。
「蛮族が! 舐めた真似を!」
「アサシンなんぞを使うてめえだって十分野蛮だぜ!」
 恐ろしく速い蹴り。それも連続だ。腹、頭、脚。グローブでかろうじて受けるが一つ一つが重く鋭い。まるで太い木の棒で叩かれているかのような衝撃だ。
 今度は拳だ。掌で受けて、そのままジョンの右拳を掴む。
「けぇっ!」
 ジョンが甲高く叫ぶ。左手。拳じゃない。指を揃えて伸ばした突き、貫手だ。俺は掴んだジョンの右拳を引き、身を捩って貫手を躱すが、しかし脇腹にかすって服ごと肉が裂ける。なんて威力だ。まともに食らったら腹に穴が開く。
 だが大きな動きのせいで奴の顔面が空いている。俺は渾身の力を込めてジョンの顔に右拳を叩きこむ。
 当たった、かに見えた。次に見えたのはジョンの背中だった。そして天地がひっくり返る。何だ? そう思った瞬間に、強い衝撃で俺は意識が途切れた。
 ……誰かが叫んでいる。女……子供……知っている声だ。これは……アクィラ……アクィラ? 何故……泣いているんだ?
「汚らしい虫狩りめ。ここで始末してやる」
「だめーっ! やめて、お願い! ウルクスを殺さないで!」
「ええい、邪魔な奴め! 少し黙っていろ!」
 息が苦しい。何かが胸を……てめえ、ジョン。くそ、俺はジョンに投げ飛ばされて、胸を踏んづけられている。しかもジョンは、アクィラの髪の毛をつかんで振り回している。くそ、ぶっ殺すぞ、てめえ!
「ぁ……くぅ……」
 だが、情けない事に俺は動けなかった。背中の痛み。そして不完全な呼吸。頭も揺れたらしい。寝返りもうてない。
「死ね」
 奴の声が聞こえる。そして奴の足が俺の首にかかる。力が増す。まずい。殺される。
「やめてぇーーーー!」
「ぬわっ!」
 朦朧とする意識の中で、俺は光を見た。強く青い光。それは、アクィラの頭部から放たれる光だった。ジョンはその光に押されるようにアクィラから離れる。まるで炎のように、激しい光がアクィラの体を包む。
「何……これ? この光?」
 アクィラが自分の放つ青い光に戸惑いたじろぐ。光はアクィラの左の後頭部、あの装置から放たれている。そしてそれだけではない。アクィラの二つの瞳も青い光を放っていた。
「青い……これは……?」
 アクィラが自分の体を抱きしめ、崩れそうになる体を抑えて必死に立っていた。そんなアクィラの様子などお構いなしに、装置と両目は青い光を放つ。得体の知れぬ意思が、その装置を突き動かしているようだった。
「感応制御装置? これが完成形なのか?」
 ジョンが遠巻きにアクィラを見ている。これはジョンにとっても想定外の事らしい。ジョンの黒い面が、青い光を映し光っていた。
 そうだ。確か……怒ったり悲しい時に、装置が勝手に動くと言っていた。自分と俺の身に危険が及んだから、それで装置が働いたのか? しかし、だからどうなるってんだ。
 俺は何とか仰向けからうつ伏せになり、上体を起こす。だがそれ以上はまだ動けない。骨はやられていないようだが、腰から下が痺れたようになって動けない。こんな固い岩場に叩きつけられたからだ。
「勝手に作動したのか。まあいい、壊れていないことはこれで確認できた」
 ジョンはそう言い、今度こそ俺にとどめを刺そうとこっちに来た。俺の首を踏み折ろうと脚を上げる。
「やめてーー!」
 アクィラが叫んだ。そして――吹き飛んだのはジョンの体だった。
 激しい打撃音、そして風圧。耳をつんざくような音。心当たりが一つある。まさか、あいつなのか?
 俺の頭上にトンボがいた。目は青く光り、光沢のある複眼が周囲の光景を緻密に映している。黒と黄色の細いフレームで構成される胴体。そして音より速いと言われるほどの速度を叩きだす強靭かつ繊細な羽根。
 オニヤンマだ。羽根は高速で動き、空を切る独特の音が聞こえる。機械虫の中でも最速の虫だ。
 水辺にいることが多いはずだが、こういう岩場にいてもおかしくはない。だが、こんな風に人間の近くをうろつくような虫じゃない。しかも、ジョンを吹っ飛ばした?
