僧侶アイーシャは生活費のために一人でダンジョンに挑むが不思議な魔導人形を手に入れる。そして彼女の運命が動き始める。

登美川ステファニイ

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第十話 向こう側へ

10-4 一章 完

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「ぶれんだー……って何よ? あんた、これが何か知ってるの?」

 アイーシャは不審に思いながらも、男に問いかけた。
 ひょっとしてこいつもリューバンとぐるで、ブレンをどうにかしようと考えているのではないか? それは勘ぐりすぎだと自分でも思ったが、用心するに越したことはない。

「Blenderっていうのは……なんて言えばいいのかな……? 魔法……みたいなものだ。君たちの使うオルゴ式の魔法とは違うんだけど……」

「魔法の一種……?」

 アイーシャは手袋をつけた自分の左手を見る。ブレンとの間にあるのは何らかの主従契約の魔法であり、この紋様を通じてアイーシャはブレンから魔力を受け取っている。そしてブレン自身もパーティクルという魔法のような力を使う。

 ブレンダー式魔法? 聞いたことはないが、南方にはそういうものがあるのだろうか?

「おい! 冒険者アイーシャ! 入坑しないのか! 二分以内に来なければ順番待ちを取り消すぞ!」

 受付の声が雑踏に混ざり聞こえた。そうだったとアイーシャは思い出す。
 今ダンジョンに入ろうと待っていた所なのだ。リューバンとこの妙な男のせいですっかり頭から飛んでしまっていた。

「君たち、今からダンジョンに入るの?」
 男は心配そうにアイーシャ達を見ながら言った。

「どうするんだ、アイーシャ? 入るのか? それとも……」
 ブレンがちらりと男の方を見る。話を聞くべきではないか、とブレンの視線が言っていた。

 ブレンが目覚めてから一月半ほどになる。調べるというほど根を詰めてはいないが、それでもアイーシャとエルデンは、魔導人形の事やブレンに関係がありそうなことを調べていた。

 それでも何の収穫もなかった。ブレンのような高性能な魔導人形の例は無く、ブレンの右手にある紋様についても何の情報もなかった。

 だが、この男はそれを知っているのだ。ブレンダー。全く聞いたことの無い言葉だったが、ブレンの謎を解く手がかりとなるかもしれない。

 ダンジョンには行きたい。その為に苦労をしてきたのだ。だがそれは……今日でなくてもいい。

 そしてこの男から話を聞くのは、今しかないかもしれないのだ。ダンジョンから帰った後では、或いはこの男は姿を消しているかもしれない。

 ダンジョンか、ブレンの謎か。

「おい、アイーシャ! いないのか! 入坑申請を打ち切るぞ! あと一分!」

 アイーシャは受付の方を振り返る。冒険者が現れず入坑申請を打ち切られると、罰則として一週間はダンジョンに入る事が出来ない。

「……ああ、もう! ブレン! 受付に行って今日は急用が出来たって言ってきて!」

「そうか、分かった」

 ブレンはリュックを抱えたままヨタヨタと受付に向かう。申告して不入坑となった場合も一週間入れないが、二度と入れないわけではない。

「……いいのかい。準備してたみたいだけど」

 男はどこか困ったように言った。まるで自分が悪い事をしたみたいな顔をしていた。
 しかし、それはある意味ではその通りだ。

 この男がブレンダーがどうのと言わなければ今頃はダンジョンに向かっていたのだ。計画が全てご破算だ。ブレンと一緒に調達士として成り上がる予定だったのに、出ばなをくじかれてしまった。

「全部あんたのせいよ……」

「えっ、俺のせい?!」

「そうよ、だから教えてもらうわ……そのブレンダーって奴の事を」



 ブレンが不入坑の申告をして、一週間はダンジョンにはいれないこととなった。その代わりに、アイーシャは奇妙な男、リンタールから話を聞くために、門から離れた人気のない所に移動をしていた。

「……で、何なの、ブレンダーって」
 アイーシャはさっきと同じ問いを繰り返す。リンタールも再び困ったような顔で視線を泳がせる。

「魔法の一種……さっきも言ったけど……特殊な魔法なんだ。多分、使える人は少ない」

「あんたは……特殊な血筋って事?」

「その……まあ、そんな感じ」

「何よ、はっきりしないわね」
 どこかいい加減なリンタールの答えにアイーシャは不満を隠さない。

「物を……作れるんだ。何もない所から、物を生み出せる」

「物って……炎とか水じゃなくて?」
 魔法は魔力を実体化させこの世界に影響を及ぼせるようにする力だ。炎で焼いたり、水で包んで溺れさせたり、実際の炎や水と同じような現象を起こすことができる。

 アイーシャや他の冒険者が使うのは一般的にはオルゴ式魔法である。それは魔法の術理を体系化した一種の学問であり、創始者のオルゴにちなんでオルゴ式魔法と呼ばれている。

「そう。物……木とか岩とか、金属でも、多分何でも」
 リンタールは奥歯にものが挟まったような、なんだかもどかしいような顔で説明をしていた。ブレンダー式魔法などアイーシャは聞いたことがなかった。他人に説明が難しいほど珍奇な魔法なのだろうか。

「……やってみなさいよ。本当に何でも作れるの?」

「えっ?! ここで……!」
 リンタールは周囲を不安そうに見回す。何だか怪しい様子だ。やっぱりリューバンと組んで何かを企んでいるのだろうか。

「いいけど……今更だけど、誰にも言わないでくれよ。俺はギバンナから来たんだけど、向こうじゃほとんど誰にも教えていない。俺の力はどうも特殊だから……目立ちたくはない」

「ふうん……」
 特殊な力、目立ちたくない。まるでブレンと同じだとアイーシャは感じた。そう言えばブレンとブレンダーは似ている。その名前にも何か繋がりがあるのだろうか。

「じゃあ……立方体を出すよ」
 そう言うと、リンタールは胸の前で何かを抱えるように両手を前に出した。

「ん? 輪っかだ」
 ブレンが丸い目をさらに丸くして言った。

「輪っか? 何が?」
 アイーシャには何も見えない。男の手には何も握られていないし、その辺に落ちているわけでもなさそうだった。

「……見えるの? この……3Dカーソルが……?!」
 リンタールが信じられない物を見るような顔で言う。

「見える。見えないのか、アイーシャは?」

「何も……見えない? どういう事?」

「じゃあ、これは?」
 リンタールは右手を頭上に掲げる。

「あっ……四角いのが出た」

「えっ、何? 二人とも何言ってんの?!」
 アイーシャにはさっぱり訳がわからなかった。
 しかしブレンとリンタールは顔を見合わせ、何事か通じ合っているようだった。
 
「見つけた……手がかりを……! 俺をダンジョンに連れて行ってくれ! 神に会わなければいけないんだ!」
 興奮して詰め寄るリンタールに、思わずアイーシャはびっくりして後ろに下がってしまった。

 だが、不思議と嫌悪感はなかった。左手の甲の紋様が熱を帯びている。この男は、この紋様に確実に関係している。それが理屈ではなく直感で分かった。

 この時すでに、アイーシャは運命という力の渦に呑み込まれつつあった。その事が分かるのは、もう少し先の事だった。
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