狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより

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7.名医の診察は近過ぎます

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 書けません……あんなにも毎日のようにあなた様を想ってしたためていたというのに、ほとんど定型文といってもいいような御礼状が書けないですわ。

「エル様のお名前の効力が強過ぎますわ」

 机に顔を突っぷし、インクのついたペンを握りしめる。

「いけませんわ。やると言ったからには最後まで責任を持たなければ!!」

 この手紙はパーティに参加してくれたお礼ですのよ。パーティではずいぶんと緊張なさっておりましたが、まさかウェイド公爵様に認められるなんて驚かれたのでしょうね。だけど当然ですわ。エル様ほど職務に真剣に取り組まれているお方はいないですもの。誰よりもさといあなた様がもしこの御礼状を読まれたら、代筆ではないことにすぐに気づかれるのでしょうか。私の書いた文字をそっとなでるなんてことされて、私のことを思い出すなんてことがなきにしもあらずなわけでして……あっ、

「鼻血が……」

 興奮のあまり、せっかく新しく出した便箋が今度は赤く染まっていく。

「これで16枚目ですわ……それよりも血を止めなければ……」

 確か顔を洗った時の予備のタオルが置いてあったはず。

 席を立ち、鼻をおさえながらタオルを探すが思っていた場所にないことに気づく。その時、ドアをノックする音に、ミリアが来たとほっとする。

「どうぞ。ちょうど良かっ……」

「体調が思わしくないと聞いたんだが……」

 目が合う。

 机の上には丁寧にまとめられた手紙の側に破棄されるであろう紙のくずが散らばっている。鼻からボタボタと血を流し、それを手で押さえる婚約者は目を見開き驚いている。

「ウェイド様、どうして」

「いっ……」

「?」

「医務班を……いや、行った方が早いな」

「きゃっ」

 ハンカチをとっさに渡し、頭が動かないよう公爵の身体にしっかり寄りかかるよう手を添える。先日のお姫様抱っことは比べものにならないほど密着度が高い。

「公爵様!? に、カレン様!?」

 屋敷内を公爵が走る事態に使用人たちが驚く。








「ヤドラッ!!!!!!」

「うっ、公爵様!? 誤解です。決してよこしまな気持ちでこの薬品を作ったわけでは……っおや、その方は……」

 公爵が医務室にわざわざ来るなどほとんどありえない。何か用があれば使いの者が呼びに来る為、ヤドラはすっかり油断していた。医務室には趣味の呪術グッズと新薬と呼ぶにはいかがわしい実験薬が並べられていた。

 だが、ウェイド公爵にはそれよりも、屋敷の専属医師である彼がカレンを見ても誰かと分からなかったことが問題だった。

「……全員に通達がいっているはずだが?」

 公爵の鋭いにらみに、ヤドラ医師は慌てて言葉を訂正する。

「いえ、失礼しました。もちろん、存じております。カレン夫人であられますね!?」

「まだ婚約中だ」

「そうですか。あまりにも仲が良さそうなご様子なのでもうすっかり夫婦のようだと」

「……余計な話は良い。彼女を診てくれ」

 まだ若いが腕は確かなこの男は、長めの髪を後ろに軽く束ね、黙っていれば周りの女性陣が思わず見惚れてしまう面持ちだ。だが趣味とうたうその気味の悪い収集物や発明品はどれも近寄りがたく、恍惚と見つめるその姿は変わり者のなにものでもない。

「大丈夫だ。この男は変わっているが医師としての腕は確かだ」

 腕に抱えるカレンに優しく声をかけるとそっと寝台に座らせる。

「変わり者だなんて、公爵様それはあんまりでございます。未開発の森の開拓で毒におかされた皆の治療も、新たな航路を開拓する長旅での船員たちの体調管理も、誰が成し遂げたと!?」

「腕は確かだと言ってるだろう。それよりも、彼女を治療する気はあるのか?」

「おっと、失礼致しました。レディを放置するなど医師として、いえ紳士としてあるまじき行為でした。ご様子を見る限り、血は動いた為か思ったよりも広範囲に飛び散ってしまっていますが、もう既に止まっているかと」

 ハンカチで鼻を抑えるカレンの手をそっとつかみ、優雅に挨拶をする。

 そっとハンカチを外すと、言われた通り既に出血は止まっている。

「あぁ、良かった。どこかにぶつけたわけではなさそうですね。ということは生まれつき鼻の血管が細く傷つきやすいもしくは何らかしらの高い興奮状態になってしまわれたのか」

 ヤドラ医師の言葉に見透かされたようでゾッとする。

 マズイですわ。1人でいたのに興奮など、どう説明しても真っ当な理由が思いつきませんわ。

 血の気が引くカレンに、ヤドラ医師は手を握り締めたままにこりと微笑む。

「それとも過度な疲労で血管が弱くなってしまわれたか、ですね。少し横になって休めば大丈夫です。念のため、貧血予防と疲労回復の薬を煎じておきましょう」

「そっ、そうですか。ありがとうございます」

 無駄に距離が近いのが気になりますが、ウェイド様に鼻血を出した理由を話さずに済みましたわ。

「おい、彼女の診断が終わったのならあとは助手である者にさせれば良いだろう」

 腕をつかみ、お湯をしぼったタオルでカレンの顔を拭こうとするヤドラ医師を止める。

「それが……先ほど彼女達がちょうど出ていってしまったところで……」

「っ!? これで何度目だと思っているんだ。この悪趣味な物と実験は自室でと言っているだろう」

「いやぁ~~、私の部屋はいっぱいでして。それに、ここの方が何かと設備がそろっていて便利ですし」

「お前の助手になれる者は多くない。人手が欲しいと嘆願書まで出してくるから、国中から助手になれそうか者を集ったというのに」

「いだだっ!? ウェイド公爵様!! 折れます。国内最高の腕をもつ私の腕が折れてしまいます!!」

「あの……」

 カレンの言葉にウェイド公爵はすぐに反応する。

「どこか痛むのか!?」

「いえ、このような汚れた状態をウェイド様や他の殿方にお見せするのは心苦しく……着替えだけでも侍女を呼んでいただきたいのですが……」

「………………………」

 ちょうど息を切らして駆けつけてきたミリアがドアから入ってくる。

「失礼っ、します……だっ、旦那様がカレン様を……抱えてこちらに向かったと……聞きましてっ」

「あぁ、ただの鼻出血だ。温かいタオルで顔をふいてしばらく休めば大丈夫だよ」

 ヤドラの言葉に大事ではなかったことに安堵するも、血で汚れたカレンを見てすぐに真っ青になる。

「カレン様っ!! すぐに湯浴みの用意を……」
 
「ダメだよ。出血直後に身体が温まればまた傷ついた血管から出血するからね。気持ち悪いだろうけど、今は着替えだけにして」

「はっ、はい。失礼しました。あまり動かない方がいいのであればこちらに着替えをお持ちいたします。旦那様、宜しいでしょうか?」

「……………」

「旦那様?」

「あぁ、あとは頼む……」



 
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