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松穂

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第1部

Tボーグ、黒河侑司のお仕事(後編)

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 その面影は、確かにあった。
 しかし十年以上の時が経ち、しかも女性となれば、その間の変化は大きいだろう。
 目の前で儚く微笑む女性に、確かにかつてつき合ったことのある女だという認識の半面、本当にこの女だったか、という不確かな感覚が湧いて出る。

「……呼び出しちゃってごめんね? お仕事、忙しいんでしょう?」
「いや……それで、今日は?」
 大口宴会の顧客だということが、不覚にもすっぽり抜け出てしまっていた。何の用だと言わんばかりの言葉に、富田遥香は困ったように眉尻を下げる。

「いやだな……そんなに怖い顔しないで? 私、来週予約したパーティーの幹事なの。……って言ってももう一人いて、その子がメイン幹事、私はサポートなんだけどね? 彼女、今日はどうしても都合悪くて、サポート役の私が、打ち合わせに来たの」
 透き通るような声と、ご機嫌を窺うような上目づかい。
 彼女なりの罪悪感からなのか、それとも逆に、すべて忘れ去っているからなのか。
 侑司は硬化した表情のまま、彼女の真向かいに座った。

「本社に電話して俺を名指ししたのは、君か」
「無理言ったのは謝る。ごめんなさい。でも吉宮くんから黒河くんの話を聞いて、会いたくなっちゃったの」
「吉宮から?」
「そう。吉宮くんの小児科って私の姪っ子のかかりつけでね、たまたま予防接種に付き添った時、偶然会って色々話をしてくれたの。こないだ、ちょっとした貸しを作ってやった、って言ってたよ? その見返りに『櫻華亭』の超豪華なお弁当が差し入れで入ってきたって。本当なの?」
「あいつ……」

 まるで医者らしくない小児科医を思い浮かべ、侑司は胸の内で悪態を吐いた。
 吉宮という男は同じ慧徳学園出身の同窓で、侑司の数少ない友人の一人だ。高校卒業後、医大に進んだ彼とは疎遠になると思いきや、いまだに何かと交流がある。
 つい先日も、やむを得ず時間外診療を頼む事態が起きてしまった。
 不本意ながら “借り” ができたのは確かだ。 

「やっぱり今でも仲がいいんだね。フフ……黒河くんが貸しを作るなんて珍しいよね。一体何をしたの?」
 くすくすと笑い、また上目づかいで侑司を見上げる。
 言い様のない苛々とした嫌悪感が込み上げた。

「……パーティーの打ち合わせ、しないのか?」
 自分でも驚くほど、機械じみた声音が出た。


 富田(現在は鮫嶋)遥香が卒業した女子大の女性教授が、今月いっぱいで退職になるという。そこで、ゼミや特別講習などで教授と深く親交のあった在学生、卒業生が集まり、恩師の退職をみんなで華々しくお祝いしようというパーティーであった。
 もうすぐ還暦を迎えるというその教授は、年の割にハイカラな一面を持っており、和食よりモダンな洋食料理が好みで、『櫻華亭』の名を出したところそれは喜んでくれたらしい。
 女性客がほとんどなので、デザートの種類を多めに、乾杯はビールよりもシャンパンで、その他のアルコールはワイン数種と軽いカクテル数種があれば十分、立食スタイルで料理は予算内に収まるならばお任せで――要望点はそんなところだった。

「私、結婚してるの。……もう六年目」

 一通りのプラン説明を行い、宴会パーティーメニュー用のリーフレットを手渡したところで、目の前の女は何の脈絡もなく突然言った。
 真っ直ぐこちらを見つめる瞳に、一体何の意が含まれているのだろう。
「主人は外資系の商社に勤めていて、五つ年上なの。子供は……まだなんだけど……、えっと、住んでいるのは三軒茶屋の方でね、あの周辺、結構ステキなお店がたくさんあるんだよ? マンションの近くに小さな洋食屋さんがあって……ほら、昔、黒河くんがアルバイトしていたお店に何となく雰囲気が似てるの。……何て言ったかな、あのお店……そう、『敦房』、だっけ?」
「――申し訳ないが」
 侑司は素っ気なく遮り、テーブルの上の予約台帳やメモ紙をまとめた。
「仕事が立て込んでいるんだ。他に要望がなければ打ち合わせはここまでにしたい。もし何か変更点があった場合はここの店へ連絡を入れてくれ。なくても、パーティー前日にこちらから最終確認の連絡がいく」
「……そういうところ、変わらないね」
 ぽつりと小さく呟いた声が、侑司の耳に届いた。
 遥香は寂しげな笑みを見せて、手元に視線を落とす。確かにその左薬指には、細く光る結婚指輪がはまっていた。

