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第四話 名前と記憶
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手の甲の模様は主従関係を示すものらしい。古い伝承では悪魔と契約するときに特殊な紋様や刻印を使ったとも聞くが、これもその一種なのだろうか。
(こいつが悪魔の手先……?)
アイーシャはブレンを見るが、この間抜けそうな顔はとても狡猾な悪魔のイメージとは一致しない。そういう戦略なのかも知れないが……いずれにせよ契約は結ばれてしまっている。
そのうち解く方法も調べた方がいいかも知れないが、今の所は実害はないようだし、とりあえずこのままでいいだろう。それにブレンをこき使うのなら、契約はこのままの方が都合がいい。
「……それにしてもあんたって……ほんと、よく分からない魔導人形よね」
アイーシャは立ち上がり、対面のブレンの後ろに回る。壁に立てかけてあったブレンの白い剣を手に取ると、少し鞘から引き抜いて刃の部分を見る。
やはり刃は付いていない。剣先も同様だろう。とても狂い猪の毛皮や骨を断ち切れるようには見えなかった。だとするならば……。
アイーシャは剣を置き、ブレンの細い腕を掴む。
「何だ」
「ほっそい腕……剣がなまくらでも、怪力で無理やり斬ったのかしら。とても力が出るようには見えない」
剣に仕掛けがないなら、剣を使ったブレンに仕掛けがあるに違いない。そう思ったアイーシャだったが、見るからに細いこの腕から怪力が出るようにはとても見えなかった。
「力か。自分の力がどの程度か分からないが……あれは力によるものではない。一種の魔力操作で、魔力を噴出して刃のようにしている。だから斬れたんだ」
「何? 魔力を……噴出?! そんな高度な魔法が……使えるの? あんたは」
「使える……ようだ。不思議だな。何故そんなことを知っているんだ、僕は。しかし、知っている。あれは魔法剣の一種で、その剣もその為の特殊なものだ。レンダリングエナジーを扱える。パーティクル剣だ」
「れん……だりん、ぐ? 何それ」
アイーシャに言われ、ブレンは今度こそ首をかしげる。
「何だろう? 言ってはみたものの、自分でも意味が分からない。虫食いの本を読んでいるような気分だ。何かが……欠落している」
「まあいいじゃないか、アイーシャ、ブレン! まだ本調子ではないんじゃろう。 そのうちおいおい思い出すさ」
愉快そうにエルデンが言う。大分ワインの酔いが回ってきているようだった。
「ふむ。そうだといいのですが」
「別にどっちでもいいじゃない、過去の事なんか。剣が使えるならそれだけでいいわ。そんな事より……」
ブレンの後ろに立ったまま、アイーシャは自分の左手の模様をさする。
「あんたから私に魔力が来てるのよね……変な感じ。体は疲れても、内側でずっと何かが燃えているような感覚……」
「そうらしいな。僕の内部の余剰魔力が君に送られている」
「余剰魔力……? 何で魔導人形のくせに魔力を作れるのよ。ほんと、訳分かんない。そんなもん作れるのなら、魔導人形なんて無限に動けるじゃない。魔法だって使い放題……」
通常の魔導人形は人間から魔力供給を受けることで活動が可能となる。それは古代の魔導人形も、近年になり再現された魔導人形も同じだ。人間が食事をするように、魔導人形は魔力供給を受けなければその機能を発揮できない。
だがブレンは、奇妙なことにその内部で魔力を生み出しているらしい。それだけでも異常だが、更に魔力をアイーシャに送っている。まるっきり逆の状態だった。まるで竈から薪が吐き出されてくるようなものだ。あり得ない。
「あんたの中に……強大な魔力があらかじめ封入されているって事?」
「違う。機序は不明だが、魔力は随時生み出されている。本来はこれが僕に必要な最低限の量で、それでも不足する分を更に契約者から受け取るんだろう。今は僕の消費量が少なく、君の魔力も少ないから、余剰魔力が君に充填されているようだ」
「ふうん……まあいいわ」
アイーシャは口を押さえ欠伸をする。
「飲み過ぎた……眠くなってきちゃった」
お金が手に入ったこともあって、調子に乗ってエールを飲み過ぎた。度数は低いが酒であることには違いない。アイーシャにとって四杯は、ちょっと飲み過ぎの量だった。
「片付けはわしがやっておくよ。今日はいろいろあったしな、疲れが出たんだろう。無理せず休みなさい」
エルデンにそう言われ、アイーシャは頷く。
「ちょっとひと眠りする……お休み、おじいちゃん。それと、ブレン」
「お休み、アイーシャ」
「ああ。分かった」
ブレンの事にはまだまだ分からないことが多いが、とりあえずの金が手に入ったので不安が消えた。酒も回っていい気分だった。
悩みは忘れ、今日は早めに寝ることにしよう。アイーシャはもう一度欠伸をし、自分の部屋に向かった。
(こいつが悪魔の手先……?)
