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第十話 向こう側へ

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「やい、リューバン!」

「あぁ?」

 ゆっくりと振り返ったリューバンは、自分を睨むアイーシャの顔を見つけた。アイーシャは顔に怒りを浮かべ、眉間にしわを寄せ鋭い視線で睨んでいる。

「げっ! アイーシャ!」

 リューバンはそう言うと、若い男の首に回していた腕を下ろし一歩アイーシャから離れた。

「何が、げっ、よ! こっちの台詞だわ! 二度とその顔を見せるなって言ったでしょ!」

 激昂するアイーシャに向かい、リューバンはにやついた顔で答える。

「おいおい何か勘違いしてるんじゃねえか……へへ。俺はこの兄さんのために働いているだけだぜ……?」

「で、カモにするんでしょ? 法外な手数料だとか違約金でね!」

「そうなの……?」
 若い男はリューバンとアイーシャの顔を交互に見て、リューバンからゆっくりと離れていく。

「おいおい、兄さん! こいつのいう事を信じちゃいけないぜ! おれはただ親切心からあんたを手伝ってやろうとしてるだけだ! ダンジョンを見に行きたいんだろ? だったらどのみちどっかのパーティに頼まなきゃいけねえし、仲介屋に話を通さねえとうまくいかねえ! 俺はその仕事をしてるだけだ!」

 リューバンはアイーシャを睨み返し人差し指で差す。

「おいアイーシャ! 俺の商売の邪魔するんじゃねえよ! これ以上邪魔するってんなら……!」

 リューバンの後ろに並んでいる冒険者たちがそれぞれ武器に手をかけてすごんでくる。だがアイーシャは一歩もひるまずに言い返す。

「商売? はっ! 笑わせんじゃないわよ! 詐欺師風情がまっとうな人間の真似しようったって土台無理な話よ! 顔を見て見なさい! 私は怪しい者ですって書いてあるわ!」

「な、なにおう?! 言わせておけば!」

「やる気? いいわ、相手になってやるわ!」

 アイーシャは持っていたメイスをひっくり返し先端部分を握る。そして大きく振りかぶり、リューバンの頭を握りの方で殴った。

「いてえっ! くそっ、何しやが、ぐおっ!」

 続けざまに振り下ろしたメイスの石突でリューバンのみぞおちを突く。リューバンは腹を押さえて後ろに下がる。居並ぶ冒険者たちは突然の事に狼狽しているようだった。

「お、おい! 何するんだ! 暴力は良くないぞ!」
「そうだ! 落ち着いて話せ!」

 冒険者たちが言うが、アイーシャの怒りは収まらない。

「落ち着いて話せ? さんぴんどもは黙ってろ!」

 アイーシャは走り寄り、四人の冒険者の頭も順番に殴っていった。それぞれ兜をかぶっていたが、ガンガンと音が響き表面が少しへこんでいた。

「うわ、この女凶暴だぞ!」
「やってられるか!」
「ひぃ! 怖い女!」

 冒険者たちはアイーシャの剣幕に押されて逃げていく。後にはリューバン一人が残された。

「お、おい! 俺を置いていくんじゃねえ! 薄情者……!」

 リューバンは逃げた冒険者たちに向かって叫ぶが、その姿は人ごみに紛れて分からなくなった。そして背後からの視線に気づき、ゆっくりと振り返る。

「へ、へへ……大した腕だな……僧侶じゃなくて戦士でも通りそうなもんだ……」
 へつらうような笑みを浮かべてリューバンが言った。

「うっさい! お前も消えろ!」

 アイーシャが再びメイスを振りかぶると、リューバンはアイーシャに背を向けて逃げ出した。その尻に蹴りを入れ、アイーシャはリューバンに向かって言う。

「二度と顔見せるんじゃないわよ! 今度見たら顔の形が変わるくらいひっぱたいてやる!」

 リューバンは転びそうになりながら走り、人ごみの中に逃げ込んで姿を消した。アイーシャの周りの冒険者たちは見世物のように様子を見ていたが、アイーシャに睨まれて皆歩き去っていった。

「まったく……どうせまた別の所でおんなじことするんでしょうね。本当に頭をかち割ってやろうかしら……」

「あ、あの……」

「何!」

 アイーシャが声の方を見ながら睨むと、それはリューバンに絡まれていた若い男だった。歳はアイーシャより少し上、二十代に見えた。黒髪で肌は薄い褐色、黄色っぽい。この国では珍しい人種だった。南方の人間のようだった。

「助けてくれてありがとうございます……」

「ああ、別に……」

 そう言えばこの男を助けようとしたのだったとアイーシャは思い出した。リューバンへの怒りで忘れていた。
 しかしどうも気の弱そうな男だ。こういうやつは何度も同じ目にあいそうだ。なよなよした男は、アイーシャはあまり好きではなかった。

「この辺にはああいう奴が多い。せいぜい気を付ける事ね! あら、ブレン。列で待ってろって言ったのに」

 ブレンがアイーシャの分のリュックを腹で抱えながら立っていた。

「順番が来てしまった。早く行かないと」

「あら、そうなの? じゃ、早く行きましょ」

 アイーシャは列に戻ろうと歩いていく。しかし、後ろからさっきの男が声をかけてきた。

「その手の紋様……君たちはそれを知っているのか?!」

「えっ?」

 アイーシャとブレンは振り返る。男はブレンの右手を見つめていた。

「それはBlenderのロゴ……どうして君たちがそれを……?!」

 アイーシャとブレンは顔を見合わせる。ぶれんだー? ブレンの謎を知っている?! この若い男は……一体何を知っているというのだろうか?
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