機械虫の地平

登美川ステファニイ

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第二章 赫灼たる咆哮

第十一話 門番

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 村に向かって山道を進んでいくと道幅が広くなっていく。しかし車輪の轍は見えないから、ここに住んでいる奴らは徒歩で生活しているようだ。
 道の脇には石積みが並んでいた。明らかな人工物だが用途が分からない。ひょっとすると防塁かも知れないが、虫相手では役に立たないだろう。これは人間を相手に戦うためのものだ。ザルカンは大勢の敵に襲われたことはないと言っていたが、一応備えてはいるようだ。戦士の村だけはある。
 村の門はざっと三ターフ5.4メートルの高さだった。当然閉まっていて、木材を機械虫の装甲で補強した門はギラギラと光を反射していた。
 門柱の両脇には門よりさらに一ターフ1.8メートル高い櫓があり、それぞれに一人男が立って見張っていた。しかし先ほどから見張りの男は下の方と何事かやり取りして動いているのが遠目にも分かり、実に慌ただしい様子だった。殺気立っているのか? まさか、いきなり矢で射られたりしないよな?
 ザルカンは門から五ターフ9メートル程の距離で止まった。足元を見るとちょうどそこに門を中心とした円が地面に描かれている。同心円状に少し離して三つの円があったが、これは射撃用の距離の目安にするための物だろうか。或いはこいつらの儀式的な風習かも知れない。
 俺はザルカンの後ろに立ち、様子を見ることにした。櫓に立つ男たちの視線は俺に注がれているように見えた。門の覗き窓からも誰かがこっちを見ているようだった。大した歓迎ぶりだ。こんなに大仰な構えの村は初めて見る。
 門の上の端から誰かがもぐらのように頭を出した。そしてザルカンを見る。
「ザルカン様! お戻りになったのですか?!」
 男はいくらか小声で聞いてきた。小声と言っても周りには遮るものも何もないからよく聞こえるが、とりあえずザルカンの知り合いらしい。様付けだから味方……であることを願いたい。
「おう、イルゴ! いや、まだ帰るわけにはいかん。下手人は見つけとらん……しかし、ちっと頼みたいことがあってな」
「頼みたいこと? 何でしょうか?」
 イルゴと呼ばれた男は周囲を確認しながら話していた。ザルカンの話では、ザルカンは虫の鍋で機械虫を殺したモーグ族を探すために、風習にのっとり一旦この村を追放されて聖戦士と言う立場になっている。一部の村人は犯人探しに協力してくれているという事だったが、どうやらこのイルゴもその一人らしい。門には少なくとも他に五人程度いるようだが、皆事情を知っているようだ。ザルカンに人望があってよかった。俺は少し安心した。しかしまだ俺は村にも入れていない。どう話が転ぶのか、まだ気が抜けない。
「こいつ……」
 と、ザルカンは後ろの俺を親指で指しながら続ける。
「こいつもどうやら村の機械虫を殺されたそうでな。犯人……モーグ族を探しとる。それではるばるタバーヌ国からこのカイディーニ山までやってきてな、ここで仇を探したいと言っとる……それで、ここに案内したっちゅうわけよ」
「タバーヌ国から……虫狩りですか、その方は?」
 イルゴが目を細め俺を見下ろす。ザルカンに向ける視線とは違い、いくらか敵意を含んでいるとさえ見えるような目つきだった。
「虫狩りじゃ。それも腕利きのな! カマキリを背負ってるがな、斬り落としたんはわしじゃが、仕留めたのはこいつよ。それもただ一人で、罠も使わずスリング一本で、一対一で仕留めたんじゃ!」
「ほう……それは……確かに大した腕前ですな。フム……それで、ザルカン様がわざわざ……」
「怪しい者でないことはわしが保証する! こいつをどうか取り次いでやってくれ!」
「分かりました! しかし……カドゥ様がどのような判断を下されるかまでは何とも……」
「そこはこいつが自分で何とかする! 土産も持ってきたからのう。まあ何とかなるじゃろ!」
「ではそのように取り計らいます。所で、ザルカン様は?」
