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3話 新学期
しおりを挟む4月1日
今日は生憎の雨。せっかくの入学式が台無しだな。そんな事を思いながら1人、部室でネクタイを通す。サークルの代表として入学式のスタッフとして朝早く、しかもスーツで駆り出されたのだ。
「しんどいな」
ーこんな事なら、やります。なんて言わなければよかったー
そうボソッとつぶやいた時、部室のドアが開き副代表の沙耶香が現れた。既に険しい表情をしている。
「おっす」
そう言って俺の前を通ると深々とソファーに腰を下ろし大きなため息を落とす。沙耶香のスーツと髪には水滴がぎっしりと付いている。
「沙耶香、今日歩き?」
「いや、チャリンコ」
ーこんな雨の中チャリってー
元々男勝りでしっかりとしている沙耶香は代替わりしてから頼りない代表の俺をとてもよく支えてくれている。感謝してもしきれない。そしてこの雨の中チャリで学校まで来る度胸には関心を通り越して呆れるほどである。
「ネクタイってこれでいいかな?」
数分格闘した末のネクタイは若干いがんでいる。それは分かっていた。これ以上自分では出来ないから君に直して欲しいんだよ。
「うーん、若干いがんでいる。」
ー知ってる、そう言うと思ってたー
沙耶香が立ち上がり俺のネクタイを緩め、形を整え締め直す。これでよし。と言って開けたばかりの菓子パンを食べていた。
「ありがとう、それ食べ終わったら行こっか」
今は8時半、他の部員が勧誘のために部室に集まるのは10時、後2時間で元彼女と会う事になる。新入生を迎い入れるというのに俺の気持ちは違う事でいっぱいになっていた。軽く説明を受け自分の持ち場に着くと早速1組の親子が現れた。ふてぶてしい息子と目が合い手を後ろに回し頭を下げる。
「おはようございます、入学おめでとうございます」
ーめんどくさいなー
恐ろしいほどの愛想笑いで人の波をさばいていく。誘導しているのに違う方向にいく人や写真撮影を頼むもの、駐車場の場所を聞いてくるもの、挙げ句の果てにはお金を貸してくれと言う奴もいた。そうこうして式の開始10分前にはすっかり人通りはほとんど無くなっていた。道を挟んだ所にいた沙耶香が合間をぬってこちらにやってくる。
「顔、怖いよ」
ーばれたー
「うるさいな、元々こんなだよ」
「私も疲れた。もう終わりっぽいし、帰ろっと」
雨が止んだ。仕事を終え自販機の前でコーヒーを飲んだ。1人プシュッと缶を開け一口暖かいコーヒーを口に含み空を見上げた。曇った空には所々青空が覗いている。ふと今来た道に目をやった。見慣れた人影がこちらに向かって歩いてくる。
「......!」
約半月ぶりだった。さっきまで感じていた緊張とは別の何かが胸に広がってゆく。苦しい。まだ半分は残っているであろうコーヒーを一気に流し込む。当然むせて壁に向かって咳き込んだ。その間に俺たちの距離はゼロに近くなっていた。
「大丈夫?」
すぐ後ろで声がする。
「ああ、全然大丈夫」
ーどうしようー
「久し振りだね、元気?」
「元気だよ、今日はもう疲れてるけど」
クスッと彼女が笑う。思わず見てしまう。
「そんな顔してる、新入生を案内してたんでしょ」
「...そうだけど」
「そういうの苦手だもんね、頑張ったね。お疲れ様」
そう言って俺の頭に手を置く。2、3回頭を撫でると彼女は部室の方に歩いて行った。
ー何なんだ、今のー
大きなため息がこぼれ脇のベンチに崩れ落ちるように座り込んだ。じわりとお尻が染みてはきたがそんな事より今の出来事で俺は頭がいっぱいだった。
「あんな事するなよ」
ーせっかく忘れかけようとしてたのにー
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