「興味ないコトは、全然見向きもしてくれないところ……。まだ……怒っているんでしょう? ……あんなことした私に。……でも、あんな大げさになるなんて思わなかった。本当に出来心だったの。……黒河くん、水泳ばっかりで私のこと見てくれてなくて……だから、ちょっとだけ水泳から離れることができたら……そうしたら、ちょっとだけでも私のこと見てくれるかな、って……あなたのことが、好きだったから……」

 伏せていた視線がそっと上がれば、今にも零れおちそうな涙が瞳を潤ませている。
 冷えた胸の内がますます冷めて、むしろここでそのセリフを言う女が滑稽だった。
 まるで、今までずっと後悔してきたような言い草。しかし、正直言ってこちらは、富田遥香の存在をほとんど忘れかけていた。
 彼女のくだらない思いつきのせいで起きた事件は、侑司を一時期水泳から遠ざけはしたが、今ではそれも完全に復活している。彼女に対し、何の憤りもわだかまりもないなどという綺麗事は言わないが、怨みつらみで責める気はまったくない。 
 だから逆に、押しつけられる弁解の言葉の数々は、侑司をひどく幻滅させた。

「……謝罪はいらない。もう昔のことだ。忘れてくれ」
「――忘れられないわっ! ずっと、忘れることなんかできなかった……っ!」
 ヒステリックに叫んだ眼前の女は、両手で顔を覆い肩を震わせる。
 冷めた瞳にその姿を映しながら、ふと、違う光景が脳裏に差し込まれた。

 ――あの涙は…… “忘れられなかった” から、なのか。
 侑司の手が、左の肩口へそろそろと上がる。
 ――ずっと、未練があったのだろうか。
 腕の中で、震えながら小さくしゃくりあげて泣いていた、彼女。
 傷つけられ捨てられて、心の傷に苦しめられながら立ち直ろうと必死でもがいた日々も、ずっと心奥深く、あの男のことが忘れられなかったのだろうか。
 ――この、女と、同じように……?
 侑司の双眸がすっと眇められ、両手で顔を覆ったままの女にその視線が注がれる。
 ――今更、どうでもいい話だ。

 肩口に伸ばしかけた手を無理矢理下ろし、リーフレットをまとめ直す。
「……とにかく、仕事に関係ない話なら失礼する。気をつけてお帰り下さい」
 僅かな感情をも交えず言い放てば、女はハッとしたように顔を上げた。
 さらに、侑司が立ち上がると女はきゅっと唇を噛んで渋々立ち上がる。それでも、VIPゾーンから出ようとする直前、富田遥香は振り返ってこう言った。
「……名刺、もらってもいい? 何か変更があった時、連絡したいから」
 一筋の涙も見当たらない顔で、ころりと表情を変えて首を傾げる仕草。
 侑司はこの女の意図を測りかねた。
「……店に直接連絡を入れて下さい。その方が早いので」
「そう……残念」

 そう言って再び、あの寂しげな虚ろにも見える儚い笑みを見せて、富田遥香は去っていった。


* * * * *


 その日、侑司が『アーコレード』慧徳学園前店に到着したのは、夜八時過ぎ――ディナータイム真っ最中の忙しい時間帯だ。
 裏から入り事務室のデスクに向かうや否や、活気ある厨房の様子が漏れ聞こえてくる。

「――2番のバーグが上がりだ! 吉田、ライス二枚ー! おっし遼平、5番のメンチ入れていいぞー。斎藤ー、1番のアントレ、どーだ?」
「すみません、もうちょっと後になりそうです。高齢のお客様で」
「んぁ、構わねーよ。よっしゃ、んじゃ先にこっちだな。遼平、慌てんなー。一個一個丁寧に揚げろー」
「はい」
「オーダー入ります、ヒレのAコースとサーロインのAコースです。これ、ご予約の二名様です。あ、テンチョー、さっきのG番の客、アンケート書いてくれた。レジ下に入れといたから」
「ホント? うわぁ、嬉しい……ああ、亜美ちゃん、デカンタこれ使ってね」
「ありがとうございまーす! ――イケさーん、E番のアフターお願いしてもいいですか? ホットをアイスに変更で」
「りょーかい」
「こぉら吉田ー、そのトマトはダメだ。……違う、右、そうそれ。新しいのカットしろ。十五秒でやり直せぃ」
「す、すみませんっ!」

