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6.お手紙が書けません
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~~なんっとか眠れたわ。あのあと、侍女頭が温かい飲み物を持ってきてくれたおかげで気分が落ち着いたのね。昨日は公爵様の気分を害してしまったようだから、今日こそなんとかしたいところだけれど、結局何も思いつかなかったのよね。
「カレン様、おはようございます。お部屋に入っても宜しいでしょうか?」
「えぇ」
「失礼致します。昨夜はお休みになられましたか?」
「おかげでよく眠れたわ。ありがとう」
「それなら良かったです。朝食はお部屋で召し上がれますか?」
「あとで頂くわ……それよりパーティに出席してくれた方にお礼状を書きたいから筆と紙を用意してくれるかしら?」
「……カレン様が直接書かれるのですか? ご指示頂ければ執事の者が代筆に伺うよう段取り致しますが」
「遠慮してるわけじゃないのよ」
ミリアの反応にそうだったわねと気づく。
カレンの屋敷の者達はそれに慣れすぎて何も言わなくなっていたが、侯爵令嬢が直筆で手紙を、ましてや御礼状を書くなど考えられないことだ。
「あのパーティに参加してくれた皆さんは、急な招待にも関わらず全員が参加してくれていたでしょう?」
通常、婚約パーティーといったお披露目は、招待された側の負担もかなり大きいものになる。お祝いの品選びから主役とかぶらないための衣装準備。事前に余裕をもって招待しなければ参加する数ですら確保出来なくなることもある。だが、今回は婚約からパーティまでの期間があまりにも短かった。
「それは……」
「えぇ、もちろん。公爵様のお力が大きいからこそ出来たことね」
ウェイド公爵様とお近づきになるため。そのような思惑で参加した者が大多数だろう。そして、それが出来るのも参加客の身分が高いからこそ出来る力技でもあった。
「でも、参加する為に色んな人が労力を使ったはずでしょう。ここで私が自ら御礼状を書いて送れば、その屋敷の主人は顔が立つし、機嫌も良くなるはずよ。そうすれば仕える者たちにも労いが届くかもしれないでしょう」
「カレン様……」
書き慣れた手つきで御礼状をしたためていく姿に、これが初めてではないと分かる。順調に書き進めていく邪魔をしないよう退室しようとしたところ、急に手が止まったことに気がつく。
「どうかされましたか?」
「なんでもないわ。少し……1人にしてもらえるかしら?」
「分かりました。ご用があればお呼びくださいませ」
侍女頭が出ていったことを確認したあと、インクで汚れた紙をそっと折りたたむ。
「あっ……ぶなかったですわ。分かってはいましたが、いざエル様宛てで書こうとしたら思わず手が止まってしまいましたわ」
事前に招待客リストとあらかじめ宛名だけ書かれていた封をミリアが用意してくれていた。
もう封を用意していたのね。
御礼状の内容の指示がありしだいすぐに送れるよう段取りされていることに驚いた。
さすがリドル家ね。優秀さが違うわ。他の使用人たちも、まだ婚約者だというのに、扱いはもう妻と同じくらいの礼儀正しさだわ。
あくまでもまだ婚約者。だが、国内でも随一の名家であるリドル家の一員となる以上、誘拐や妻の座を狙った他の家からの刺客などリスクは大きい。その為、婚姻関係を結ぶ前に警備の厳しいこちらの屋敷に移り住むのが最善だと判断された。
婚約破棄はないってことね。まぁまた新たな婚約者を探す手間のかかること、効率重視の公爵様がするはずないわね。そのために私が選ばれたんだから。
深呼吸で落ち着き、もう一度新しい紙に書き直しをする。
エル・ニシェード・ブブブブ………
「手が……震え……落ち着くのです、カレン。エル様へのお手紙は何度も書いてきたではありませんか」
何度も宛名なしでエル様を想っては書いて燃やした届くことのない手紙。
それが、今回は本当に届くんだわ。あの方に。
「どうしましょう。私の触れたところをエル様がお触りになるかもしれないなんて。汗が……手汗が止まりませんわ」
なんとかもう一度書き直した名前が今度は手汗でにじんでしまった。紙はぬれ、これ以上字を書くことが出来なくなる。
ぬわあぁぁぁ~~!? エル様にお届けするお手紙が書けません!!!!
