機械虫の地平

登美川ステファニイ

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第二章 赫灼たる咆哮

第十二話 副族長カドゥ

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 イルゴの後を付いて、門を抜け正面の壁を左に進んでいく。途中、門の周りの戦士たちが俺に痛いほどの視線を注いでいた。
 俺のような客人は珍しいのだろうか。或いは、ザルカンが推挙したという事で目立っているのかも知れない。だが、所詮この辺にいる奴らは下っ端の連中だ。これからもっと上の、副族長という奴らが出てくるのだろう。こんな所で気圧されている訳にはいかない。
 壁を抜けるとそこには火の切っ先アトゥマイ氏族の村が広がっていた。遠目から見ても大きかったが、敷地の広さだけで言えばちょっとした町くらいはあるだろう。しかし建物はまばらで、いくつかの区画に分かれているようだった。それにそこかしこに土塁がある。柵の周りには侵入防止の尖った丸太が上向きにいくつも並べられ、人との戦いを想定した造りになっていた。
 その代わりに機械虫への備えは余り見えなかった。電気罠や集光器は見当たらず、機械虫用の弩なども見える所には置かれていなかった。
「珍しいかね。こんな山間部の寒村が」
 俺が周囲を見渡しているのを見咎めて、イルゴが俺の方を向いて言った。
「いや……機械虫があんまりいないんだと思ってな。結構でかい村だが、飼っていないのか」
「飼っているよ、運搬用のオサムシを何匹かな。そいつらは奥の方、虫番の集落の方にいる」
「虫番……」
 イルゴの視線の方向へ目を凝らすと、小屋の中に微かに青い光、虫の目の光が見えた気がした。そこは他の集落より小さく、二十程の家が並んでいるだけだった。
「そういやザルカンが言ってたな。機械虫の相手は虫番がやるって。虫狩りとは違うのか」
「違う。虫番は聖なる虫の鍋からの虫を殺す者達。特別な禊を受け我々とも生活を分かち暮らしている。聖なる存在だ。所で……」
「何だ?」
「ザルカン様の名をこれ以上口にするな。理由は……分かっているのか?」
 イルゴが怖い目で俺を睨んだ。なるほど、これが面倒ごとと言うわけだ。
「聖戦士だからだろ。本来ならまだここに戻ってきてはいけない……俺をここに案内しているのも筋が悪いって話だ」
「ならば、分かるな?」
「ああ。ここにいる限りは二度とあいつの名前は口にしないよ」
 イルゴは無言のまま歩いていく。集落のある辺りは比較的平坦だが、奥に進むにつれ傾斜がきつくなっている。その坂を登った先にまた平場があり、そこに一際大きな建物があった。
 四角く切った木材を組んで作られているのは同じだが、使っている木材が太い。真っ黒に塗られているが漆のようだった。金がかかっている。上役の住居か、会合に使う建物なのだろう。
 屋根も特徴的で、四隅には昆虫の顔を掘ったような板が掲げてある。右の方はカマキリ。左の方はサーベルスタッグのようだった。反対側の角にもあるようだが、ここからでは見えなかった。
 機械虫を象った装飾などはさほど珍しくもないが、こんな風に屋根にでかでかと飾っているのは初めて見た。虫の鍋、ひいては機械虫を信仰しているという事の表れなのだろう。
 建物自体の構造は高床式で、床が地面から浮いている。正面の小さい階段を六段上ると建物の入口で、黒塗りの重そうな扉があった。今は閉じられていて中は見えないが、扉の脇には男が二人立っていて、近づいてきた俺達の様子を窺っているようだった。
 イルゴは足を止め、俺の方に向き直った。俺も初めて見る変わった建物から視線を下ろしイルゴの方を向いた。
「この中に案内するが、副族長のカドゥ様が来るまでしばらく待っていろ。待っている間は余計な口を利くな」
「ああ、分かったよ。で……こいつはどうすりゃいい?」
 俺は背中のカマキリの頭部を指差す。
「それは隣に置いておけ。顔は建物の奥側に向けて、鎌はその顔の前に並べておけ。左右を合わせてな」
「そうか。分かった」
「では入るぞ。靴の泥をよく落とせ」
 前を行くイルゴが木の皮の束の様なもので靴を擦ってから階段を上がっていく。階段には赤い布が敷いてあったが、それも汚れを落とすためのものらしかった。意外とこいつらはきれい好きなのかもしれない。