 デスクに荷物を置きつつ、聞こえてくるやり取りに耳を傾ける。
 フロアにBGMがかかっていれば、スピーカーの計算された配置によるマスキング効果で、バックエリアや厨房のやり取りがフロアに漏れることはないが、ここ事務室にいると厨房内の様子はよくわかる。
 侑司が知る他のどの店舗より “和気藹々あいあい” といった雰囲気が色濃い『アーコレード』慧徳学園前店。
 どうやら今夜は、水奈瀬、池谷、斎藤の三名がフロア、佐々木と矢沢、吉田の三名が厨房で回しているらしい。珍しく矢沢遼平がフライヤーのようだ。
 実は、フライヤー(揚げ場)というポジションは厨房の中では要となる持ち場なので、経験を積んだ熟練のコックしか立てない。
 矢沢遼平のようなアルバイトコックを立たせるというのは、店の規模が小さくてコックの頭数が少ないことも理由の一つではあるが、彼自身の腕があの若さにしてはなかなかのものであることと、佐々木チーフが人材育成においてかなり寛大かつ自由な考えを持っているからだと、侑司は思う。
 佐々木チーフの指導の賜物か、吉田も今はいない笹本も、侑司が担当についた春先の頃と比べれば、ずいぶん動けるようになったものだ。

 ここ慧徳学園前店に来ると、不思議なほどにホッとする。先ほどまで張りつめていた神経が嘘のようだ。
 聞くともなしに聞こえてくる厨房やバックヤードの声を耳にしながら、侑司は凪いだ心でデータのチェックを進める。

「――すみませーん、チーフ、……こないだの例のメニュー、できますか?」
「あぁ? ああ、アレか。……ったく、えれー気に入られたもんだな。いいぞ。そんかわり、侑坊には黙っとけよ?」
「ありがとうございます! 私が叱られますから大丈夫です!」
「なんだそりゃ。ヒヨっこ店長に庇われるほど落ちぶれちゃいねーよ。――吉田ぁ、こないだのミニカップ用意しとけー。 遼平ー、例の “お子様ランチ” だ。バーグとコロ、エビがいっちょずつ、バーグは三分の一の大きさでいーぞ」
「はい」

 聞こえてくるやり取りに、侑司の表情が思わず緩む。
 ――お子様ランチ、か。なるほど、メニューには載っていないイレギュラーだ。無論、異を唱えるつもりなどないが。
 訳あって現在、クロカワフーズ傘下のどの店のメニューにも、 “お子様ランチ” はない。だが客から要望があった場合は、各店舗の料理長の判断で、臨機応変に対応することも暗黙のうちに認められている。
 水奈瀬は今、心底嬉しそうな顔で客の元へ向かっているのだろう。柔らかく人を惹きつけるあの笑顔は、彼女にとって最大の “武器” だ……
 ――パソコンに視線を戻した侑司は、羅列された数字に意識を集中させた。


「――おぅ、侑坊。来てたのか」
 時刻はすでに二十一時半過ぎ。
 背後から声がかかり侑司が振り向けば、コック帽を脱いだ佐々木が胡麻塩頭をガシガシと掻きながら事務室に入ってきた。
 ラストオーダーを出し終えたので、あとは若い者に任せて一服しにやってきたのだろう。
「お疲れ様です。だいぶ忙しかったようですね」
「んだぁ? わかってたんなら手伝えー」
裏メニュー、、、、、を出せなくなりますよ」
 すると佐々木は一瞬目を見開いたが、すぐににやりと笑った。
「お前も言うようになったじゃねーか。あいつを叱るなよ?」
 そう言いながら、佐々木はデスクの引き出しから煙草の小箱を取り出す。
 気も早く、抜き出した一本を口に咥えたがすぐに、「あ、そういやぁ」と思いついたように口から外した。
「こないだ国武に聞いたんだが、濱さん、西條さんのとこで働いてんだって?」
「はい、先週からのようです」
 さすが、その辺の情報が回るのは早いな、と侑司は苦笑しつつ頷く。
 佐々木は煙草を指にはさんだまま腕を組んで、感慨深げに顎をさすった。 
「いや、俺も昔、濱さんにはずいぶん世話になったから気にはなってたんだ。結局、ここの引き渡しの時も挨拶できなかったしな。……しかし、働けるってことはだいぶ調子がいいんだろ? 腕振ってそれが張り合いになるんなら振らない理由はねーよな。……あ、相さんはこのこと知ってんのか?」
「おそらく、西條さんから」
「そうか……」
 亜美ちゃーん、それ終わったら上がっていいよー、と水奈瀬葵の声が届いた。
 厨房から水を流す音や床を擦るデッキブラシの音が聞こえてくる。もうすぐ片付けも終わるだろう。

「なぁ、侑坊、……水奈瀬は、知ってんのか?」
 不意をつかれて目で問い返せば、佐々木はクイと眉を上げて呆れたように笑った。
「水奈瀬だって知りたいだろうさ。ずいぶん濱さんを慕ってたって聞いたぞ? あいつはおそらくナンにも知らねーんだろ。お前の口から教えてやりゃ、喜ぶと思うがな?」