「ミリア、彼女はどこに?」
「旦那様!? おはようございます。カレン様でございましたらまだ客間にいらっしゃいますが」
「そうか、では食事はまだなのだな」
「はい。そうですが御礼状をご自分で書かれるそうで朝食はまだ取られるご様子はありませんでしたよ」
「なんだと!? 彼女には最大級の敬意を持って対応するようにと全員に伝えているはずだが?」
ウェイドの表情は冷たく、屋敷内でこのような圧をかける態度は見たことがない。
「おっ、落ち着いて下さいませ。全員そのように心得ております。カレン様がその方が招待された皆様にお気持ちが伝わるからと……今回のように急な婚約で奔走しただろう私たちのような下働きの者のことまで気づかっておっしゃられているようです」
「何? なぜ使用人のことが出てくるんだ?」
「…………旦那様にお仕えするのが私たちの役目ですので、それを苦に思うことはございません。ですが、全ての貴族に仕える使用人が良い待遇を受けているわけでもありませんので……」
貴族が使用人のことまで気にかける方がおかしい。だからウェイド公爵が理解出来ないと疑問に思うのは自然なことだ。
「う……む、とにかく、君たちが彼女に気を遣わせたわけではないということは分かった」
いつものウェイド公爵の表情に戻りようやく息が出来る。といっても、ほとんど表情は変わらないのだが。
「そういえば……カレン様」
「なんだ? どうしたっ!?」
「少しお疲れが残っているご様子だった気も……」
「っ!?」
「あっ、旦那様どちらに……」
話しかける前には客間の方へと早足でもう姿が見えなくなっていた。
「ふふっ、いつもは朝食など食べる時間も惜しんで執務室にこもられるというのに」
「カレン様、おはようございます。お部屋に入っても宜しいでしょうか?」
「えぇ」
「失礼致します。昨夜はお休みになられましたか?」
「おかげでよく眠れたわ。ありがとう」
「それなら良かったです。朝食はお部屋で召し上がれますか?」
「あとで頂くわ……それよりパーティに出席してくれた方にお礼状を書きたいから筆と紙を用意してくれるかしら?」
「……カレン様が直接書かれるのですか? ご指示頂ければ執事の者が代筆に伺うよう段取り致しますが」
「遠慮してるわけじゃないのよ」
ミリアの反応にそうだったわねと気づく。
カレンの屋敷の者達はそれに慣れすぎて何も言わなくなっていたが、侯爵令嬢が直筆で手紙を、ましてや御礼状を書くなど考えられないことだ。
「あのパーティに参加してくれた皆さんは、急な招待にも関わらず全員が参加してくれていたでしょう?」
通常、婚約パーティーといったお披露目は、招待された側の負担もかなり大きいものになる。お祝いの品選びから主役とかぶらないための衣装準備。事前に余裕をもって招待しなければ参加する数ですら確保出来なくなることもある。だが、今回は婚約からパーティまでの期間があまりにも短かった。
「それは……」
「えぇ、もちろん。公爵様のお力が大きいからこそ出来たことね」
ウェイド公爵様とお近づきになるため。そのような思惑で参加した者が大多数だろう。そして、それが出来るのも参加客の身分が高いからこそ出来る力技でもあった。
「でも、参加する為に色んな人が労力を使ったはずでしょう。ここで私が自ら御礼状を書いて送れば、その屋敷の主人は顔が立つし、機嫌も良くなるはずよ。そうすれば仕える者たちにも労いが届くかもしれないでしょう」
「カレン様……」
書き慣れた手つきで御礼状をしたためていく姿に、これが初めてではないと分かる。順調に書き進めていく邪魔をしないよう退室しようとしたところ、急に手が止まったことに気がつく。
「どうかされましたか?」
「なんでもないわ。少し……1人にしてもらえるかしら?」
「分かりました。ご用があればお呼びくださいませ」
侍女頭が出ていったことを確認したあと、インクで汚れた紙をそっと折りたたむ。
「あっ……ぶなかったですわ。分かってはいましたが、いざエル様宛てで書こうとしたら思わず手が止まってしまいましたわ」
事前に招待客リストとあらかじめ宛名だけ書かれていた封をミリアが用意してくれていた。
もう封を用意していたのね。
御礼状の内容の指示がありしだいすぐに送れるよう段取りされていることに驚いた。
さすがリドル家ね。優秀さが違うわ。他の使用人たちも、まだ婚約者だというのに、扱いはもう妻と同じくらいの礼儀正しさだわ。
あくまでもまだ婚約者。だが、国内でも随一の名家であるリドル家の一員となる以上、誘拐や妻の座を狙った他の家からの刺客などリスクは大きい。その為、婚姻関係を結ぶ前に警備の厳しいこちらの屋敷に移り住むのが最善だと判断された。
婚約破棄はないってことね。まぁまた新たな婚約者を探す手間のかかること、効率重視の公爵様がするはずないわね。そのために私が選ばれたんだから。
深呼吸で落ち着き、もう一度新しい紙に書き直しをする。
エル・ニシェード・ブブブブ………
「手が……震え……落ち着くのです、カレン。エル様へのお手紙は何度も書いてきたではありませんか」
何度も宛名なしでエル様を想っては書いて燃やした届くことのない手紙。
それが、今回は本当に届くんだわ。あの方に。
「どうしましょう。私の触れたところをエル様がお触りになるかもしれないなんて。汗が……手汗が止まりませんわ」
なんとかもう一度書き直した名前が今度は手汗でにじんでしまった。紙はぬれ、これ以上字を書くことが出来なくなる。
ぬわあぁぁぁ~~!? エル様にお届けするお手紙が書けません!!!!
「ミリア、彼女はどこに?」
「旦那様!? おはようございます。カレン様でございましたらまだ客間にいらっしゃいますが」
「そうか、では食事はまだなのだな」
「はい。そうですが御礼状をご自分で書かれるそうで朝食はまだ取られるご様子はありませんでしたよ」
「なんだと!? 彼女には最大級の敬意を持って対応するようにと全員に伝えているはずだが?」
ウェイドの表情は冷たく、屋敷内でこのような圧をかける態度は見たことがない。
「おっ、落ち着いて下さいませ。全員そのように心得ております。カレン様がその方が招待された皆様にお気持ちが伝わるからと……今回のように急な婚約で奔走しただろう私たちのような下働きの者のことまで気づかっておっしゃられているようです」
「何? なぜ使用人のことが出てくるんだ?」
「…………旦那様にお仕えするのが私たちの役目ですので、それを苦に思うことはございません。ですが、全ての貴族に仕える使用人が良い待遇を受けているわけでもありませんので……」
貴族が使用人のことまで気にかける方がおかしい。だからウェイド公爵が理解出来ないと疑問に思うのは自然なことだ。
「う……む、とにかく、君たちが彼女に気を遣わせたわけではないということは分かった」
いつものウェイド公爵の表情に戻りようやく息が出来る。といっても、ほとんど表情は変わらないのだが。
「そういえば……カレン様」
「なんだ? どうしたっ!?」
「少しお疲れが残っているご様子だった気も……」
「っ!?」
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