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3話 三上と安藤
しおりを挟むその日、渚はいつもより早く目を覚ましいつもより長くテーブルの前に座り鏡を見つめていた。ピンクの化粧ポーチから次々と取り出してはしまう、その繰り返しだった。
テレビからは坦々とニュースキャスターがニュースを読み上げVTRが流れている。しかし渚の耳は全く届いていなかった。プツンとリモコンでテレビを消し荷物をまとめると家を後にした。
この一週間、渚は今日が待ち遠しかった。休日は少し遠出をして化粧品や洋服を買いに行き仕事の合間もずっと彼の事を考えていた。一瞬しか見えなかった彼の顔、その不鮮明さがまた渚の気持ちを高めていた。食べ物だって気をつかい少しでも体重が減った昨日はガッツポーズをして喜んだ。
先週、店で見た彼に渚は一目惚れをしていた。高校の時の記憶が蘇ってはいたがこの気持ちは抑えきれなかった。
今日、彼がまた店に来るかは分からない。でもまた来たとしたら話しかけてみよう、そんな事を考えながらいつもの道を歩いた。
「いらっしゃい」
軽く会釈をする渚は店主と話していた男性を視界に捉え高まる気持ちを抑えながらいつもとは違う男性の座る席の隣を一つ空けその隣に席に着いた。いわゆる他人との距離だ。ササっと身だしなみを整えて店主の運んでくるコーヒーを受け取った。軽くお辞儀する。
隣で聞こえてくる話し声に耳を澄ませる。些細な世間話で盛り上がる二人。不意に店主の口から
「そういえば渚ちゃんも好きだったよね」
二人の男性の視線が渚に移り、少しばかり困惑したがにこやかに、はい、と答え二人の話に入ることになった。
渚はこの時初めて彼の名を知った。
「安藤 悠斗です、よろしく」
三上によく似た安藤はコーヒーカップを回しながら渚に微笑んだ。それからというものいつもとは比べ物にならない程早く過ぎる時間を惜しみながらも安藤に別れを告げ会社に向かおうとした渚に
「来週もここに来るよ」
そう言って手を振っている安藤に手を振り返し渚は店を後にした。
なんていい日なんだろう。安藤さん、良い人そうだな。三上君じゃなかったけど。来週は連絡先とか交換できるかな?さっきまではコーヒーの話や実家で飼っているチワワの話など今まであまり他人と話さなかった事が妙に楽しかった。
その晩、渚の携帯に高校の友人からメッセージが届いた。
ー今週の土曜日、久し振りに集まろうー
そんな簡単なメッセージだったが渚は喜んで返事をする。
高校を卒業してすぐに一人暮らしを始め、地元に帰ってもあまり友達と会う事はなかった、実に彼女達に会うのは5年振りだった。高校の時の顔を思い浮かべたが、きっとみんな変わってるだろう、そんな些細な事を思いながら渚は眠りについた。
土曜日はあいにくの雨で湿気がひどかった。前日から天気が崩れ朝から本格的に降り出していたためだ。待ち合わせは19時に駅の近くの居酒屋だった。仕事は夕方より前に切り上げ家に戻りシャワーを浴び、着替え直した。多少は服装も気にはしたが安藤に会う、という程でもなく湿気でくるりと曲がった毛先もあまり気にする事なく、手際よく準備を終えた。
まだ30分くらいあるかな
ソファーに深く腰をかけ手帳を開いた。その中から写真を取り出す。あの時の写真。
「安藤悠人...か。」
放った言葉が宙に消えていく。窓の外からはザーッと絶え間ない雨の音が鳴っている。思えば電気もつけないで支度していたのか。日も沈み始め暗い部屋で1人、渚はため息をついた。
「さあ、行こっかな」
カラカラと扉を開けると一気にガヤガヤとした空気があふれ出してくる。縮こまっている渚を見つけ、アルバイトの女の子が駆け寄ってくる。
「いらっしゃいませ。一名様ですか?」
「あっ、いや予約してるんですけど」
申し訳ありません、と頭を下げレジの予約リストに目を通すと懐かしい友達の名前をいい店の奥へと案内してくれた。
「あー、渚!」
個室の障子を開けると既に懐かしの友達3人が座っていた。
「ごめん、遅れちゃって」
そそくさとビールを脱ぐと空いている席に座る。さっきの女の子がおしぼりを置きその場を後にする。その瞬間、隣の梨沙が抱きつく。梨沙は元々中学校からの付き合いでいつも一緒にいたような気がするだけあってこの会わなかった5年という時間は梨沙にとって長かったはずだ。
「渚ー、あんたがどっかいっちゃったから寂しかったんだよー。」
あはは、と笑いながら他の2人からメニューを受け取る。
「じゃあ生で...。」
「えー、じゃあ渚。」
かれこれ1時間すっかりみんな出来上がってきている。
「彼氏いないの?」
ピクリと肩が上がる。他の3人は話の流れで大体いるのは分かった。
「う、うん。仕事とかで忙しかったし」
「そう言えばあんたが高校の時に好きだった...えっと何くんだっけ?」
「渚って好きな人いたの?」
自然に3人の視線が集まる。恥ずかしげに目線を下げるが渋々
「三上くん。」
そう言うと、あー、と一斉に3人が手を叩き顔を見合わせた。高校の時にこの3人には相談したが結局誰も三上を見つける事が出来なかった。
「でも、そう言えば去年だっけ?友達と飲んでる時にその三上って子を知ってる子がいてさ」
「え?」
アルコールでフワフワしていた頭に電流のようなものが流れた。目の色を変え梨沙にグイッと近づく。
「で、なんか分かったの?」
「んー、なんだっけ?」
とぼけた目で梨沙の前に座っている綾にバトンが渡される。
「そう言えば三上っていう名前がこっちに来てすぐに変わっちゃったって聞いたよ。変わってからは...えっと?」
さらに綾の隣の由紀子に回される。渚が目で追う。
「確か。」
「安藤だっけ?」
「...えっ?」
その瞬間自分の中の何かが弾けた。て事はあの人は。あの日出会った安藤悠人の顔が浮かぶ。
ー来週もここに来るよ。ー
顔が沸騰するかと思うくらい熱い。すっかり冷えたおしぼりを顔に押し付ける。この際化粧なんてどうでもいい。とにかく今はこの火照りを沈めたい。
「えー、でも何かずっと体悪くて入院生活って噂もあるのよね、よくは知らないけど。それになんか都会の大っきい総合病院にいるとかどうとか?」
笑いながらまた違う話になる。
「...入院。」
違うか、こんな偶然。不覚にも取り乱してしまった。ささっと髪を直すと目の前のグラスを口に運んだ。
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*作者ご都合主義の世界観でのフィクションです
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