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1章「ドラゴン、人間界へ」
女神の思い
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「そのような態度…ハァ、魔王には再教育が必要なようです。では必要なことだけ言いますね」
湖から上がってきた女神は、尻餅をついたままのオレを見下しながら言った。
…このままの体制で話し続けるのか?
「まず、人間界の状況ですね。魔王城で書類仕事のみ任されていた貴方ではわからないでしょうから」
「ぐっ…」
…非常に悔しいが事実だ。
「貴方たち魔王及び魔王軍によって人間界が支配されてるのは知ってますよね?」
「そりゃ…もちろん知ってるさ」
勇者が眠っている間に、オレたち魔王軍はたくさんの困難に立ち向かった。
まずは、勇者の身柄の確保。
魔女が隙を狙って眠らせたのはいいが、彼女を人間たちや聖職者に身が渡れば…すぐに起きてしまう可能性があった。そのため、オレを筆頭とする魔王軍四番隊及び二番隊が命懸けで勇者を手にしたのである。
それから先は言わずもがな。勇者がいない王国など、魔王にとって格好の獲物だ。
「ならば話は早いですね。今や人間界全てが魔王の手にありますが、一部では反乱が起き、大半の国や集落は逆転の好機を狙っています」
「…じゃあ、勇者の存在がバレたら」
「察しがいいですね。勇者の身柄が人間に渡れば、絶好のチャンスと言わんばかりに各地で反乱は起きまくり、味方のモンスターは殺されまくり、です」
「そこまでは想像したくなかったが…」
…そこで、オレの中に一つの疑問が芽生えた。
「待てよ、それがイイんじゃねぇか?」
「…どういうことです?」
「この眠ってやがる勇者を民衆に渡せば…誰か聖職者が起こしてくれる。オレは魔王城に戻ってもう一度勇者達と戦う。そして女神のお前は満足する。…なら、バレた方がイイんじゃねぇの?」
「…それはできません」
「は…?」
さっきまで強気だった女神の顔が一気に青くなり、周りの動物も彼女の異変に気づいたのか大量に寄ってくる。子鹿に威嚇されて、オレは慌てて女神と距離を取った。
「だって…人間にとって大切なのは「勇者の存在」であって「勇者そのもの」は、どうでもいいんですよ」
「待て、聞いても全く理解できねぇよ!?」
「勇者が眠っている期間を覚えていますか?」
彼女は質問には答えない。ただ、身体が震えている。その恐怖に合わせて森の木々も怯える。
「オレは勇者が眠った瞬間に居合わせた。確か…七年前ぐらいか?」
「いいえ、八年です。…八年もの間に蓄積された人々の憂い、憎しみ、悲しみ…勇者が今更戻ってきたところで、どうにもならないッ!!」
女神が悲痛に叫んだ瞬間、女神を囲んでいた小動物たちは逃げ去っていく。
「…すみません。人間たちの感情に、人類の味方である女神の私も…影響されやすいのです」
その場に力無く座り込んだ女神が心配になり、オレは思わず棺を置いて、女神に近寄った。
「とにかく…普通の人間に勇者を渡してはいけません。…このように今、平民の中では勇者を悪とする考えも広まっています…彼女を、守ってあげて」
…元々はやる気がない任務だった。
色々言い返したいことはあったのに、言葉にできず、自然と「承認」を口にした。
「…あぁ、わかった」
「ぐがー!!!!!!!!!!」
…と、そこに。
ありえないぐらい間抜けなイビキが聞こえた。
「…無駄話が過ぎましたね。バハムート、なぜ勇者と離れているのです。さっさと彼女を背負いなさい、危ないでしょう。背負いたくないのなら棺を引きずってもいいです」
「おい、素に戻るのが早すぎないか?」
「黙りなさい」
あっという間に元の調子に戻った女神が次々に指示してきた。