 ――教える……? 何を、どこから、どこまで。 
 侑司が何も答えられないままでいると、佐々木は「ま、お前に任せるよ」と言って裏口から外へ出て行った。

 別に構わない……濱野哲矢が今『メランジール』で働いていることを、水奈瀬葵に教えるくらい何でもない。
 ――が、もし、何故そんなことを知っているのか、と問われた時、何と答えればいいのか。
 濱野哲矢とは昔からの知り合いで、実は自分も『敦房』でアルバイトしたことがあるのだ、と?
 隠しているわけではない。知られてもまったく構わないことだ。ただ……この話は、突き詰めれば彼女の過去に触れてしまう。
 そしてそうなれば、侑司には説明できないことがたくさん出てくる。


* * * * *


 ――どうして、彼女だと、わかったのだろう。

 高校を卒業すると同時に、『敦房』のアルバイトも “卒業” した侑司は、その後大学を経てクロカワフーズに就職し、さらに数年経つまで、一度も『敦房』へ足が向くことはなかった。
 その理由はただただ、忙しかった、の一言に尽きる。
 特に入社後は、絶え間なく突き刺さる黒河姓への偏見に加え、入社三年目にして『櫻華亭』本店の支配人という冗談としか思えない人事まで受け、あの頃の侑司は、心身共に擦り切れる思いで日々を過ごしていた。
 そんなある日、ふと、かつて世話になった『敦房』に行ってみようと思い立ったことがあった。いよいよ精神的に詰まっていたこともあり、心のどこかで恩師の助けを求めていたのかもしれない。
 夏の初め、梅雨が明けたばかりの蒸した夜だった。
 懐かしい土地に降りたち、柔らかな光が灯る小さな洋食レストランに足を踏み入れれば、以前とまったく変わらない光景。「ご無沙汰すぎるぞ」と言って笑った濱野氏も、「立派になったわ」と目を細めた美津子夫人も、変わらずそこにいた。そして注文した『敦房』オリジナルハンバーグの味も、すべて昔のままだった。
 たった一つ違う点があるとすれば、自分ではないアルバイトがいたことか。
 すらっとした体躯で溌剌とした若さにあふれるその女の子は、隣町の短大に通う女子大生だという。ニコニコと愛想よく、客の間をよく動くその子は、まだ少女と言えそうなあどけなさが残っていた。
「 “葵ちゃん” っていうの。四月から雇ったのよ。気持ちよく働いてくれるから助かるわ」
「誰かさんと違って素直だし、よく笑うしな。いい看板娘だよ」
 濱野夫妻のからかいを受けつつ、その女子学生をそれとなく目に映しつつ、侑司は不思議な感覚に触れた。
 ――変わらないものと変化していくもの、古いものと新しいもの。
 時の流れが、意外にも優しく侑司の心を癒し、背中を押してくれたような気がした。

 しかし、そのまま記憶の奥底で消えゆくはずだったこのたった一度の小さな出会いは、思いもよらぬ時と場所において、侑司の脳裏に引き出されることとなる。
 一年ほど経った、うだるような盛夏のことだ。
 入院した祖母の見舞いで豊城総合病院を訪れた時、受付ロビーでふらりと侑司にぶつかってきた女性がいた。
 血の気がなく具合も悪そうで、ぶつかった侑司と目を合わせることもなく、すみません……とどこか虚ろな様子で小さく謝っている。
 彼女が持っていた書類が数枚床面に散らばり、つい拾ってあげようと屈んだ時、その文字が目に飛び込んだ。
《 稽留流産における子宮内除去手術についての説明書・同意書 》

 え……、と一瞬侑司の手が止まった隙に、彼女はもう一度、すみませんでした、と弱々しい声で頭を下げて、拾い集めた書類を持って病院から出て行った。
 その後ろ姿を目で追いつつ、侑司の脳裏で何故か「あの子だ」とその記憶がヒットする。
 一度だけその接客姿を見たことのある、短大生。
 一度しか見ていない。一年も前のことだ。名前だって覚えていない。なのに『敦房』でアルバイトをしていたあの女の子だ、と確信した。
 ふと、立ち止まったままの足元に落ちている、白い小さな紙片に気づいた。
 それは、豊城総合病院の入り口にある受付用発券機のレシート――受付時間、番号と名前、受診する科が印字されているものだ。
《 受付番号27 3F産婦人科 ミナセアオイ様 》