「客人だ。副族長が歓待する」
「はっ」
 イルゴが言うと、門の両脇の男達は返事を返し門を開け始めた。二人がかりでかなり力を込めて右に押し、門はゆっくりと開いていく。一番右まで動いたところで、男たちは手を放しまた元のように気を付けをした。
 建物の中は薄暗かった。イルゴに続いて中に入ると、壁際に何本かろうそくが灯してあったが全体を照らすには不十分だった。足元さえよく見えない。明り取りの窓はなく、部屋の奥まで確認することは不可能だった。誰かが潜んでいたとしても分からない。
「随分暗いんだな……」
 俺がつぶやくように言うと、イルゴが俺を睨みながら答えた。
「余計な口を利くな。そこの真ん中の座布団に座れ。荷物は横に置いて、カマキリはさっき言ったとおりに。しばらく待て」
 それだけ言うと、イルゴは踵を返して外に出ていった。一人残されて俺は言われたとおり座布団に座り、荷物とカマキリを横に置く。
 後ろで門が閉められ、建物の中はいよいよ暗くなった。蝋燭の光を床や壁の板が反射しているが、内側も漆で真っ黒のようだった。何とも奇妙な建物だった。静寂が緊張を掻き立てる。俺はひょっとして騙されてて、ここで殺されるんじゃないだろうな? そんな馬鹿な考えが浮かんでくるほどだった。
 ザルカンの紹介だし、まさかそこまで野蛮な連中という事もないだろう。俺は気を落ち着かせ、何を聞かれても動揺しないように頭の中で状況を整理する。
 そして数分が経ち闇に目が慣れてきた頃、建物の奥から音が聞こえた。戸を開ける音。そして足音。一人ではなく三人ほどだ。闇に目を凝らすと、背が高く体格のいい奴が先頭を歩き、その後ろにさらに二人いるようだった。
 黒い人影は座布団に座った。一番でかい奴が俺の正面。他の二人はそのでかい奴の左右に分かれている。真ん中のでかいやつが副族長っぽいが、暗くて顔は全く分からなかった。
 沈黙が続く。何を言うわけでも無く入ってきた三人は座ったままで、重苦しい沈黙が続いているだけだった。
 俺の方から何か言うべきなのか? しかしイルゴは黙っていろと言っていた。ここは待つべきなのだろう。全く、何から何まで面倒臭い連中だ
 いい加減焦れて来た頃、闇の中から声が聞こえた。正面の奴のようだった。
「わしはアトゥマイの副族長、カドゥじゃ。なんでも、仇を追ってタバーヌからはるばるカイディーニにまで来たとか?」
 掠れた男の声だった。口を利くなと言う言葉が頭をよぎり一瞬ためらったが、これはさすがに黙ってないで答えるべきだろう。俺は一度深呼吸してから答える。
「そうだ。村で飼ってた機械虫が殺されて、その犯人を追ってる。そこで巷間噂になっている虫を殺す奇妙な女の話を聞いた。他に手掛かりもなくその噂を追ってきたが、辿り着いたのがここだった」
 だから探させてくれ、とまでは言わなかった。恐らくイルゴから大意は伝わっているのだろうが、こいつらは形式を重視するようだ。この闇の中での接見はこいつらなりの意味があるはずだ。ここは相手の出方を見ることにしよう。
「虫を殺す奇妙な女か……よもやタバーヌでまで噂になってるとはの。しかも被害まで出ておるとは……それで、おぬしはこのカイディーニで何をするつもりなんじゃ」
「……犯人を捜したい。ここにいるという確証はないが、見つけるまで俺は帰れない。村を代表して来ているんだ」
「ふむ……犯人捜しで随分と難儀しているようじゃな……」
 カドゥの声は否定的な声音ではないように感じた。好きにしろと言ってくれそうな期待が持てるが、まだ分からない。
 俺が答えを待っていると、建物の奥で物音がした。どうやら戸が開いたらしく、誰かが足音を立ててカドゥ達の方へ近づいていく。
「何じゃあ、客人の前で!」
 カドゥが声を荒げる。入ってきた奴は離れた位置でしゃがみ込み、頭を下げた。
「火急の事態です……!」
 小声でそう言うと、しゃがんだままカドゥの方へ近づき耳打ちをする。
「何……機械虫の群れじゃとお! 門開けぇ!」
 カドゥは立ち上がり、大股で入口の門の方へと歩いていく。俺の事など忘れてしまったかのように。
 ややあって門が開き外の様子が見える。そして声が聞こえた。怒号。女の叫び声。何かが外で起きている。機械虫の群れだと? この村は日常的に機械虫に襲われているのか?
