溺愛の花

一朶色葉

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番外編

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*サイトの生存確認で上げた小ネタ2本詰め。


●●猫の日小ネタ●●

「ふと思ったんだけど、ルレインって猫っぽいよね」
  始まりは、そんなナーシェの一言だった。
  終業間近の時間帯。業務は大抵終わり、一息つく憩いの時間だ。
  小首を傾げるルレインの横で、二杯目のコーヒーをカップに注ぎながらファイが頷く。
 「たしかに持ってる色が黒猫に近いわよね」
 「ファイ室長もそう思います? ルレインの目って琥珀だけど色味が黄色に近いからますます猫っぽいというか」
 「……そうかなぁ」
  いまいち納得がいかないのはルレインだけだ。うんうん頷き合いながら「中身もちょっと似てるわよね」と言われてしまえば、ますます納得しがたい。
 「ファイ室長だって犬か猫かで言えば猫でしょう」
 「あら、そう?」
 「ナーシェは犬」
 「えぇ……」
 「犬は犬で可愛いじゃない。わかりやすい甘え方してくれるし」
 「それはそうですけど、どちらかと言えば猫派なんですよねぇ」
  ナーシェの言葉を皮切りに、話題はどちらが好きかに移行する。
 「私も猫派だけど、ルレインはどっちが好き?」
 「そうですね……どっちも好きですけどどちらかと言えば……」
  そこまで言ったところで、横からナーシェが口を挟んだ。
 「当てるわ。犬でしょ」
 「……なんでわかったの?」
 「だって飼ってるじゃない、“わんこ”」
 「?」
  なんだそれは。今現在犬はもちろんのこと動物は一切飼っていない。
  それは何度か家に遊びに来たナーシェももちろん知っているはずなのに、さも当然というように断言されてしまい、困惑する。
  その横でファイが何かを察したように「ふふっ」と笑った。
 「確かに飼ってるわね、“わんこ”。ルレインに対してだけ甘え上手な大型犬」
 「……」
  そこまで言われてしまえば、それが純粋に犬の話題じゃないことにさすがに気づく。
  ふつりと沈黙したルレインに、ファイとナーシェはにっこりと微笑みながら声を揃えた。

 「ノスコルグ師団長は猫派だと思うわよ」

  ──その晩。
  ルレインはどこか苦々しい顔でヴィスタに「好きな動物」を聞いた。犬か猫かという選択肢を与えなかったのは、少々小狡い手だったと自分でも思う。
  しかしヴィスタは、わずかに苦虫を噛み潰したような顔をするルレインに不思議そうにした後、彼女を数秒見つめ、ふわりと笑いながらこう答えた。

 「猫一択かな」







●●ホワイトデー小ネタ(本編より数年前の話)●●

 青果店の店頭で、りんごが叩き売りされていた。
  頬に当たる風が冷たい今の季節、りんごは正直旬ではない。だというのに声を弾ませた自分と同世代の少女たちや年若い男たちは躊躇うことなくりんごを手に取り買っていく。
 (何かのイベントごとか?)
  その疑問に答えるように、店主から声がかかった。
 「兄ちゃんトネアロラって知ってるか? 夏に旅の一座が演じた劇なんだが」
 「ああ」
  異国の神話を元に作られた脚本で、愛の女神に恋をした人間の青年がりんごに想いを彫って手渡したとかなんとか。
  基本的に興味を抱かないものにはとことん無関心不干渉なウォズリトが何故その演劇を知っているかというと、ひとえに同期の薬剤師からの情報提供があったからである。
  魔術書ばかりを読み耽るウォズリトとは違って大衆小説も嗜む彼女は、演劇自体は鑑賞していないが小説化された脚本は読んだと言っていた。
 「知ってるなら話は早い。トネアロラと言えばりんご、りんごと言えばトネアロラだ。つまりはだな、便乗して今まで秘めていた心の内を解き放っちまおうという一種のイベントなのさ」
 「儲けるための青果店の陰謀か」
  ぼそりと呟いたウォズリトに店主はからりと笑う。
 「まあそう言うな。儲けがあるのは確かに嬉しいが、一番は想いが叶うことだ。りんごは『選ばれた恋』っつーおあつらえ向きな花言葉も持ってるしな。どうだい、兄ちゃん。想い人にりんご、渡してみないかい?」
 「想い人……」
  売り文句にふと、ウォズリトは考え込んだ。思い当たる節がない。好きだの何だのというのは、彼にとって未だによくわからないものだった。
 (たしかりんごの花言葉には『誘惑』『最も美しいあなたへ』というものもあったな。…………美しいあなた、か)
  ふむ、と光沢を放つ赤い実を見つめ考える。恋だの愛だのはわからないが、美しいと思える人間はいる。
  自身の努力を魔力の属性のおかげだと言われてもへこたれなかった強さ。それでも少し落ち込んだように努力を認められないのは腹が立つとぼやいた弱さ。
  見目の綺麗さだけでなく、彼女は見せる感情の変化も美しい。

 「みっつ、包んでくれ」

  たとえば彼が、この時期外れのりんごでタルトタタンを作ったら。それを菓子に茶にでも誘ったら。
  最近何故か壁を作るようになってしまった彼女はどういう反応をするだろうか。
 (おそらく困らせるだろうな)
  それでも彼女は戸惑いつつも自分の誘いを断らないだろう。
  考えるだけで少し楽しくなってくる。

  恋だの愛だのはよくわからない。だから彼にとってのトネアロラはこれでいい。
  最も美しいあなたへ。──これからも君が変わらずにいることを願って。 

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