機械虫の地平

登美川ステファニイ

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第二章 赫灼たる咆哮

第八話 斬れ味

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 赤い目のカマキリが岩場を滑るように走ってくる。細かいことを考えている時間はなかった。とにかく奴の足を止めないと。
「効いてくれよ……?!」
 俺はカマキリの前方の岩場に向かって凍結球を撃つ。岩に当たって起動し、周囲に低温の冷却液が飛散する。それを見てカマキリは急制動し、斜め前方に跳んで動きを止めた。首を傾げるように顔が動き、こちらの様子を窺っている。
 このカマキリは体に目立った傷が無いから若い個体だろう。その分鎌は鋭そうだが、人間を相手にしたことはなさそうだった。俺のスリング球を初めて見て、その危険度を値踏みしているのだ。
「そのまま動くんじゃねえぞ……」
 動きを止めているカマキリに向かって、俺は再び凍結球で狙いをつける。どうせなら頭に当てたいが、細い首の先についている小さな頭に当てるのは困難だろう。動かなければ難しくはないが、機械虫も馬鹿ではない。自分に向かって何かが飛んで来たら必ず避ける。ここは仕留める事よりも、まずは当てて動きを鈍らせるのが先決だ。
 鎌を構えた胸の辺りに向かって撃つ。カマキリは一瞬姿勢を低くするが、跳ぶことはせずに左の鎌で反応した。閉じていた鎌が開き刃の背で凍結球を打ち払う。しかし、その衝撃で凍結球は起動し、冷却液が飛び散る。
 カマキリは突然の事に驚いたのか、一気に後方に跳んで逃げる。だが冷却液を浴びたその体は白く凍りつき始めていた。威嚇するように鎌を広げ腕を持ち上げるが、左の鎌は凍っているらしく刃が動いていない。それに目の赤色も先ほどより薄くなっている。身の危険を感じ、戦う事よりも逃げることを考え始めている。
 普通なら更に凍結球を撃って適当に追い払う所だが、今は違う。火の切っ先アトゥマイ氏族への土産にカマキリが必要なのだ。あまり殺したくはないが、ここは頭か脚部を完全に機能停止させて動きを止め、それから仕留めるしかない。
 或いは逃げるかも、と思った俺の心配は外れ、カマキリはゆっくりと前進してくる。目の赤色も強い光に戻ってやる気は十分のようだ。左の鎌が凍っているうちに片を付けなければ。
 俺は二つの烈火球を袋から出し、そのうちの一個をスリングに番える。カマキリの歩行速度が早くなる。約一〇ターフ18mがあっという間に詰められていく。距離が五ターフ9mを切った辺りで、俺は烈火球を軽く山なりに撃つ。
 カマキリは反応し、頭を下げて避けようとする。実際それで避けられるだろう。しかし、おれはもう一つの烈火球を素早く引き絞り、宙にあるさっきの烈火球に向かって放った。
 烈火球同士が空中でぶつかり二個分の燃焼液が噴出し大きな炎となる。それはちょうどカマキリの頭上で、カマキリの胴から上はほとんど炎に包まれていた。熱が俺の顔にまで届き肌を炙った。
 カマキリは炎の中でのたうつように上体を激しく揺らしていた。燃焼液が燃え尽きるまでの二秒ほどの間、カマキリはその場から動くことも出来ずに炎に呑まれていた。その隙に俺はカマキリの胸に凍結球で狙いをつける。炎が消えるのとほぼ同時に、凍結球を撃った。
 炎の次は凍結。胸の真ん中に当たり煤けた体が今度は白くなる。カマキリは赤い目を明滅させていた。混乱している。若い機械虫は炎を受けるとこうなりやすい。
 だがそのせいか、カマキリは鎌をやたらと振り回しながら前進し俺の方へ向かってくる。俺を狙っているというよりは、まるで子供が腕を振り回して暴れているかのような動きだった。しかし振り回しているその腕は、いくつもの鋭い刃がついた危険な物だ。受ければ人間の体などひとたまりもない。
 カマキリの巨体が近づきその大きさに圧倒されそうになる。しかし、これも予想の内だ。
 俺はカマキリに向かって前に出る。距離は三ターフ5.4m。奴の腕がもう届きそうな位置だ。俺はそこで左側の岩のくぼみに向かって転がりながら飛び込む。そのすぐ脇をカマキリが通り過ぎ、振り回す鎌の唸りが背中を掠める程だった。
 俺が消えたことに気付き、カマキリは足を止める。鎌を振り回すのをやめ、四方に首を回しながら周囲を探している。そして視界の端に俺を見つけたのか、窪みに寝転んでいる俺に上体ごと顔を向け、俺を見下ろしてきた。この状態から逃げることはできない。しかし――!
「狙い通りだ」
 引き絞ったスリングから凍結球が放たれる。それはカマキリの頭部を直撃し、冷却液をまともに受けた頭部は音を立てながら激しく凍り付いていく。慄くようにカマキリは後ろにゆっくりと下がるが、その赤い目から光が消え、そして脚からも力が抜けて地面に腹をつけて動かなくなる。俺は念の為次の凍結球を構えていたが、カマキリが完全に停止したのを確認して起き上がった。雪の結晶のような白い氷の粒が俺の体の上にも降っていた。冷たいその感触を払い落とし、俺はほっと息をついた。
