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第4章
14 サディカの告白(3)
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「話は戻るが。サディカは監視されていると言っていたが、どういう意味だ?あと、ナユタのことをもう少し知りたい」
関連があるのか?
シャドウは首を捻る。
「言葉通りだよ」
監視に関しては、いつまで経っても母が子離れをしてくれない。自分の思い通りにならないと憤慨しているらしい。世話になった恩はあるが、いつまでも囚われていたくない。
シダルがどんな性格なのかは村の人間なら誰でも知っていた。口が悪い頑固な老婆。その一言に尽きる。それでも側から見れば、二人は仲睦まじい親子と思われていた。そう思っていたのはシダルと村の人間たちだけだ。当のサディカにしては不満だらけだった。
「何をするにも母の許可が必要でした。本を読むのも、字を書きとるにも。外出もままならない。毎日、息が詰まりそうな日々でした。ただ、私はまだ子どもで、知らない国で一人で生きていくのは難しかった。だから従順なフリを覚えました」
「……本当に子どもか?」
「ふふ。人を欺くことを覚えたのはこの頃かもしれませんね」
それだけ自分の「生」に飢えていた。いつか必ず元の世界に戻ると意気込んでいないと自我を保てなかった。
「その母役の女に」
「シダルと言います」
「そのシダルに、暴力とか奮われたりはしなかったか」
サディカは考える仕草をしてすぐに答えた。
「まあ、なくもないけど。些細なものです。とにかく私の外見が気に入らなかったんでしょう。身包み剥がされて検問されましたね。浅黒い肌をこそげ落とせと軽石でゴシゴシ洗ったり、この額の文字を気味悪がってゴシゴシと消そうとしたり」
「…それは些細なのか?」
「それでも殴るとか蹴るとかはなかった方かな。翌年には私の方が背を追い越していたしね」
成長期バリバリ。次第に腕力もついてきた。
「そうか」
「手より酷いのは言葉の暴力です。毎日毎日。本当に恐ろしいよ。どうしてそんなに息を吐くように暴言が出てくるのか信じられない」
「どんな婆か想像に難くないな」
「一言で言えば害悪な人です。だから私は家を飛び出してここにいるんです」
ナユタの助言とムジの力を借りて、この場所まで逃げた。門所を訪れる大工師たちに声をかけて小屋を作ってもらった。
「ここでなら邪魔者もなく転移者のことを研究できるぞと喜びました」
「ナユタにも力を借りたんだな」
「ええ」
「それでも信用には置けないと思っているんだろう?」
「ええ」
「俺はここに来るまでナユタに案内をしてもらったんだ。出会って一日程だが、とても悪い奴には思えなかったんだが…」
「私の印象だからと言ったでしょう。あなたがナユタをどう評価しても構いませんよ。あなたが信用に置けると言うならそれでいいじゃないですか」
一度でも根付いた感情は、そう易々と覆すことはない。やっぱり無理だと思っても、心のどこかでよかったところを探してしまうものだ。
「ナユタはね、自分に関係あることなら進んで力を尽くす人です。自分の宿がどんなに立地が悪い場所でも手放したりしないし、横暴な客が来てもニコニコして迎える。妻のナノハとも仲が良いし、協力し合って切り盛りしている。料理も上手だし人当たりも良い」
「なら、なぜ」
そう毛嫌うのか。
「自分に関係ないことには目を背ける人だから。私が良い例だ。ナユタとナノハには子どもがいないから、子どもの面倒は見られないと言って母に預けた。その母に言葉の暴力を浴びせられ続け疲弊してる私を見ても何もしてくれなかった。母には当たり障りのないことだけ言うだけ。たまに食事会に呼んでくれたりもしたけど、自慢の料理を奮って悦に入っていただけだ」
そう話すサディカの表情は固く、静まり返っていた。憤慨しているとか激しいものではなく、静かに怒りを溜めているように見えた。
「面倒なことには巻き込まれたくない。それは誰もが思うでしょう。それはわかるよ。それでもいつでも誰にでもニコニコしているのが気に入らなかった」
サディカは積年の恨み言だと、ぶつぶつと呟いた。
「自分の宿のことで手一杯だったんだろう」
「それはそうですね!」
シャドウに声をかけられてパッと表情を明るく見せた。シャドウが気を遣って言葉を選んでいることに笑みを浮かべた。
「ふふふ。無理に私に合わせなくていいですよ」
「それだとあんたが不憫でならない。あんたにだって大変世話になったんだ」
「あなたは良い人だね。でも私に合わせて自分の意見を曲げることはないよ。あなたが思うナユタ像ができているなら、それで良いじゃないか」
サディカはやんわりとシャドウをいなす。共感して欲しいわけじゃない。
ただ、シャドウが見えてない部分もあるということだけを教えておきたかった。善人に見えてもすべてが「良い人」だとは限らない。
「見た目だけではわからないということだよ」
サディカはまたやんわりと微笑みを返した。
「ナユタは主神の番でもあったから、本当忙しくて手が回らなかった時期もあった。仕方がないんだ。ムジも村長と宿屋の仕事もあったから、私にまで気が回らないんだ。そう自分に思い込ませて嵐が過ぎるのを待っていた。ただ、報われないのは子ども心にショックだったってだけさ」
他の村人たちも最初は親身になってくれた。
でも、時間が経つうちに煩わしくなってきたのか、声をかけてくれる人もだんだんいなくなった。
たまに母と二人で一緒にいれば仲直りしたのねと勝手に思い込まれる。
「親孝行しなきゃだめよ」、「勉強も大事よ」などと告げられる。その言葉にシダルが全力で乗りにかかるんだ。
「この子は研究者になるんだよ。立派なものだ」と身勝手なことを言いふらすんだ。
「読み書きも禁止してるくせに何を言ってるんだ。私の意志などまるで無視なのにね。大人は本当に身勝手だ」
サディカは憤りを隠せなくなっていた。表情が交差する。喜怒哀楽がごちゃまぜだ。
「だから逃げたんだ。何もかも嫌になってね。ひとりは快適だね!誰にも縛られないし、時間も自由に使える。本を読んだり、字を書いたり、誰の許可もいらないんだ!!転移者のこともたくさん調べたよ!!」
旅行者に紛れて門所を抜けて、色々な町を見た。
「私以外の転移者もたくさんいるものだね。色々と話を聞いたよ」
「名前や出身地と家族構成。自分がいた世界の特色や人口とかね。自分は何者で、何をしていたかとか、好きな食べ物や嫌いな飲み物など。私の知らない世界がどんどん広がって、知識が増えてますます楽しくなってきたよ!」
記憶を反芻して思い浮かべてるサディカはとても生き生きとしていた。ザザで出会った少女が話していた内容と一致していた。
「それであなたは何を知りたいの?」
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