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第2章
18 合永絵麻(7)また会えたら
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「さっきから偉そうに頭が高いんだよ!」と魔女は一喝した。
飛び上がって反動をつけて、シャドウ目掛けて突っ込んで行った。
絵麻が、あっ!と声を上げる間もなく、一瞬のことでシャドウは避け切れず頭突きを受けた。ドゴンと鈍い音と共に床にひっくり返った。
「ちょ、ちょ、ちょっと!!何してるの!魔女さん!!」
絵麻は魔女の体を抱き抱えて抑えに入った。緑色の瞳は爛々として、グヴヴヴ、グルグルと喉元を鳴らした。威嚇だ。引き裂く爪も用意万端。追撃も辞さない構えだ。
「お兄さん!お兄さん!大丈夫ですか!?」
絵麻は魔女を抱き抱えたまま、シャドウにそっと近づいた。
「あ…。ああ…」
咄嗟の事に判断が鈍った。絵麻とは違い、魔女の正体がわかった時から、魔女には憎まれ口を叩かれていた。
ドエドの店でのような親しみやすさは無に等しかった。自分のことは好まれてはないだろうとは踏んでいた。が、それでもまさか攻撃まではされないと思っていた。
シャドウの額には濡れた布がそっと置かれていた。
「ごめんなさい。お兄さん。魔女さんが失礼しました!!」
隣で絵麻が平謝りしていた。お前のせいではないとシャドウは手を振って合図をした。
至近距離から、こめかみに魔女の頭が突っ込んで来た。爪で抉られはしなかったが、硬い皮膚の塊をモロに受けたので頭の中がグラグラした。横になってもまだ調子が戻らない。
「私の話が長かったから魔女さんイライラしてたんだね。わかりずらいよね。お兄さんもごめんなさい」
「そんなことはない。知りたかったことが知り得て助かった」
「そう?…なら、いいけど」
シャドウは額に乗せられた濡れた布を前髪をかき上げながら触った。
「…お前はこのままこちらの世界にいる気か?」
隣に座る絵麻は、シャドウの問いにキョトンとしていた。
「元の世界には戻れないとラボの人が言っていたから…。そこは、うん、まあ。納得はしてるつもり」
「母親のことは気にならないのか」
「気にはしてるよ。でも、さっきも言ったけどあの時感じた気持ちは同じなの。何度考えても同じことを言ったと思う。言いすぎて謝りたい気持ちはあるけど。でも、」
「でも?」
「…今ここで、元の世界に戻れたとして、お母さんとは会えても、魔女さんには二度と会えなくなる。それはいや。絶対」
母親を恋しいと思う気持ちと、魔女を慕う気持ちは同等だという。
「比べるのはおかしいけど、どちらも大事なんだ」
別れを選びたくない。
「そうか」
シャドウは絵麻の言葉をグッと噛み締めた。どう考えるのかは個人の問題だ。異論を唱える気はないが、絵麻の迷いのない発言には正直驚いた。
過去は消せない、やり直せない。だから捨てろと新しく始めろと提唱していたどこかの馬鹿がいた。
そんな簡単なことではないのだ。どう考えて、どう決めて、どう実行するかは、己で決めることだ。
甘い言葉に唆されて身を乗せてしまう環境にいたとしても、どう生きるかは己で決めなくてはならない。
あいつがどんなに葛藤していたか、奪う側にいた奴らには決してわからない。
シャドウの脳裏には、かつて傍にいた人物が思い浮かんでいた。
強引に記憶を奪われ、肉体も消えた。未だに生死がわからない。
探し当てた後は、一緒に生きて行きたいと考えていたが、本人がどう思うかはわからない。慎重に精査しなくてはならない。己のエゴを押し出し過ぎないよう努めなければならない。
シャドウはまた深い溜息を漏らした。
「もう!また溜息してる。お兄さん色々と溜め込みすぎてんじゃない?お兄さんが悩む度に眉間の皺がぎゅっと寄って溝ができてるよ。そんなに辛いこと?」
