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第4章
53 出発の日
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出発の日、荷馬車にはキアとシャドウとロイ。ムジとシダル、ムジの妻のヲリ。その他数人の村人が乗っていた。
いつも歩いていた道をガタゴトと馬車に揺られて行くのは、とても不思議な感じがした。
門所まで数分の間、キアは周りの木々を見ながら、時折り吹き込んでくる風を浴びながら、おだやかな時間を過ごした。ナノハの手編みの帽子とマフラーに身を包み、ナユタの手作りのお弁当を膝の上で大事に抱えた。アンジェには常備薬を、アンジェの息子のアーシャには木の実の飾りと双子の姉妹からはお守りを貰った。泣きべそ面のアーシャには「早く帰ってきてね!」と懇願された。キアは涙ぐむ姿をパッと手で隠し、
「行ってきます!」と笑顔で手を振った。
自分で行くと決心したものの、引き止められると涙が出てしまいそうになる。悲しくなるのは仕方がないだろうとロイに慰められた。
「…あれとの別れはいいのか?」
隣に座ったシャドウがぼそりと呟いた。キアを見ては昨夜の情景が思い浮かんできた。
「…キハラのことですか?はい。昨日、ちゃんと挨拶をしてきましたよ」
泣かないよう気遣いながら笑みを浮かべるキアに、シャドウは若干の気苦しさを感じていた。
別れの場とはいえ、交わり合う二人の姿を目撃していた。
「覗き見とは趣味が悪いな」
ロイはシャドウに耳打ちした。キアに聞こえないようにこそりと。
「そういうつもりではない!」と真っ赤になって取り乱すシャドウに、キアは不思議そうな表情を見せた。
「おいおい、でかいのが暴れるなよ~」「荷物載せる前に馬車が壊れちまうよ~」などと野次が飛び交い、場の雰囲気が一気に和やかになった。
わいわいと騒ぐ人々の中で、キアの気持ちも軽やかになった。日差しが暖かいと笑った。やがて荷馬車は門所の前で止まった。
「ああん!?」
ムジの怪訝な声は馬車の中まで響いた。思わず日よけの幌を下げる手も止まってしまった。
「なんだなんだ、どうしたってんだ!」
ムジの側にいた村人は彼を覗き込むような素振りを見せた。外出の際には門所での手続きが必要になる。人数と名前と何日から何日まで外出するかを記入しなくてはならない。これは外から来る旅人だけでなく、村人にも必要なことだった。
今日の当番はハゼルだ。最後にシダルと会わせて謝罪の場を持たせようとムジが計らったシフトだったが、門所の中は空だった。
「あのクソガキ…」
床やテーブルには中身のない酒瓶やグラスが転がっていた。
一緒に飲んでいたと見られる若者が数人床に転がっていた。むせ返るほどの酒の匂いに側にいた村人は鼻をつまんだ。
「お前ら!どういうことだ一体!!」
中には、ハゼルを監視するために配置した人もいた。これもムジの計らいだ。
「むむむ、ムジさん!!す、すいません!ああ、頭がイタタタ…」
「おぅええ!…気持ち悪い…」
「飲み過ぎだ馬鹿野郎!仕事放棄してまで飲む馬鹿がどこにいる!!」
「いや、仕事はちゃんとしようと…」
「自分も、飲みすぎないようセーブしてたんですよ」
アルタムとラコロはよろよろと足元が覚束ない仕草を見せる。
「その割には酒瓶が空じゃねえか」
「そんなはずないんだけどなぁ。アイタタタ…」
そんなに飲んだはずはないと首を傾げる二人に対し、空の酒瓶が数本。辻褄が合わない。
「ハゼルの野郎はどこに行った!!」
「あれえ?一緒に飲んでたはずなのに」
「あいつ以外と酒は弱くて、あっという間に潰れてたのに、オレらより先に寝てたはずなのに」
オロオロする二人にムジは怒鳴りつけた。
「ああ、もういい!書類を書け!!」
「あっ!ハイ!!すみません!!」
書類を作成するのに数分かかるという。手持ち無沙汰の村人は馬車を降りてストレッチをしたり、川で水を汲んだりしていた。
「厄介者は最後まで厄介だな!!」
ムジのぼやきにシダルは、
「まったく、余計なことをするんじゃないよ。クソガキの顔を見なくて清々するよ」といつものシダル節を炸裂していた。
幌を下げようとしていた人に対しても、
「こんなムサ苦しい男どもがいる中でそんなものを下げたら空気が淀んじまうよ!」と一蹴した。その姿はハゼルとやり合う前と変わらなかった。キアに対しても、
「お前!主神の仕事をほったらかすなんていい度胸じゃないか!」と噛みついてきた。
「き、キハラには了承を取ってます…」とオドオドと返答する姿に、生意気な態度だと唾を吐いた。
(あ~、相変わらずですね)と誰もが思った。
村から離れて一人になっても平気そうだと誰もが思った。こういう人はこういう態度しか取れないのだろうと思う人もいたかどうかは、知る由もない。
「よっこらせいっと」
シダルはどかっと荷馬車の最後尾に腰を下ろした。足をぶらぶらと外に放り出した状態だ。
「婆さん落ちるなよ」と野次が飛んでも、背中を向けたまま、ひらひらと手を振るだけだった。
次第に馬車は動き出した。ガタゴトと音を立てながら先を行く。村が遠ざかる。森が深くなる。木々の色が変わる。鳥の声がする。空気が冷たい。知らない道になる。
「…はぁ…、」
シダルは息を吐く。しわしわの両手を覗く。ささくれやあかぎれはこの時期ならではだ。あれがいなくなってから、雑巾がけやら草抜きやら、たくさんしてきた。ろくに手入れもしないから手荒れたままガサガサだ。爪も縦筋が入って割れた。他にも傷はたくさんある。
一度顔を撫でてやったら、ガサガサして痛いとそっぽ向かれた。それ以来触れることはしなくなった。
さんざん虐めて、さんざん泣かせて、山奥まで追い払った私が、今さら何を思うのか。
「何もない」
「何もできない」
「何も思わない」
そう思うのが普通だ。今さら懺悔してもあれには届かない。らしくない。
ただ、村を離れようと決めた時、こう言おうと思ったのだ。本人には会えなくとも。
「ずいぶんと長く、閉じ込めてしまって悪かったね。もう好きにすればいい。…私なんかのところに来たのが運の尽きだった。…ただ、少しだけでも息子でいてくれたのはうれしかった」
言い終えた後、一筋の涙が頬を伝った。しわしわの顔に入り込んで滲んだ。嗚咽と鼻水を啜る。ベトベトして落ちやしない。
「サディ、カ…」
呻めき声を振り絞る。顔に擦り付けながら袖口で拭った。嗚咽までは聞こえないフリをした。
シダルの言葉は風に乗って、サディカの元へ運ばれただろうか。
聞こえていたらいいなと誰もが思うだろう。虫のいい話だろうか。
たとえ、
「今さらしおらしくなっても何も変わらないさ」とぼやかれても。
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