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第三話 成果
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三日後、私は大場少尉の部屋に呼ばれ、私が撮った動画の説明を受けていた。それは、地殻獣の進化に関する説明だった。
「これが……その時の映像なんですか?」
カーテンを閉め暗くなった部屋の壁に、プロジェクターで動画が投影されている。部屋に漂う香のような匂いを嗅ぎながら、私は少し粗い映像に目を凝らした。
「そうです。拡散態地殻獣の形状は球体型ですが、ほらここ……」
大場少尉は動画を一時停止した。映像がぶれていてあまり鮮明ではないが、地殻獣の形状が変形しているのだという。
「以前より一部の兵士の間では言われていたんです。ちゃんと弾芯が当たっているのに、劈開しない地殻獣がいると。単に射撃精度の問題かと思っていたんですが……地殻獣が形状を変形させていたんです。弾丸の方向に対して、少し斜めに」
「はあ」
「戦車の装甲なども砲弾に対して斜めになる様に傾斜をつけて作られています。避弾経始という考えですが、地殻獣もこれを取り入れたようです。進化しているわけですな」
大場少尉は言い終わると、動画の再生ボタンを押した。兵士が削撃銃を撃ち、それが弾かれている。そこでまた、大場少尉は映像を止めた。
「ここですよ」
大場少尉はパソコンを操作し、映像の地殻獣の部分をキャプチャーした。それを別の文書ソフトに張り付け、また動画に戻って別のシーンをキャプチャーし、それもさっきの文書ソフトに貼り付けた。そして、二つの地殻獣のキャプチャー画像が並んだ。
「解析によれば直径が少し変化しています。被弾前はほぼ球形ですが、被弾直後は楕円に近い。左右の面に角度がついて、少し尖ったようになっている。そろばんの玉と言えば分かりますかな?」
「そろばんの玉……いえ、すいません。見た事がないもので」
「ふむ。まあとにかく、弾丸に対して斜めになる様に地殻獣は変形しているわけです。その為、より中心部分に近い位置に弾着しないと、容易に弾かれてしまう。これまでは多少左右にそれていても効果があったようですが、現在はより精度の高い射撃が求められるわけですな」
映像は再生が続いているが、部屋の照明がついて見えにくくなった。私は壁から大場少尉の方に椅子を向け直した。
少尉の机の上にはガス警報器があり、緑色が灯っていた。この部屋は、多分ブルーガスの脅威から最も遠い部屋だ。陽圧になっているし、三階にあるから仮に直下で地裂が起きても、この部屋への影響は小さいだろう。
部屋の隅では観葉植物が青々と葉っぱを茂らせていた。食用や医療用以外の植物を見るのは久しぶりだった。こざっぱりとした少尉の様子は、まるで地殻獣がいなかった頃の世界から飛び出してきたかのようだった。この部屋に流れている時間が、部屋の外と同じだとは思えなかった。
「四十五分程の映像でしたが、これが役に立ったわけです。戦場記録班としてあなたは素晴らしい働きをしてくれた! いや、これは勲章ものですよ!」
「そう……なんですかね」
勲章と言われても、ピンとこなかった。戦場で兵士として戦っているのなら勲章をもらう機会もあるようだが、事務方だとそういうのとは縁遠い。大場少尉の部屋にはいくつか勲章が飾ってあるようだが、それが何なのかは分からなかった。私は民間人出身で最初から軍属だったわけではないので、尚の事階級だとか功績には疎い。
「ここ数か月、目に見えて弾丸の使用数量が増えていました。それに負傷する兵士も多くなっていた。撃っても劈開しないから、つい近づいて撃とうとする。そこを地殻獣にとびかかられるわけですな。約千度、一〇〇キロを超える固まりがのしかかってくるわけですから、これはたまりませんな」
「はい。そうですね……」
三日前の戦闘では、第四部隊から負傷者は出ていなかった。もちろん死者も。
しかし昨日、私にとって二度目の出撃があり、二人が負傷した。一人は軽症だが、もう一人は重傷。ひどい火傷で、恐らく両足を切断することになるだろうと聞いた。
大場少尉が言ったように、トレンチ・エキスカベータが近づいてきて時間が無くなったところで、四発撃っても地殻獣が死なないから、焦って近づきすぎたのだ。飛び掛かられ、両足に乗られて骨折、そしてひどい火傷を負った。
彼は足を止めて撃っていたらしい。これも動画を撮って改めて分かったことだが、動かずに撃っていると地殻獣は飛び掛かってくる傾向が強くなる。二回の出撃で撮った動画の分だけでも、飛び掛かられたのは決まって動かずに撃っていた兵士だった。当たらない、当たっても殺せない。だからより正確に狙おうとして、動きながら撃つという鉄則を忘れてしまう。地殻獣との戦いの当初から言われている事ではあったが、やはり動きながらでないと危険度が高まるようだった。