「…人が一人消えたんだ。オレの目の前で。どうしたって脳裏に焼き付いて離れない」
「…それはだいぶ…辛いね。でも、お兄さんのせいじゃないでしょう?」
「…全くないとは言えない」
オレたちが出会わなければこんなことにはならなかったかもしれない。
オレの過ちがあいつに不幸を招いてしまった。
「…辛いとは思うけど、いつまでもタラレバ言ってても何も変わらないよ。相手の人も重く感じちゃうんじゃない?だから、もっと先のことを考えようよ。見つけたら何て言う?懺悔よりまず言いたいことあるでしょ?それを考えようよ!」
絵麻は落ち込んでばかりいるシャドウの両肩を叩いた。バシッと。にへへと屈託のない笑顔に、シャドウも肩の力が抜けていった。
「お兄さんの探してる人はどんな人なの?」
絵麻はシャドウの顔を覗いた。
「どんなって…。若い…娘だ」
「私ぐらいですか?名前は?」
「お前よりは上だな。二十二、三歳か。名前はユキ・イズハラ」
「へぇー。イズハラさんかぁ。確かに私がいた世界の名前っぽいですね。どんな字だろう。イズハラユキ。伊豆原かな?泉原かな?ユキは雪?」
絵麻は文字を書き出した。元の世界の文字なのだろう。全く読めなかった。
「それにしても、この人のお名前は水関係が多いですね」
「水?」
「伊豆というのは地名なんです。ザザみたいに海に囲まれている土地です。海産物も美味しいし、温泉も有名ですよ!泉にしても、雪にしても水に繋がる意味を持つんです。もしかしたら、水辺に関係しているところにいるかもしれませんね」
「水辺…?」
「川とか海とか、あと湖…?ま、勘ですよ!勘!」
「そのラボの近くに水辺があったか?」
「どうだろう…。私は土地勘がないからよくわからないや。ドエドさんなら知ってるかも。でも、勘ですよ。あくまでも!」
深く考えないでと絵麻はたじろいだ。当てずっぽうを本気に捉えないでほしい。
「…それでも何もないよりはマシだ。ドエドに聞いてみることにしよう。ありがとうな。色々考えてくれて」
シャドウは濡れた布で顔全体を拭いた。
「本当にありがとう。あのトカゲ…魔女にも世話になったと伝えておいてくれ」
シャドウはもう一度絵麻に感謝を告げた。
「…うん」
吹っ切れたような表情に、絵麻は黙り込んだ。
前向きになった分、悲しい。
行方不明になった人を探しに行く。今まで何人と見かけたことがあるけど、誰一人として「合永絵麻」を探しに来た人はいなかった。
半身置いてきたと自分に言い聞かせて、帰らない理由を作った。私の半身が傷つけた母を癒やしてくれるだろう。謝って、慰めて、仲直りだ。私がいなくても大丈夫だと自分に言い聞かせていた。
バサバサ
魔女の羽音がした。天窓から飛んできて絵麻の肩に着地した。心なしか爪が食い込んでいた。
「だからあんな得体の知れないヤツを招き入れるのは嫌だったんだ!」
「そんなこと言いましたっけ?」
「ああ。言ったさ。お前が泣くから嫌なんだよ!」
ベラベラ喋りやがって!と魔女は立腹していた。
「やだなぁ、泣きませんよ!アハハ」
「棒読みすぎるわ」
「アハハはアハハ。ハハ…は、は…」
「相変わらず世話が焼ける娘だねぇ」
「お世話できて嬉しいでしょ?魔女さん」
「ぬかせ」
魔女は、顔を突き出し、目尻から落ちてきそうな涙を拭った。
絵麻はシャドウを見送った後は、すぐに寝台に横になった。
色々なことがあって疲れてしまった。色々葛藤はありつつも、考えていることは前向きだ。
「…お兄さんの探し人が早く見つかればいいな。がんばって。その人がどんな答えを出すのか私も気になるから、いつかまた、会えたらいいな」
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