 侑司はレシートを握りしめたまま、しばらくそこから動けなかった。

 それから、日々の仕事はますます立て込んで忙しくなり、心の片隅に小さな破片を引っ掛からせたまま、時は過ぎた。
 侑司が再び『敦房』を訪れたのは、その約三か月後、父黒河紀生に頼まれたからだ。
「……妙な噂を聞いた。あいつが店を閉めるかもしれない。行って様子を見てきてくれないか?」
 豊城総合病院で見かけた彼女の事が、何となく気になっていた折も折、『敦房』の変事とあらば胸騒ぎも小さくない。侑司は二つ返事で了承した。
 果たして行ってみれば、店の戸口は閉まり《 臨時休業 》の貼り紙。
 濱野夫妻の住居は店舗と兼ねておらず、隣町にある。侑司はその足で濱野夫妻の住まいを訪れた。
 驚きつつも迎え入れてくれた濱田夫妻、そして聞かされた濱野氏の病気。そこで初めて彼がおかされている病名を知った。早急な手術の必要があることも、手術成功の見込みが五分五分であることも。今は一週間に三日、店を開けられればいい方なのだと、そこまで病状は悪かった。
 この日侑司が訪れなくても、濱野氏はいずれ侑司の父に連絡するつもりだったようだ。
「できることなら、信頼できる人間にあの店を託したい」と言った彼の笑みは、これまで見たこともないほど弱々しいものだった。
 休業するのでもなく、新しい人を雇うわけでもなく、あの店を完全に畳む覚悟ができていた濱野夫妻。
 ただ一つ心残りなのは、二人いるアルバイトのことだという。
 水奈瀬葵という短大生と、矢沢遼平という高校生。
 その男子高校生は濱野氏の甥っ子だそうで、前回侑司が店を訪れたすぐ後にアルバイトとして雇ったらしい。

「……できれば侑司くんの時のように、外の世界へ巣立っていく二人を、あの店で見届けたかった。特に葵ちゃんはね……ちょっと、事情がある子で……僕は彼女に約束したんだよ。進むべき道が見つかるまで、ずっとこの店にいていいんだぞ、ってな。……でも、その約束を破ることになってしまった。……それだけが、辛い」
 その時、侑司の頭に小さく弾けるものがあった。水奈瀬葵の事情――心当たりがある。
「……水奈瀬葵さんは、今、短大二年生ですよね? 就職先は決まっていないんですか?」
 カマかけも含めて侑司が問えば、夫婦は目を見合わせ、悲しそうに顔を曇らせた。
「少し前に……その、身体を壊してしまったらしくてね、決まっていた内定先もダメになったそうなんだ」
 哲矢が言った途端、美津子が被せるように叫んだ。
「――でも! もう、回復に向かっているの! 就職が駄目になったのだって、あの子に不備があったわけじゃない! 今はまだ本調子じゃないかもしれないけど、いい環境で働くことができればきっと元に戻るはずよ!」
「美津子……それはまだ――」
「ねぇ、侑司くん。クロカワフーズで、あの子を雇ってもらうことは出来ないかしら。あの子に接客はものすごく向いているの。お客様に与える、、、ことができるし、あの子は逆にお客様から吸収することができるわ。あんな子、そうそういない……きっと、素晴らしいギャルソンになれるはずよ!」
「美津子! 葵ちゃんの気持ちも聞かずに、そんな早まった真似をするんじゃない!」
「だって……! じゃあ、あの子をあのまま放っておくの? 店を閉めるからって、放り出して知らんぷり? 私はそんなことできない……!」
「……美津子――、」
「――わかりました」
 夫婦の言い合いを黙って聞いていた侑司だが、つと、言葉が口を突いて出た。

「……自分には人事の権限がなく、今ここで雇えるかどうかのお答えは出来かねます。……が、採用面接を希望する学生がいるということは、上に伝えます。うちの会社としても、優秀な人材は確保したい。……でも、これだけはわかって下さい。うちは、生半可な気持ちじゃ続きません。体力も精神力も、人並み以上に必要な職場です。……それは、お二人が一番よくわかっているはずです」

 静かな声は、二人を沈黙させる。
 侑司の脳裏に、病院でぶつかった時の彼女の様子が、色濃く甦った。
 おそらく彼女は、美津子夫人の期待には添えられないだろうと、この時の侑司は思った。

「――まずは、……彼女本人の意志を、確認してください」


* * * * *


 斎藤亜美と厨房の吉田が上がり、一服し終わった佐々木が矢沢遼平と共に残りの片付けと最後の点検を終えて、厨房は電気を落とした。
 次いでフロアの池谷が上がって、侑司と水奈瀬葵以外のメンバーは店を退出した。
 急に静けさを増した事務室の中、ようやく侑司はパソコンの開いたファイルを閉じ、手元の書類をまとめる。
 すると、フロアに続くドアが開いて姿を見せる水奈瀬葵。侑司がいることに気づいて一瞬驚くも、すぐに顔を綻ばせた。
「お疲れ様です、黒河さん」
 凛と伸びた背筋に屈託のない笑顔……昨日、侑司の腕の中でしゃくりあげていた余韻など、微塵も感じられない。
 ――無論、偶然病院でぶつかった四年前の痛ましさなど、微塵も。