そんな事が今更分かったのか? 二年間何をしていたんだ? そんな気持ちがよぎるが、大場少尉に問いただすことはしなかった。
要するに、人類にはもう余裕がなかったのだ。
地裂が現れ、ブルーガスが噴出し、最初の一か月で百万人ほどが死んだ。半年で五億人が死に、一年で二十億人が死んだ。それ以降の被害は分かっていない。発電網や通信インフラが被害を受け、孤立する都市や国家が出始めたからだ。宇宙ステーションにいた人たちは、地球に戻ることもできずに餓死したという。
恐らく最初の段階では、持てる技術を総動員して戦っていただろう。しかしその段階では、地殻獣の拡散態はまだ現れておらず、人間に飛び掛かってくるような事もなかった。地裂をいかに封印するかということだけが問題であり、拡散態との戦い方を工夫する必要はなかった。そして地裂による被害が拡大し、あらゆる資源を消耗し、技術も人も失われ、かろうじて生き残っているという状態で拡散態の相手をしなければならなくなったのだ。
後から、こうすればよかったのにと言うことは容易いが、今回の動画による解析にしても、もう高性能なカメラはどこにも残っていないのだろう。車両などに積んでリアルタイムで分析するとか、ドローンで撮るとか、そういう事ができるだけの技術が失われてしまったのだ。
だから思い付きでも、我々は新しいことをやっていかないと、ただ負け続けるだけだ。あるもので戦うしかない。
「この半年、我々は地殻獣の侵攻に対して打撃を与え続けてきた。恐らく世界的にもそうだろう。削撃銃が開発され、我々は地殻獣に対抗できるようになった。だがそれが……地殻獣の進化を促したのだろう。君の仕事は、その進化を映像に捉えることでもある」
「はい、分かっています」
実感はなかったが、さっき見せられた映像でよく分かった。前線の兵士たちは目隠しされて戦っているようなものだ。その目の代わりを、私が努めなければならない。
「戦場記録班は随時増員している。君だけではなく、他の者が撮る映像も、きっと役に立つはずだ。今後も任務に邁進してくれたまえ」
「はい、了解しました」
ぎこちない敬礼をし、少尉の部屋を出ていく。
少尉の部屋の香の匂いは、線香の匂いだったのかもしれない。ふと、そんなことを思った。
「これが……その時の映像なんですか?」
カーテンを閉め暗くなった部屋の壁に、プロジェクターで動画が投影されている。部屋に漂う香のような匂いを嗅ぎながら、私は少し粗い映像に目を凝らした。
「そうです。拡散態地殻獣の形状は球体型ですが、ほらここ……」
大場少尉は動画を一時停止した。映像がぶれていてあまり鮮明ではないが、地殻獣の形状が変形しているのだという。
「以前より一部の兵士の間では言われていたんです。ちゃんと弾芯が当たっているのに、劈開しない地殻獣がいると。単に射撃精度の問題かと思っていたんですが……地殻獣が形状を変形させていたんです。弾丸の方向に対して、少し斜めに」
「はあ」
「戦車の装甲なども砲弾に対して斜めになる様に傾斜をつけて作られています。避弾経始という考えですが、地殻獣もこれを取り入れたようです。進化しているわけですな」
大場少尉は言い終わると、動画の再生ボタンを押した。兵士が削撃銃を撃ち、それが弾かれている。そこでまた、大場少尉は映像を止めた。
「ここですよ」
大場少尉はパソコンを操作し、映像の地殻獣の部分をキャプチャーした。それを別の文書ソフトに張り付け、また動画に戻って別のシーンをキャプチャーし、それもさっきの文書ソフトに貼り付けた。そして、二つの地殻獣のキャプチャー画像が並んだ。
「解析によれば直径が少し変化しています。被弾前はほぼ球形ですが、被弾直後は楕円に近い。左右の面に角度がついて、少し尖ったようになっている。そろばんの玉と言えば分かりますかな?」
「そろばんの玉……いえ、すいません。見た事がないもので」
「ふむ。まあとにかく、弾丸に対して斜めになる様に地殻獣は変形しているわけです。その為、より中心部分に近い位置に弾着しないと、容易に弾かれてしまう。これまでは多少左右にそれていても効果があったようですが、現在はより精度の高い射撃が求められるわけですな」
映像は再生が続いているが、部屋の照明がついて見えにくくなった。私は壁から大場少尉の方に椅子を向け直した。
少尉の机の上にはガス警報器があり、緑色が灯っていた。この部屋は、多分ブルーガスの脅威から最も遠い部屋だ。陽圧になっているし、三階にあるから仮に直下で地裂が起きても、この部屋への影響は小さいだろう。