「な……に……? 虫だと? まさか、貴様!」
 ジョンがアクィラを見る。
 そうか。アクィラの装置が虫を操っているのか? しかもトンボを。
「くそっ! お、うわっ!」
 アクィラに走り寄ろうとするジョンを阻むようにトンボが動く。カチカチと牙を噛み鳴らし、胴を上下に振って威嚇する。
 ジョンはトンボに回り込んでアクィラに近づこうとするが、トンボは素早く移動し正面に回り込む。それを何度か繰り返した後、トンボが腹に据えかねるようにジョンに突進し、前に振った胴の先端で思い切りジョンの黒い面を打った。
 凄まじい速度だ。一瞬トンボの姿が消えたかと思ったほどだ。その勢いを乗せた一撃で、ジョンは後方二ターフ3.6mほど吹っ飛んでいる。
 ふらふらと立ち上がりながらも、ジョンは怯む様子もなくトンボを睨んでいる。トンボは、そんな様子を青い複眼でじっと見ている。
「虫けらめ! 死ねっ!」
 ジョンがトンボに向かって何かを投げた。速いが、しかしトンボにとっては蠅の止まる遅さだろう。しかし空中で放電し、その電撃がトンボを直撃した。トンボは姿勢を崩し、回転しながら落ちていった。
「厄介な餓鬼め! 早く装置を取り込まねば……!」
「いや! こっちに来ないで!」
 邪魔なトンボがいなくなり、ジョンはアクィラを捕まえた。か弱い子供の腕力では抵抗しようもない。それに、装置の青い光は薄れ、もう消え入りそうになっていた。
 ジョンが抵抗するアクィラの顔を平手で打つ。それで意識を失い、アクィラはジョンの腕の中へぐったりと倒れ込んだ。
「ジョン……待て、返せ……」
 アクィラを背中に担いだジョンは、躊躇するように立ち止まった。だがアレックスの方を一度見て、こう言った。
「全ては終りだ。もう遅い。虫狩り。人の世の終わりをお前にも見せてやろう。だからここでは殺さない。せいぜい苦しむといい」
 そしてジョンは俺に向かって何かを投げた。まずい、さっきトンボを仕留めたやつだ。逃げなければ――。

「……アクィラ!」
 アクィラが連れていかれる! そう思い飛び起きて、激痛でまた横になった。背中と腰が……ひどく痛む。こんなことをしている場合ではないというのに。
「ウルクス、動かない方がいい。骨折はしていないが、手当てが必要な状況だ」
 アレックスの声が聞こえた。顔だけ向けると、何かの箱を持って立ってた。白い鎧は煤だらけだ。……そうだ。こいつもアサシンの自爆攻撃で気を失っていたんだった。
「お前は……動けるのか」
 俺は何とか上体を起こす。耐えられなくはない痛みだ。
「君は無理をするな。私は鎧のおかげで助かった。内臓に軽微な損傷があるが、死ぬようなものではない」
「アクィラが……ジョンに連れていかれた。早く追わないと」
 俺は痛みをこらえて立ち上がる。アレックスはそれを制するように俺の肩に手を置いたが、俺はその手を振り払う。
「のんきに寝てる場合かよ! 施設はロックされてるはずなのに開いちまった! おかげで作戦どころじゃなかったぜ!」
「それに関しては予想していなかった。奴は何らかの方法で開錠キーを手に入れていたようだ」
「冷静に答えてる場合かよ! アクィラが連れ去られちまったんだぞ!」
「分かっている。行く先に見当はついている。仲間と合流して追う」
「そうしてくれ! 俺がお荷物なら俺を置いていけ! 俺は勝手に追う」
「……そうもいかない。仲間が三人やられた。合流するはずだったが、来るのは一人だけだ。戦力が足りないから、君を頼るしかない」
「何だと? お前の仲間って……鎧を着ている奴か?」
「そうだ。しかし旧世界の兵器が相手では君らの防具と大して変わらん」
 俺ら虫狩りの防具は無論虫相手のものだが、虫の攻撃を完全に防げるわけではない。無いよりはましという程度だ。アレックス達の白い鎧は恐ろしく強靭だが、それでも俺らのちゃちな防具と同じ程度に打ち破ってしまうような武器があるという事か。想像もつかない。
 しかし、今重要なのはアクィラの事だ。アレックスの仲間には悪いが、死んだ奴に構っている暇なんざない。
「一人でも何人でもいい。ジョンはどこだ? どうやって追いかける?」
「北方に旧世界の施設がある。そこは大型の施設で、様々な機械がある場所だ。恐らくそこでアクィラの装置を完成させるはずだ」
「間違いねえんだろうな? 今さっき、ロックしたといった施設が開いたばっかりだぜ」
「……確実かと言えば、それは分からん。しかし元居た研究所に戻るより北の施設に行った方が早い。それに、アクィラには追跡装置をつけている。その動きからすると、現在は北方に向かっている」
「追跡……装置? なんだそれは」
「信号を出す機械だ。その信号の位置を調べると、どこにいるかが分かる。彼女の服の裾に付けさせてもらった」
「そうか……分かるんだな? 場所が? じゃあさっさと行こうぜ。アサシンどもは……消えたのか?」
 その辺に転がっているはずのアサシンの姿が消えていた。死体もない。
「さっき何人か目覚めて、私たちを殺そうとしていたんだが、死体を投げつけてやった。こうなりたくなければ去るがいい、お前らの主人は逃げたぞ、と。そうしたらあっさり帰っていったよ」
「へっ、そりゃあ……良かったな」
 ふらつく頭をさすると、後頭部から出血しているらしく手に血がついていた。肩を回すとバキバキと関節が音を立てた。
「邪魔者もいなくなったんなら追いかけるぞ。のんびり手当なんかしている場合じゃねえ」
「そうか。ならばそうしよう。だがせめて、これを使うといい。これを背中に貼ると痛みが和らぐ」
 そう言い、ジョンは俺のシャツをめくり、白い布のようなものを打ち身の場所に貼り付けた。冷たい。ひんやりする。
「なんだこりゃ……!」
「貼り薬だ。痛みを和らげ、熱を下げる」
「便利なもんがあるんだな? まあいい、行こうぜ」
「ああ。しかし北の施設までは徒歩で行ける距離ではない。百タルターフ180kmはある。ジョンも虫車を使って移動しているようだ。我々もどこかで調達しないと」
「ここからなら……道を戻ってタルークに行くより、川を渡ってサッペンに行く方が早いぜ」
「そうだな。ではそこに向かうぞ」
「ああ、分かった」
 ジョンめ。すぐに追いついてやる。アクィラを泣かしやがったら承知しねえぞ。
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