僧侶アイーシャは生活費のために一人でダンジョンに挑むが不思議な魔導人形を手に入れる。そして彼女の運命が動き始める。

登美川ステファニイ

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第九話 身支度

9-4

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「お話って……聞かせるような事なんて何もないわよ?! 一体何なのよ、もう!」
 アイーシャは突然の事に戸惑いながらも声を荒げた。こういう時に弱気になれば付け込まれるだけだと思っているからだ。

「実はですね、町で静かな噂になっているんですよ。変わった魔導人形がいると」
 マジェスタはブレンの姿をじろじろと見ながら言った。好奇心を隠すつもりはないようだった。

「何ですって?!」
 アイーシャは思わずブレンと顔を見合わせるが、その様子をマジェスタに見られているのに気付き慌てて目をそらした。

「魔導人形と言えば……はっきり言って金持ちの道楽か博物館の収蔵物でしかありません。大昔……我々の歴史以前においては人間のようにふるまう物もあったそうですが、現在にはその技術は残っていません。しかし……しかしです! それがいたんですよ、ヨラディの町に!」
 言いながらマジェスタはブレンに輝くような視線を向ける。ブレンは特に慌てるでもなく無関心のままだったが、アイーシャはブレンの目から見ても狼狽しているのが分かった。

「この……ブレン君、でしたか? この魔導人形はすごい! 聞けばあなたの命令を何でも聞き、更には剣を振るいあのローリック師範とも互角に戦ったとか? 今までの常識を覆すような偉大な魔導人形! そうじゃありませんか、アイーシャさん?」

「こ、こ、こいつはただのポンコツよ!」

「しかし、この一か月ほどはあなたについて、まるで召使のように働いていたとか? 荷物を運んだり鞄持ちのできる魔導人形は珍しくありませんが、彼は違う。魔物素材交換所に一人で行って持ってきた素材を選り分けて納品したりも出来るとか? 人間でも慣れていなければできないことを、ただの魔導人形がやるとは……中々信じがたい事です!」

「そ、それは……私があれこれ指示したからよ! 別にこいつが優秀なわけじゃないわ!」

 この一か月で何度か交換所に言っていたが、最近ではアイーシャが指示をしなくても、ブレンが一人で行って材料を種類ごとに納品していた。その事を交換所のある字であるローガンが喋ったらしい。

 ローガンめ、余計なことを! そうは思ったが後の祭りだ。ブレンの事を一切話すなというのも不自然だし、全てはアイーシャ自身の行動が招いたことだ。怒りは自分にぶつけるしかない。

「そうですか? 私には十分優秀な魔導人形に見えますが……」
 マジェスタは顔に笑みを貼り付けたままアイーシャを見ていた。アイーシャは得体の知れない恐怖を感じていた。こいつは一体ブレンの何を知りたいというのだろうか。

 アイーシャは何か適当な言葉でごまかしてさっさとダンジョンに行こうとしたが、その機先をマジェスタの言葉が制した。

「荷物の仕分けはまだ理解できます。そういうちょっと上等な魔導人形くらいはいてもおかしくないのかも知れません……しかし、あのローリック師範との戦いは? その前に道場生とも戦ったそうですが、完封だったとか? 一太刀すら魔導人形に浴びせることはできなかったと聞いています」

「その道場生がへっぽこだったんじゃないの? 知らない!」

「その道場生は道場でも一、二を争う使い手だったそうですが……不思議な事もあるものですね?」

「そ、そうね……不思議な事が起こったんじゃない?」

 マジェスタが矢継ぎ早にアイーシャに質問を繰り返す様子を、ブレンはいつもの茫洋とした顔で見ていた。

 アイーシャが困っていることは分かる。しかし何に困っているのか。考えられるとすると、それは自分の正体についてだろう。

 名無しのダンジョンに眠っていた魔導人形。その内部からは魔力が溢れ、パーティクル剣などという技を使う。その動きは機敏で、魔物にも人間にも負けない。

 ブレンはこの世界の事をまだよく分かっていなかったが、アイーシャやエルデン、町の人との関わりの中で、自分が魔導人形として異質な存在だという事を理解していた。

 正体の不確かな、奇妙な魔導人形を所持しているとなれば、主人であるアイーシャとしては具合が悪いのだろう。無駄に耳目を集めることになればあらぬ誤解を受ける。どこで手に入れたのかと聞いてくるものもいるだろう。そして諍いが起きる。人間は愚かだ。いつの時代も。

 殺すか。

 ブレンはマジェスタを殺そうと考えた。今なら簡単だ。いや、いつでもだ。ただの人間など私の相手ではない。首を刎ねるも、五体を裂くも、同じことだ。

 いつだってそうだった。あいつ以外は。

 アイーシャの敵は、私の敵だ。ブレンは剣の柄に手をかけようとした。

「やめなさい!」

 血相を変えたアイーシャが目の前にいた。その手でブレンの右手を、剣を抜こうとしていた手を押さえていた。

「……僕は」
 ブレンは思考が揺らいでいるのを感じた。何か奇妙な感覚だった……まるで他人に頭を覗かれているような……。

「おや、喋った? やはり特別のようですね、あなたのブレン君は」

「うるさい! 黙ってて! ブレン、一体どうしちゃったの?」
 アイーシャはブレンの剣をちらりと見る。剣を抜きマジェスタを殺そうとしたことがアイーシャには分かったようだった。

「ブレン君が何か? 何ならブレン君にもお話を聞かせていただけると嬉しいのですが……?」
 マジェスタは愉快そうにアイーシャとブレンを覗き込む。その顔は好奇心に満ち、無邪気な笑みが顔に張り付いていた。まるで作り物だ。アイーシャにはそう思えた。

「うるっさい! もうおしまい! 私たちは急いでるの! 行くわよ、ブレン!」
 アイーシャはブレンの手を引き、マジェスタから逃げるように道を下っていく。

「戻ったらお話を聞かせてもらえます? あとエルデンさんは御在宅ですか?」

 アイーシャの背後からマジェスタが大声で聞く。アイーシャはそれを無視してずんずんと歩いていった。

 まったく、一体何なの?! アイーシャは怒りと戸惑いで胸がいっぱいになっていた。

 それに怖かった。ブレンが……あの記者を、マジェスタを殺そうとしていた。いつものあの顔のまま、ごく普通に。

 何故それが分かったのだろうか。この左手の甲の紋様のせいかもしれない。ブレンの手を引いてはいるが、振り返ってブレンの顔を見る事が出来なかった。

 胸の中の恐怖を振り払うように、アイーシャは足早に山を下っていった。
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