…女神に聞きたいことは沢山あった。
この八年の間、あれほど人間の負の感情に影響を受けてもなお、なぜ女神自らが勇者を起こしにこなかったのか。
なぜ女神は勇者を起こさない、いや起こせないのか。
勇者をそもそも起こすことができるのか───
「この森を抜けた先に集落があります。そこで一晩暮らし、人の営みを見るといいでしょう。いいですね、一晩のみです。棺の中身は必ず見られないように。二人とも正体は絶対に知られてはいけませんよ」
「わかった、わかったから…」
「そして、夜が更けて明日になったらまた早急にこの湖へ来てください。わかりましたね?」
「わかりましたよ女神様っと…なぁ、行く前に少し言いたいことあるんだけどさ」
棺を背負い直して、湖に戻ろうとする女神に背を向けたまま言う。
「なんですか」
「オレの人間嫌いは変わらないぜ。人間に味方するアンタはもっと気に入らない」
「そうですか」
「でもさ、アンタは勇者を目覚めさせる役目として第一にオレを指名した。何か理由がある、そうだろ?」
「なっ…!」
反論はさせずに「あの魔女から聞いたんだ」と続けて
「どういう意図で、どんな嫌がらせかはどうでもいいけどよ…アンタ、オレが勇者を起こしたら、魔王軍に入れ!」
「いっ、言っている意味がわかりません」
振り向くと、女神はあっけとられた顔をしていた。そのツラが面白くて、オレはちょっと笑った。
「この魔王軍四天王が勇者を…人間様を、そしてアンタを救ってやる。その後は勇者が反撃に来るだろ?なら戦力は欲しい」
ただそれだけだ、と念を押した後、今度こそオレは背中の勇者と歩き出した。
「…そうね、考えておくわ。
…ありがとう、バハムート」
少し掠れた、蚊の鳴くような声だったが、オレはちゃんと聞き逃さなかった。
…彼女はどうせ、人間の味方をするだろうのだから、敵に送る塩はこれで十分だ。
あの女神様がどんなツラをしているか想像しながら、人間が住む集落へ向かう。
夜はもうすぐだ。
「ぐがぁー!!!!!!!!!!!」
「お前はうっせぇよ!少しは空気読め!」
湖から上がってきた女神は、尻餅をついたままのオレを見下しながら言った。
…このままの体制で話し続けるのか?
「まず、人間界の状況ですね。魔王城で書類仕事のみ任されていた貴方ではわからないでしょうから」
「ぐっ…」
…非常に悔しいが事実だ。
「貴方たち魔王及び魔王軍によって人間界が支配されてるのは知ってますよね?」
「そりゃ…もちろん知ってるさ」
勇者が眠っている間に、オレたち魔王軍はたくさんの困難に立ち向かった。
まずは、勇者の身柄の確保。
魔女が隙を狙って眠らせたのはいいが、彼女を人間たちや聖職者に身が渡れば…すぐに起きてしまう可能性があった。そのため、オレを筆頭とする魔王軍四番隊及び二番隊が命懸けで勇者を手にしたのである。
それから先は言わずもがな。勇者がいない王国など、魔王にとって格好の獲物だ。
「ならば話は早いですね。今や人間界全てが魔王の手にありますが、一部では反乱が起き、大半の国や集落は逆転の好機を狙っています」
「…じゃあ、勇者の存在がバレたら」
「察しがいいですね。勇者の身柄が人間に渡れば、絶好のチャンスと言わんばかりに各地で反乱は起きまくり、味方のモンスターは殺されまくり、です」
「そこまでは想像したくなかったが…」
…そこで、オレの中に一つの疑問が芽生えた。
「待てよ、それがイイんじゃねぇか?」
「…どういうことです?」
「この眠ってやがる勇者を民衆に渡せば…誰か聖職者が起こしてくれる。オレは魔王城に戻ってもう一度勇者達と戦う。そして女神のお前は満足する。…なら、バレた方がイイんじゃねぇの?」
「…それはできません」
「は…?」
さっきまで強気だった女神の顔が一気に青くなり、周りの動物も彼女の異変に気づいたのか大量に寄ってくる。子鹿に威嚇されて、オレは慌てて女神と距離を取った。