アイーシャはブレンを見るが、この間抜けそうな顔はとても狡猾な悪魔のイメージとは一致しない。そういう戦略なのかも知れないが……いずれにせよ契約は結ばれてしまっている。
そのうち解く方法も調べた方がいいかも知れないが、今の所は実害はないようだし、とりあえずこのままでいいだろう。それにブレンをこき使うのなら、契約はこのままの方が都合がいい。
「……それにしてもあんたって……ほんと、よく分からない魔導人形よね」
アイーシャは立ち上がり、対面のブレンの後ろに回る。壁に立てかけてあったブレンの白い剣を手に取ると、少し鞘から引き抜いて刃の部分を見る。
やはり刃は付いていない。剣先も同様だろう。とても狂い猪の毛皮や骨を断ち切れるようには見えなかった。だとするならば……。
アイーシャは剣を置き、ブレンの細い腕を掴む。
「何だ」
「ほっそい腕……剣がなまくらでも、怪力で無理やり斬ったのかしら。とても力が出るようには見えない」
剣に仕掛けがないなら、剣を使ったブレンに仕掛けがあるに違いない。そう思ったアイーシャだったが、見るからに細いこの腕から怪力が出るようにはとても見えなかった。
「力か。自分の力がどの程度か分からないが……あれは力によるものではない。一種の魔力操作で、魔力を噴出して刃のようにしている。だから斬れたんだ」
「何? 魔力を……噴出?! そんな高度な魔法が……使えるの? あんたは」
「使える……ようだ。不思議だな。何故そんなことを知っているんだ、僕は。しかし、知っている。あれは魔法剣の一種で、その剣もその為の特殊なものだ。レンダリングエナジーを扱える。パーティクル剣だ」
「れん……だりん、ぐ? 何それ」
アイーシャに言われ、ブレンは今度こそ首をかしげる。
「何だろう? 言ってはみたものの、自分でも意味が分からない。虫食いの本を読んでいるような気分だ。何かが……欠落している」
「まあいいじゃないか、アイーシャ、ブレン! まだ本調子ではないんじゃろう。 そのうちおいおい思い出すさ」
愉快そうにエルデンが言う。大分ワインの酔いが回ってきているようだった。
「ふむ。そうだといいのですが」
「別にどっちでもいいじゃない、過去の事なんか。剣が使えるならそれだけでいいわ。そんな事より……」
ブレンの後ろに立ったまま、アイーシャは自分の左手の模様をさする。
「あんたから私に魔力が来てるのよね……変な感じ。体は疲れても、内側でずっと何かが燃えているような感覚……」
「そうらしいな。僕の内部の余剰魔力が君に送られている」
「余剰魔力……? 何で魔導人形のくせに魔力を作れるのよ。ほんと、訳分かんない。そんなもん作れるのなら、魔導人形なんて無限に動けるじゃない。魔法だって使い放題……」
通常の魔導人形は人間から魔力供給を受けることで活動が可能となる。それは古代の魔導人形も、近年になり再現された魔導人形も同じだ。人間が食事をするように、魔導人形は魔力供給を受けなければその機能を発揮できない。
だがブレンは、奇妙なことにその内部で魔力を生み出しているらしい。それだけでも異常だが、更に魔力をアイーシャに送っている。まるっきり逆の状態だった。まるで竈から薪が吐き出されてくるようなものだ。あり得ない。
「あんたの中に……強大な魔力があらかじめ封入されているって事?」
「違う。機序は不明だが、魔力は随時生み出されている。本来はこれが僕に必要な最低限の量で、それでも不足する分を更に契約者から受け取るんだろう。今は僕の消費量が少なく、君の魔力も少ないから、余剰魔力が君に充填されているようだ」
「ふうん……まあいいわ」
アイーシャは口を押さえ欠伸をする。
「飲み過ぎた……眠くなってきちゃった」
お金が手に入ったこともあって、調子に乗ってエールを飲み過ぎた。度数は低いが酒であることには違いない。アイーシャにとって四杯は、ちょっと飲み過ぎの量だった。
「片付けはわしがやっておくよ。今日はいろいろあったしな、疲れが出たんだろう。無理せず休みなさい」
エルデンにそう言われ、アイーシャは頷く。
「ちょっとひと眠りする……お休み、おじいちゃん。それと、ブレン」
「お休み、アイーシャ」
「ああ。分かった」
ブレンの事にはまだまだ分からないことが多いが、とりあえずの金が手に入ったので不安が消えた。酒も回っていい気分だった。
悩みは忘れ、今日は早めに寝ることにしよう。アイーシャはもう一度欠伸をし、自分の部屋に向かった。
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