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第三話 剣の従者

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「魔物を狩るのか……魔物って何だっけ?」

 小首をかしげたブレンに、アイーシャは苛立ちを隠さず強い口調で言った。

「魔物の事も忘れたの?! どーなってんのよあんたの頭は! 石棺の中に脳みそ忘れてきたの?!」

「のうみそ……ああ、脳か。入ってるのかな。よく分からない」

 魔導人形は自分の頭を両手でつかみ軽く揺らす。
 とぼけたような魔導人形の答えにアイーシャは更に怒りを募らせるが、大きく息をついて気持ちを落ち着かせた。

「魔物……ダンジョンの魔力を吸って強くなった生き物よ。この辺にも何種類か出るけど、その中でも一番弱いお化け茸が相手よ。小さければ子供でも仕留められる。あんたは立派な剣持ってるんだから、そのくらいやってもらわないと困るわ! さもなきゃ鉄くずとして売り払ってやるからね!」

「お化け茸……聞いたことがあるような……茸なのか?」

「名前に茸って入ってるんだから茸に決まってるでしょ! 小さいうちは動かないけど、成長して三十セントル三十センチを超えたら脚が生えて歩き回るようになる。くしゃみの出る胞子は出すけど毒はないし、腕とか口もないから襲われる心配はない。あんたのひょろひょろの腕でも倒せるはずよ!」

「ふうん、そういうものか。お化け茸を、この剣で……」
 魔導人形は自分の腰の剣の柄尻を撫で、柄を緩く掴む。その感触を確かめているようだった。剣は刀身も鍔も鞘も真っ白で、何とも奇妙な見た目をしていた。

「……その剣、斬れるの? 何で出来てるの?」
 アイーシャが聞くと、魔導人形は剣を抜くと胸の高さに持ち上げた。そして刃の部分に指を這わせる。

「刃が……付いていないんじゃないか、これは?」

「何ですって?!」

 アイーシャは魔導人形に詰め寄り剣に顔を近づける。刀身の表面は滑らかだが光を反射せず、何とも奇妙な質感だった。そして魔導人形の言うとおり、刃も付いていないようだった。刃の部分はある程度薄くなっているが、剣にしては分厚い。まだ研ぎを入れる前の段階のように見えた。

「どれ、ちょっと見せてもらえるかの」

 エルデンがそう言い手を出すと、魔導人形はエルデンに剣の柄を向け差し出した。受け取ったエルデンは剣の刀身に顔を近づけ、舐めるように視線を動かしていく。

「何か分かる、おじいちゃん?」
 アイーシャが聞く。エルデンは長年調達士として働いていたため、様々な材質の武具について見識がある。材質やその特徴も把握しており、ちょっとした鑑定士並みの知識があった。

「これは……」
 エルデンは不思議そうな顔をして溜息をついた。指先で刀身をつつくと、軽い音が響いた。

「鉄よりは重いが……しかしこれは銅でもないし、鉛や金程の重さもない……知る限りどの金属にも当てはまらん。刃もついていないに等しいが……表面には傷一つないから実際に使っていたわけではなく副葬品の可能性もある。そうだとしても、一体何の金属でどうやって作ったのかさっぱり分らんな。こんな色の金属は知らん。石のようにも見えるがそう言うわけでもない」
 エルデンは腑に落ちない顔をしていたが、剣を魔導人形に返した。

「おじいちゃんでも分からない材質……値打ちものって事かしら?」

「価値は分からないが、僕はこれに愛着があるような気がする。以前に使っていた記憶がある……ような気がする」

「適当なこと言ってんじゃないわよ、ポンコツ! ような気がする、ような気がするってってそればっかり! 結局よく分からないんでしょうが!」

「まあそうだな。困ったことだ」
 魔導人形は剣を鞘に戻した。表情はにこやかで、ちっとも困っているようには見えなかった。

「他人事みたいに言うんじゃないわよ、まったく! ……まあいいわ。とにかく、お化け茸を狩れるかどうか実地試験よ。大して価値のない魔物だけど、あんなのでも売れば少しは金になるし食材にもなる。あんたが魔物を一人で狩れるんなら、少しは家計の助けになるわ」

「そうだな。主である君を助けられるのなら、それは喜ばしい事だ」
 特に感情のこもらない表情と声で、魔導人形が言った。アイーシャはそんな魔導人形に厳しい視線を向けていたが、やがて諦めるように視線を外した。

「じゃあ行くわよ! 私はちょっと用意をするから、三十分後に出発! あんたは外で剣の素振りでもしていなさい!」

「分かった」
 アイーシャに言われ、魔導人形は素直に家の外に出ていった。
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