「だって…人間にとって大切なのは「勇者の存在」であって「勇者そのもの」は、どうでもいいんですよ」
「待て、聞いても全く理解できねぇよ!?」
「勇者が眠っている期間を覚えていますか?」
彼女は質問には答えない。ただ、身体が震えている。その恐怖に合わせて森の木々も怯える。
「オレは勇者が眠った瞬間に居合わせた。確か…七年前ぐらいか?」
「いいえ、八年です。…八年もの間に蓄積された人々の憂い、憎しみ、悲しみ…勇者が今更戻ってきたところで、どうにもならないッ!!」
女神が悲痛に叫んだ瞬間、女神を囲んでいた小動物たちは逃げ去っていく。
「…すみません。人間たちの感情に、人類の味方である女神の私も…影響されやすいのです」
その場に力無く座り込んだ女神が心配になり、オレは思わず棺を置いて、女神に近寄った。
「とにかく…普通の人間に勇者を渡してはいけません。…このように今、平民の中では勇者を悪とする考えも広まっています…彼女を、守ってあげて」
…元々はやる気がない任務だった。
色々言い返したいことはあったのに、言葉にできず、自然と「承認」を口にした。
「…あぁ、わかった」
「ぐがー!!!!!!!!!!」
…と、そこに。
ありえないぐらい間抜けなイビキが聞こえた。
「…無駄話が過ぎましたね。バハムート、なぜ勇者と離れているのです。さっさと彼女を背負いなさい、危ないでしょう。背負いたくないのなら棺を引きずってもいいです」
「おい、素に戻るのが早すぎないか?」
「黙りなさい」
あっという間に元の調子に戻った女神が次々に指示してきた。
…女神に聞きたいことは沢山あった。
この八年の間、あれほど人間の負の感情に影響を受けてもなお、なぜ女神自らが勇者を起こしにこなかったのか。
なぜ女神は勇者を起こさない、いや起こせないのか。
勇者をそもそも起こすことができるのか───
「この森を抜けた先に集落があります。そこで一晩暮らし、人の営みを見るといいでしょう。いいですね、一晩のみです。棺の中身は必ず見られないように。二人とも正体は絶対に知られてはいけませんよ」
「わかった、わかったから…」
「そして、夜が更けて明日になったらまた早急にこの湖へ来てください。わかりましたね?」
「わかりましたよ女神様っと…なぁ、行く前に少し言いたいことあるんだけどさ」
棺を背負い直して、湖に戻ろうとする女神に背を向けたまま言う。
「なんですか」
「オレの人間嫌いは変わらないぜ。人間に味方するアンタはもっと気に入らない」
「そうですか」
「でもさ、アンタは勇者を目覚めさせる役目として第一にオレを指名した。何か理由がある、そうだろ?」
「なっ…!」
反論はさせずに「あの魔女から聞いたんだ」と続けて
「どういう意図で、どんな嫌がらせかはどうでもいいけどよ…アンタ、オレが勇者を起こしたら、魔王軍に入れ!」
「いっ、言っている意味がわかりません」
振り向くと、女神はあっけとられた顔をしていた。そのツラが面白くて、オレはちょっと笑った。
「この魔王軍四天王が勇者を…人間様を、そしてアンタを救ってやる。その後は勇者が反撃に来るだろ?なら戦力は欲しい」
ただそれだけだ、と念を押した後、今度こそオレは背中の勇者と歩き出した。
「…そうね、考えておくわ。
…ありがとう、バハムート」
少し掠れた、蚊の鳴くような声だったが、オレはちゃんと聞き逃さなかった。
…彼女はどうせ、人間の味方をするだろうのだから、敵に送る塩はこれで十分だ。
あの女神様がどんなツラをしているか想像しながら、人間が住む集落へ向かう。
夜はもうすぐだ。
「ぐがぁー!!!!!!!!!!!」
「お前はうっせぇよ!少しは空気読め!」
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