「わしはしばらくその辺をうろついとる。待つついでにモーグ族の村を探しとるわい。ウルクス。許可が出んかったら六合目に戻って待っとれ。別の方法を考える」
「ああ……分かった」
 別の方法ね……そんなものがあるのか? いよいよとなったら、こいつらの事は無視してでも探すしかなさそうだ。
「では門を開けます! ザルカン様は念のためお離れ下さい!」
「おう! じゃあ頼んだぞ!」
 ザルカンはイルゴに向かって手を挙げた。そして振り返り、挙げた手で俺の左肩を思い切り叩く。痛い。
「お前もせいぜいうまくやれよ! じゃあな!」
「分かったけどよ、強く叩きすぎなんだよ、お前! 加減しろ!」
「しとるわい! 加減しとらんかったらお前は地面にめり込んどるぞ! がっはっは!」
 何が楽しいのかザルカンは笑い、そして来た道を走って戻っていった。早い。疾風のようだ。奴の体力には底がなさそうだった。
「開門!」
 ザルカンの背を見送っていると、ようやく門が開き始めた。ぎりぎりと内側で綱を引く音が聞こえ、少しずつ内側に開いていく。扉の向こうには立てた丸太をいくつも並べた壁のようなものが見えて、門の向こうの村の様子はまだ分からなかった。
 俺は動かずに門の開く様子を見ていたが、半分ほど開いたところでさっきのイルゴが外に出てきた。開きつつある門の近くには槍を持った男が二人いて、俺の方を油断なく睨みつけていた。ザルカンが俺の事を怪しい者ではないと言っていたが、それでも気を抜くことはしないようだ。門番としちゃ立派だが、俺としてはやりにくい限りだ。
「ウルクスと言ったな?」
 イルゴが鋭い目をさらに細めながら聞いてきた。
「ああ。虫狩りのウルクスだ。タバーヌ国から来た」
「フム……」
 イルゴは顎に左手を当てて思案するように俺を眺める。いい気分はしないが、やめろと言えるような状況ではない。
「一人でカマキリを仕留めるとは、大したものだな。しかも……スリングと言ったか?」
「……ああ。こいつだよ」
 俺は腰の左に提げたスリングを手で叩く。
「あまり見ない武器だな? 弓より強いのか?」
「強いかどうかか……飛距離は短いが、広い範囲を狙える。普段は小物の虫しか相手をしないが、そいつらが相手だとスリングの方が便利なんだよ」
「なるほど……そうか」
 言葉ではなるほどと言っているが、どうも俺がカマキリを仕留めたという事を疑っているような顔だった。それもそうだろう。自分で仕留めておいてなんだが、一人でカマキリを仕留めたなんて与太話の域だ。木陰から見つからないように狙ったとかなら分かるが、正面切って一対一なんて無謀にもほどがある。ザルカンの口添えがなければこいつらは信じてくれなさそうだ。
「もう一度やれと言われてもできる自信はないが……こいつを仕留めたのは俺さ。自分でも驚いているが……土産が無ければあんたらは話を聞いてくれないと聞いた。こいつじゃ不足か?」
「まるで我々が客人に金目の物をたかっているような言い草だな」
「そんなつもりはないが……俺は、ようやくここまで来たんだ。細い糸を手繰る様にして進み、外国にまでやってきた。やれることは何でもやる。それだけさ……」
 もっと下手に出るべきだったろうか? だが、どうもこいつに頭を下げる気にはなれなかった。それに頭を下げた所で舐められるだけのような気がする。こいつらはそういうつらをしている。こいつらは誇りを軽んじるものを重く見ることはないだろう。
 イルゴはしばらく俺の目を見つめていたが、ゆっくりと目を閉じ視線を下げた。
「……今は少々立て込んでいてな。客人を拒むものではないが、誰彼構わずに通すわけにもいかん。しかしザルカン様がああ仰るのなら、通さぬわけにもいかぬ。それに、カマキリを仕留めるだけの戦士であるのなら尚の事だ。ついて来い……」
「ああ。そう言ってくれるのを待ってたぜ」
 イルゴは門に向かって歩き、俺はそれについていく。一度振り返ったが、ザルカンの姿はもうなかった。ここからは俺一人だ。取って食われるわけではないだろうが、どうにも癖の強そうな連中だ。うまく事が運べばいいが……。
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