部屋の隅では観葉植物が青々と葉っぱを茂らせていた。食用や医療用以外の植物を見るのは久しぶりだった。こざっぱりとした少尉の様子は、まるで地殻獣がいなかった頃の世界から飛び出してきたかのようだった。この部屋に流れている時間が、部屋の外と同じだとは思えなかった。
「四十五分程の映像でしたが、これが役に立ったわけです。戦場記録班としてあなたは素晴らしい働きをしてくれた! いや、これは勲章ものですよ!」
「そう……なんですかね」
勲章と言われても、ピンとこなかった。戦場で兵士として戦っているのなら勲章をもらう機会もあるようだが、事務方だとそういうのとは縁遠い。大場少尉の部屋にはいくつか勲章が飾ってあるようだが、それが何なのかは分からなかった。私は民間人出身で最初から軍属だったわけではないので、尚の事階級だとか功績には疎い。
「ここ数か月、目に見えて弾丸の使用数量が増えていました。それに負傷する兵士も多くなっていた。撃っても劈開しないから、つい近づいて撃とうとする。そこを地殻獣にとびかかられるわけですな。約千度、一〇〇キロを超える固まりがのしかかってくるわけですから、これはたまりませんな」
「はい。そうですね……」
三日前の戦闘では、第四部隊から負傷者は出ていなかった。もちろん死者も。
しかし昨日、私にとって二度目の出撃があり、二人が負傷した。一人は軽症だが、もう一人は重傷。ひどい火傷で、恐らく両足を切断することになるだろうと聞いた。
大場少尉が言ったように、トレンチ・エキスカベータが近づいてきて時間が無くなったところで、四発撃っても地殻獣が死なないから、焦って近づきすぎたのだ。飛び掛かられ、両足に乗られて骨折、そしてひどい火傷を負った。
彼は足を止めて撃っていたらしい。これも動画を撮って改めて分かったことだが、動かずに撃っていると地殻獣は飛び掛かってくる傾向が強くなる。二回の出撃で撮った動画の分だけでも、飛び掛かられたのは決まって動かずに撃っていた兵士だった。当たらない、当たっても殺せない。だからより正確に狙おうとして、動きながら撃つという鉄則を忘れてしまう。地殻獣との戦いの当初から言われている事ではあったが、やはり動きながらでないと危険度が高まるようだった。
そんな事が今更分かったのか? 二年間何をしていたんだ? そんな気持ちがよぎるが、大場少尉に問いただすことはしなかった。
要するに、人類にはもう余裕がなかったのだ。
地裂が現れ、ブルーガスが噴出し、最初の一か月で百万人ほどが死んだ。半年で五億人が死に、一年で二十億人が死んだ。それ以降の被害は分かっていない。発電網や通信インフラが被害を受け、孤立する都市や国家が出始めたからだ。宇宙ステーションにいた人たちは、地球に戻ることもできずに餓死したという。
恐らく最初の段階では、持てる技術を総動員して戦っていただろう。しかしその段階では、地殻獣の拡散態はまだ現れておらず、人間に飛び掛かってくるような事もなかった。地裂をいかに封印するかということだけが問題であり、拡散態との戦い方を工夫する必要はなかった。そして地裂による被害が拡大し、あらゆる資源を消耗し、技術も人も失われ、かろうじて生き残っているという状態で拡散態の相手をしなければならなくなったのだ。
後から、こうすればよかったのにと言うことは容易いが、今回の動画による解析にしても、もう高性能なカメラはどこにも残っていないのだろう。車両などに積んでリアルタイムで分析するとか、ドローンで撮るとか、そういう事ができるだけの技術が失われてしまったのだ。
だから思い付きでも、我々は新しいことをやっていかないと、ただ負け続けるだけだ。あるもので戦うしかない。
「この半年、我々は地殻獣の侵攻に対して打撃を与え続けてきた。恐らく世界的にもそうだろう。削撃銃が開発され、我々は地殻獣に対抗できるようになった。だがそれが……地殻獣の進化を促したのだろう。君の仕事は、その進化を映像に捉えることでもある」
「はい、分かっています」
実感はなかったが、さっき見せられた映像でよく分かった。前線の兵士たちは目隠しされて戦っているようなものだ。その目の代わりを、私が努めなければならない。
「戦場記録班は随時増員している。君だけではなく、他の者が撮る映像も、きっと役に立つはずだ。今後も任務に邁進してくれたまえ」
「はい、了解しました」
ぎこちない敬礼をし、少尉の部屋を出ていく。
少尉の部屋の香の匂いは、線香の匂いだったのかもしれない。ふと、そんなことを思った。
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