「おう! 仕留めたんか、ウルクス!」
 ザルカンのでかい声が聞こえ、奴の体が離れた岩陰から出てくる。まったく、こいつのせいでとんだ目に遭った。
「ザルカン……仕留められたから良かったが、もし駄目だったら俺は死んでたんだぜ?! 何考えてる!」
「その時はわしが何とかしとったわい! 流石に目の前でカマキリに殺されるのを黙って見ていたりはせん」
「どうだかな……」
 嬉しそうに笑うザルカンを見て、こいつにそんな配慮があったかどうか怪しいものだと思った。いきなりカマキリをけしかけるとは……凍結球が効かなかったら本当に危ない所だったはずだ。
「いや~しっかし、お前中々大したもんじゃの?」
 ザルカンは凍り付いて動きを止めたカマキリの鎌を、指の背で叩いていた。
「実を言うとの、お前がどこで逃げ出すかと思ってけしかけたんじゃ。カマキリはわしが斬るつもりじゃった……しかしお前は逃げもせず自分で仕留めた……」
「何だと?」
「カマキリはそれなりに手ごわい相手じゃからな……逃げ出しても恥ずかしい話ではない。お前の度胸を試すつもりでけしかけたが……面白いもんが見れたわい」
 ザルカンは俺を見て言った。
「モーグ族に一目置かれたと言うだけはあるようじゃな。大したもんじゃ、ウルクス。真正面からこいつと戦うとは……」
「……お前、意外と性格悪いんだな」
 俺がそう言うと、ザルカンは声をあげて笑った。
「まあ許せ。あんまりにも腑抜けじゃったら村に連れて行ってもわしが恥をかくからな。お前を試す必要があったんじゃ」
「何だよまったく……しかし、お前がカマキリを何とかするつもりだったって……その剣でか?」
「そうじゃ。このくらいの大きさなら、こいつで十分相手できる」
 そう言い、右肩の後ろの剣を指さす。
「そいつはサーベルスタッグのブレードらしいが……いくら鋭いって言ったって、人間が使って機械虫をどうこう出来るもんじゃないだろ?」
 俺の言葉に、ザルカンは不快そうに眉間にしわを寄せた。
「何じゃあ?! わしを信じとらんのか!」
「いや、お前が戦士として優れていることは信じるが……機械虫相手に戦えるのは虫狩りだけだ。それも弓矢や罠を使ってな」
 ザルカンの手並みはテシュの夜の襲撃の際に見た。デスモーグ族の刺客を難なく退けていた。その姿を見る限り、こいつが剣士として一流なのは間違いないだろう。
 だが機械虫を相手に人間が剣で戦うなど、無謀もいい所だ。サーベルスタッグはそのブレードで他の機械虫を殺すこともあるが、それは人間の何倍もの重量と力であのブレードを振るうからだ。人間の力では機械虫の分厚い装甲を斬ることなど不可能だ。
「ウルクス……じゃったら見せてやるわい! こいつをぶった斬る所をな!」
 ザルカンはカマキリの腹を蹴とばした。
「おいおい、凍ってはいるが死んでるわけじゃないんだ。さっさととどめを刺さないとまた動き出すぜ」
「カマキリぐらいなぁ! わしの剣でバラバラにしたるわい!」
 ザルカンは右の肩の剣を掴み、鞘から抜いた。そしてカマキリから一歩離れると、目にもとまらぬような速度で三度剣を振り抜いた。
「……何だ? 斬れてないぞ……?」
 しかし、カマキリの体に変化はなかった。それに剣が装甲に当たるような音も聞こえなかった。まさか外したのか? この距離で?
「お前の腕を疑うわけじゃ――」
 俺が言いかけると、カマキリの首が僅かに横にずれた。そして滑るように斜めに動いて地面に落ちる。それにわずかに遅れて、左右の鎌も肘の付け根辺りから切断され地面に落ちた。乾いた音が響き、そしてカマキリの目からは完全に光が消え、制御を失った胴からはコンプレッサーの排気音が聞こえた。
「どうじゃ?! 見事なもんじゃろう!」
 カマキリの首の断面を俺に見せ、ザルカンが言った。
「音より早く斬る。そうすれば機械虫も斬られたことには気付かんほどじゃ。これが出来るのはアトゥマイでも俺だけよ!」
「……すげえ」
 俺はカマキリの首の切り口を見ながら舌を巻いていた。まさか本当に斬るとは。しかもこんなに鮮やかに……。
「斬ったのはわしじゃが、仕留めたのはお前じゃ! これで大手を振って村に行けるのう! 良かった良かった!」
 ザルカンの分厚い手が俺の背中を激しく叩いた。その背骨が折れそうなほどの衝撃に、俺はむせた。この土産とやらで万事うまくいけばいいのだが。俺はまだ見ぬアトゥマイの村を思い、不安になった。ザルカンみたいなのがいっぱいいるのかと思うと、なんだか別の意味で心配になってきた。
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