 俺も立ち上がり門の方へ近寄る。カドゥ以外の二人も門の方に集まり、その顔が見えた。
 カドゥは声の通り老年の大柄の男だった。眉間には深いしわがあり、ずっとしかめっ面で生きてきたような顔をしていた。
 他の二人のうち片方は禿頭の小柄な男で、年はカドゥよりいくらか若いようだった。そしてもう一人は女で、こちらもカドゥよりは若いようだった。
「虫番は総がかりじゃあ! 他の戦士も出せい! 女子供はさっさと下がらせろ!」
「はっ! 伝えます!」
 カドゥが言うと近くにいた戦士がどこかへ走っていった。
「客人……」
 言いながらカドゥが俺の方を向いた。
「すまんがこんな状況じゃ。どうやら虫が入りこんどるらしい……用件は後にしてもらうぞ」
「ああ、それで構わない。無理を言う気はねえよ」
「うむ、助かる。客人はそこの東屋におってくれ。この辺りが一番安全じゃろう」
 外を見ると、斜め右に確かに小さな東屋があった。
「ああ……そうさせてもらう」
 加勢しようとも思ったが、見知らぬ連中と一緒に戦うというのは結構難しいものだ。呼吸が合わないと却って邪魔になる。特に俺のスリングは効果範囲が広いから、槍や剣で近づいて戦うような戦士とは相性が悪い。
「ん……あれは……」
 遠くに機械虫の姿が見えた。何の機械虫かははっきり分からないが、一つ分かる事があった。目が青い。あの機械虫たちは、青い目のままアトゥマイの村を襲っているのだ。
 それが意味することは一つだ。
「青い目……奴らか……」
「青い目? 何じゃと?!」
 俺の言葉にカドゥは目を細め遠くを見る。
「ほんまじゃ……青い目をしとる……何故じゃ……?!」
 カドゥは驚きを隠せないようだったが、ふと気が付いたように俺の方を見た。
「お前……奴らと言ったか?」
 カドゥの厳めしい顔が俺を見ている。その目には殺気とさえ呼べそうな程の強い意志が見て取れた。
「いや……機械虫の奴らの目が……青いなってよ」
 俺は適当にごまかすが、カドゥは俺を睨み続けている。そのせいで回りの連中も何だか殺気立っているようだった。これはまずい。
「お前、手引きしたんか? お前が来た直後に機械虫が来た。その連中をお前は知っとるような口ぶり……お前、間者か? ディスモーグの使いか?!」
 ディスモーグ。こいつらの方からその名前を出してくるとは。だが反応すればますます怪しまれそうだった。
「いや、ディスモーグなんて知らない……何だ、そいつらは?」
「おい、こいつを牢に入れておけ! あとで尋問する!」
「はっ!」
 カドゥの声に数名の戦士たちが殺到する。全員剣を帯びており、いつでも喜んで抜きそうな顔をしていた。こいつら尋問の意味わかってるよな? 斬り殺したら尋問はできないんだぜ?!
 俺は取り囲まれ床に引き倒された。抵抗してもよかったが、余計にこじれるだけだろう。くそ、ザルカンめ! お前の身内は気が短すぎるぜ。
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