「あの、昨日は……ありがとうございました」
 白い肌の頬を薄っすらと染めながら、彼女は深々と頭を下げる。
 あの後、アパートまで送っていったことに対する礼なのだろうと、侑司は小さく「いや」と答えた。
 もっと何か言うべきことがありそうなのに、気の利いた言葉一つ出せない自分に呆れる。が、そんな素っ気ない侑司にも、彼女は気を悪くする様子もなく、明るい声で「そういえば」と言った。
「十月からの秋限定メニュー、どうなりましたか? チーフが『栗ばっかじゃ広がらねーしな』って言ってましたけど」
「ああ、栗はオードブルで一品、デセールで一品使う。後は秋鮭がメインに松茸が少しだ。佐々木さんにもさっき話した」
「そうですか。……秋鮭と松茸か……ふふ、楽しみです」
 ニコニコしながら、水奈瀬葵は現金やクレジット控えを金庫にしまう。そして、侑司の目の前にあるパソコンを見て「入力してもいいですか?」と聞いてきた。
「……ああ、いいよ。しておく」
 売上データが記載されたジャーナルを受け取り、その間に着替えてしまえと促せば、彼女は「すみません、お願いします」と潔く任せ、すぐに更衣室へ向かった。
 その日の売上データ入力など、ものの二、三分で終わる。が、水奈瀬葵は、侑司が入力を済ませる前に、着替えを終えて更衣室から出てきた。
 相変わらず、やることが早い。
「ありがとうございました」と嬉しげに伝えてくる彼女の解かれた長い髪が、ふわっと甘く香った。
 送って行こうか、という侑司の言葉に水奈瀬葵は「いえいえ自転車なので」と恐縮するように首を振る。そして、快活に自転車をこいで帰って行った。
 緩やかに波打つ髪が、風になびいて彼女の背中で踊っていた。

 あの髪の、柔らかさを、甘やかな香りを、侑司は知っている。
 華奢な肩も、しなやかな背も、身体の温度も、侑司は知っている。

 一度ならず、何度かあの柔らかな身体に寄りそい、腕に抱く機会があった。
 意図したわけじゃない――全ては、偶然と成り行きが重なった結果だ。
 しかしその五感の記憶は、侑司の脳裏に思ってもいないほど強く深く刻み込まれてしまった。
 彼女が帰っていった方向とは逆の方へ歩き出しながら、侑司の思考は無意識に、水奈瀬葵へと飛んでいく。

 最初は、恩師濱野哲矢から託された責任、からだった。
 彼女がクロカワフーズに入社する橋渡しをしたのは侑司だ。自分がそこに介入したことを公言するつもりもないが、それなりに責任は感じていた。長くは続かないだろうと思わせた、四年前の彼女の状態も気掛かりの一つであった。
 だから、それとなく彼女の動向に目がいった。そうでなくとも当時担当であった杉浦が、頼んでもいないのに彼女の仕事ぶりから些細な言動まで逐一報告してくる。よって、事あるごとに止めようもなく、侑司の意識は彼女へ向いた。
 ――そして知った、彼女の人となり。

 入社後たった一年で店長へ、半ば強制的に押し上げられても、彼女は素直に真っ直ぐに前を向き、ひたすら仕事に打ち込んだ。
 ――万能ではなかった。むしろ経験や知識はほぼ素人並みだった。それでも、彼女の成長は他に比べ群を抜いて著しかった。
 それだけ、努力したのだ。
 しかも、彼女が醸し出す不可思議な雰囲気が、周りを和ませ人を集める。彼女は、クロカワフーズにとって宝物同等、育て甲斐のある将来有望な人材であった。
 侑司の予想は、いい意味で外れた。
 正直感心した、安堵もした。だからその後は、遠目から彼女の成長を時おり確認できればそれでよかった。
 いつかまた濱野氏に出会った時、彼女は頑張っていますよ、と伝えることができれば、きっと濱野氏も夫人も目を細めて喜んでくれるだろう。
 侑司には、その義務があり、その権利がある……ただそれだけだと、思っていた。

 “ただそれだけ” の感情に変化が訪れたのは、侑司が杉浦に代わり『アーコレード』担当になった頃からだ。
 今までよりずっと近くなったその距離に、侑司の心奥が揺れ始めた。
 あまりの真っ直ぐさに、苛立たしさを覚えることもあった。誰構わず屈託なく笑いかける笑顔に、訳のわからない焦りを覚えた。
 関わるまいと自制しているにもかかわらず、つい手を出してしまう自分は、一体何なのか。
 彼女の隠された過去を、自分は知っているからか?
 要らぬ節介だと自制し、これ以上踏み込むな、と何度も自分に言い聞かせた。しかし、気づけばまた、手を伸ばしている自分がいる。
 例えその身が傷つこうとも、仕事と店、そして仲間を優先させる彼女の、平気だと言い張る頑固さが腹立たしく、得体の知れない歯痒さが込み上げた。
 ――と同時に、傍についていたい、という強烈な情動が、止めようもないほど湧き上がるのだから始末が悪い。

 侑司は、自分の感情を誤魔化し気づかないふりをするほど、鈍くも愚かでもない。
 彼女に対して湧きあがるこの感情が何なのか、ずいぶん前からわかっている。
 しかし、だからといって、この先彼女をどうこうするつもりはない。おそらく、自分の存在は彼女の未来に関与しない。
 己の事は己がよく知っている。
 侑司には、誰かと将来を共に歩くというビジョンがまるでないのだ。むしろ、それができない性質なのだと思っている。
 身内や一部の例外はあるけれど、基本的に侑司は他人との関係を必要以上に深めることはない。他人と密に過ごす時間が有益とも思えず、ときには苦痛さえ感じてしまう。その関係が深くなればなるほど、侑司の心に言い様のない閉塞感や焦燥感が生まれる。
 いつの日か、自分の足元をすくわれるという怖れにも似た――、
 ――トラウマか。
 思い返せば今でも吐き気を催すような、昔の無残な経験が未だ尾を引いているせいなのだろうか。
 いずれにせよ、この性分は一生、変わらない。


 SUVは夜の街道を都心に向かう。
 流れていく風景は、ここ数か月の内ですっかり見慣れたものになった。だが、今夜はいつになくその距離が長く感じられ、運転する行為そのものが気怠い。
 身体が妙に重かった。
 元々人並み以上の体力、耐力は自覚しており、二日三日徹夜が続こうが朝から晩まで食事が取れなかろうが、仕事とあれば乗り切れる身体だ。さらに言えば、寝貯め食べ貯めができる体質らしく、燃費がいいとは言えないまでも低速と高速の切り替えは上手くできるので、かなり融通の利く体質だと思っている。
 しかしさすがに限界はあり、その限界ラインを超えると自分ではどうにもコントロールできない状態になる。しかも、一度シャットダウンするとすぐには再起動できない。それが唯一のデメリットか。
 ただ、まとまった睡眠と食事を取り、時間があれば身体を動かし体内を活性化させれば、よほどのことがない限り元に戻る。今まではずっとそうしてきた。
 いつもなら、めまいがするような忙しさの中でも、ひと泳ぎすればすっきりと内部の毒素が排出されたような気分になるのだが……どうも調子が悪い。今朝早くから泳ぎに出たのが裏目に出たのだろうか。自分自身が認識する以上に、身体は休息を求めているのだろうか。
 それとも、求めているのは、――あの夜、、、か。
 ――背に感じた気配を、覚束ない意識のまま引き寄せ腕の中に抱き込み、柔らかな身体とほのかに香る甘やかな温もりを感じながら、思いのほか深く安らかに眠ることができた、あの夜――

 赤信号で車が停まった。侑司は眉間を強く抑える。
 水奈瀬蓮は、覚悟がない奴はいらない、と言っていた。だが侑司にとって、恋だの愛だのという話は、覚悟云々の問題ではない。
 変えようもない己の性質は、誰かと共に生きることを許さない。
 ある意味排他主義的なその性質は、間違いなく、彼女のことも拒絶するはず、なのだ。
 例え心の一部分が、猛烈に彼女を求めていたとしても。

 光の道が、侑司の顔を仄暗く照らす。信号が青に変わる。
 気怠く鬱々とした気分を一掃するかのように、侑司はぐっとアクセルを踏み込んだ。

 輝く笑顔も、優しい声も、温かくしなやかな身体も、甘やかな呼吸も。
 すべて忘れるべきだ。
 所詮、自分には必要のないもの――、なのだから。


* * * * *


 ――そして、一週間後。
 打ち合わせ前の営業事業部室に、黒河沙紀絵統括が姿を現した。
 彼女がこの部署に現れるのは珍しくもないことだが、侑司の脳裏に何故か、チリとした嫌な予感が掠る。
 統括部長は徳永GMと一瞬目を見交わし、顔を揃えたマネージャー陣一同を悠然と見渡して言った。
「――『紫櫻庵』オープンから、マネージャーたちにはずいぶん気苦労をかけましたね。特に黒河マネージャー、休日返上であちこち回ってくれたとか……感謝しています」
「……いえ」
 波立つ感情が表に出ないよう、侑司は短く答えた。
 名指しで息子を労うなど前代未聞の事態に、隣の杉浦でさえゴクリと喉を鳴らしている。

「とりあえず他の店舗も落ち着いたようだし……徳永GMとも話し合って、局所に集中する負担を減らそうということになりました。――と同時に……澱んでしまった空気を、今度こそ入れ替えましょう」
 ちらりと意味ありげに侑司を見やるその相貌には、 “母” の要素が一片もなく、優美で妖艶で、底冷えのするような笑みだけがある。ただわずかに、疲労の色が滲んでいるように見えるのは気のせいか。
 彼女に次いで、徳永が口を開いた。
「まず一つ目……実は、茂木顧問が今年度末を目処に退職されることとなった。……皆も知っての通り、長い間無理を承知でお力添えいただいていたんだが、茂木さんのお歳を考えればこれ以上甘えてはならんだろう。……よって、茂木さんが抜けた後の本店を、まず第一に考えねばならない。再来月からまた大幅な人事異動を行う」
 一同の、動揺を辛うじて飲み込む気配が容易に察せられた。侑司も同じだ。
 『櫻華亭』の生き字引、とも称される茂木顧問―― “顧問” という役職を新たに設けてまで、会社が彼の残留をこいねがったのは十数年前と聞く。世の定年に値する年齢はとうに過ぎているはずだが、彼の存在はそれほどまでに大きい。今後この事実が社内にどれだけの影響を及ぼすのか……考えるだけでも陰鬱になるのは、侑司だけでないはずだ。
 一同の錯綜する思考を宥めるように、統括がその頭を重たく振った。
「――負担の少ない非常勤も提案したのだけれど、茂木さん自身、けじめをつけたいそうよ。次世代に託したいというご配慮を、甘んじて受け入れましょう。彼の功績を無駄にしないためにも」
 同調するように頷いた徳永は、それから、とその目を一度、侑司に向けた。
「二つ目、先日侑司から報告を受けた例の件、、、だが……このまま放置すれば危険度が増すと判断した。そこで、本格的な内部調査を行うことにする」
 暗鬱な空気は、一瞬にして張り詰めた緊張へと変わる。
「……では、やはり “不正” があると?」
 鶴岡が眼を鋭く光らせれば、徳永は難しい色合いをその面に浮かべた。
「今のところ、その疑いが極めて濃厚……としか言えんな。確固とした証拠がなければ取り締まることもできん。だからこその内部調査だ」
「鶴岡マネージャー、貴方を据えて牽制する案も出たのだけど、炙り出し、、、、には逆効果だと判断したわ。まぁ、今、貴方に本店を離れてほしくないという理由もあるのだけれど。……それから西條マネージャー、貴方は特に気になるでしょうけど、しばらくは後方待機で。極秘のうちに裏から手を回しつつ、あわよくば、狡猾な尻尾を直接、、掴みたいのよ。……二人とも、いいかしら?」
 はい、という鶴岡と西條の声が重なった。侑司の脳裏に走った嫌な予感は、後に続く徳永の言葉で確定となる。
「……茂木さんの退職と人事異動が公となれば、社内は否応なくざわつくだろう。混乱に乗じて証拠を完全に抹消されれば元も子もない。内部調査は早急に取りかかる必要がある。……侑司、お前が適任だと思う。従来のホテル店舗に戻ってほしい」

 ――やはり、な。
 はい、と返答しつつ、侑司は思った。……どのみち、こうなる。

「面倒な作業になるが、まずは過去のデータをすべて再精査だ。念のため杉浦をバックにつける。表向き杉浦は『紫櫻庵』と『アーコレード』の担当フォローとなる。……いいか、さっきも言ったように、まだ断定はできない状況だ。くれぐれも内密に、慎重に進めてほしい。かなり厄介だが……頼むな」
「――わかりました」

 ――自分には要らない。他人とこの身を結びつける枷など必要ない、だから――、

「……鶴岡、しばらく本店メインで付いてもらうが、そのうち社長の方にも行ってもらうかもしれない。西條くんも同じく、いずれ社長からお呼びがかかるだろう。その時はよろしく頼む。……『アーコレード』担当は、新しく昇任で――」

 ――そういう風に事が運ぶ。

「――では、あの “噂” は本当のことなんですか……ホテル店舗が――、」
「……まだすべては未定です。従業員が噂に踊らされて馬鹿な真似をしないよう――、」

 耳に入るいくつかの声は、耳鳴りのように不快な残響と化していく。
 こんな時なのにどうしてか、濁った残響の中から澄んだ鈴の音のように、彼女の――水奈瀬葵の声が聞こえた。
 ――黒河さん、……と、屈託なく自分を呼ぶ声が。

「――以上が、大まかな人事の流れだ。まだ内示の段階で変更もありうるから、引き継ぎは急がなくてもいい。十月の定例会で正式に発表の予定だ。皆そのつもりで」
 徳永の言葉が終わると、統括は一同を見渡した。
「しばらくはまた、貴方がたに大きな負担をかけますが、今年度末までには体制を万全に整えたいと思っています。……よろしくお願いします」

 殊勝に言い渡す統括部長の言葉に、メンバーは各々神妙に一礼する。
 手元の資料に意味もなく視線を落とし、侑司は後ろ髪引くような何かを、無理矢理振り払った。

 ――これで、いい。よかったのだ。
 距離が離れれば、そのうち記憶も薄れて消える。

 抱きよせた甘やかな感覚も。
 その時湧きあがった “愛おしい” という感情も――


     ~ 第1部 完 ~




 
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