底辺奴隷の逆襲譚

ふみくん

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第三章 潜伏編

王都

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 王都に佇む、一際豪勢な屋敷。
 王の城かと見間違うほどのこの屋敷に住むのは、十二貴族の一人ノーマンだ。

 そんなノーマンの屋敷の一室へ、王国の守りを担う要となる者たちが集められていた。

 王の身を守る近衛騎士団の騎士団長。
 王都の警備を一手に担う王都守護隊の隊長。
 外敵の侵入から王国を守る王国軍の中の最精鋭、第一兵団の兵団長。
 その実態はこの場にいる者すらほとんど知らない、『影』と呼ばれる集団の長。
 そして一騎当千といっても過言ではない、二つ名持ちの騎士が四名。

 まず最初に口を開いたのは、二つ名持ちの騎士の一人、『剛腕』ことアルベルトだった。

「アレスさ……叛逆者アレスの娘は、なかなかの腕だったぜ」

 アルベルトはそう告げる。

「なかなかの腕などという抽象的な表現では分からない。我々が知りたいのは、その娘が、我々の脅威となりうるかどうかだ」

 王都守護隊の隊長エルフィンが、神経質そうな顔を歪めながらアルベルトを睨む。

「まあ、今もし近衛にしたとしても、すぐに小隊長くらいは任せられるんじゃないか? 正直、子供にしては異常な強さだ。もっとも、二つ名持ちが相手をすれば、まず間違いなく勝てるだろう。五年後は分からないが……」

 王都守護隊の隊長は、アルベルトを睨みつける。

「初めからそう言え。この場にいるメンバーは暇ではないのだ」

「はいはい」

 アルベルトは大して気にする様子もなく、肩をすくめる。

「そちらの方はどうだ?」

 十二貴族の一人であるノーマンが、『影』の方を見る。
 漆黒の服を身に纏い、口元を布で覆った男は、くぐもった声で答える。

「我らが力を持ってしても、手掛かりすら掴めない。どちらもそれなりの手練れだけあって、痕跡を残すようなヘマはしていないようだ。それでも時間と人さえかければどうにかなるが、魔族にも妙な動きがあるようだし、隣国の動きも気になる。これ以上は割けない」

 『影』の男の言葉を聞いたノーマンは忌々しそうな表情をする。
 
「くそッ。『閃光』め。二つ名持ちになり立てとは言え、奴に逃げられたのは失態だ。奴の襲撃に合わせ、相応の戦力を割かねばならない」

 そんなノーマンを、王国軍第一兵団の兵団長ジャンが宥める。

「まあまあ、ノーマン様。叛逆者アレスの娘の実力が、そこまで脅威じゃなかった以上、いくら『閃光』がいるとはいえ、敵の勢力は知れています。どちらも居場所が分からないというのは気になるのは分かります。ただ、油断は禁物ですが、警戒を怠らなければ、問題はないでしょう」

 ジャンはそう言いながら、一人の中年男性を見る。

「今回の件の引き金になった魔族が、すでに手を切ったのが、確かなら、ですが」

 中年男性は頷く。

「少なくとも叛逆者アレスの娘の側にいないのは間違いないでしょう。『剛腕』と共に包囲した際、助けにも来ませんでしたし、周囲に魔力も感じませんでしたから。『閃光』も魔族嫌いで有名ですから、余程のことがない限りは大丈夫でしょう」

 叛逆者アレスと手を組んでいたとされる、上位魔族グレン。

 上位魔族相手でも十分戦える、パーティーの実力としては、二つ名持ちをも上回る実力を持つ精鋭部隊。
 そんな部隊をたった一人で屠った魔族は姿を消しているようだった。

 それは襲撃に備える王国側にとって、朗報だった。

 何もせずとも次期国王の筆頭だったアレスが、なぜ魔族などと手を組んだのかは分からない。
 だが、人間の歴史上、最強とも言われるアレスと魔族が手を組めば、簡単に王国を乗っ取ることができるのは明白だった。
 そんな叛逆者を捕え、処刑するのは当然のことだろう。

「仮にその魔族も一緒になって襲って来たとして、十二貴族の皆様に、剣聖、賢者、大神官、二つ名持ちの騎士に、その他の精鋭騎士・兵士。王国の全勢力が重点的に警護している相手を、奪い返すことなどできるわけがありません」

 王国守護隊の隊長エルフィンはそう断言する。

「まあ、それに最後の仕掛けもあるしな」

 底意地の悪そうな、歪んだ笑顔を見せながら、ノーマンが呟く。

 ただ一人、魔族が叛逆者アレスの側にいないと話した中年男性だけが浮かない顔をする。

「どうした? 『軍師』ともあろうものが沈んだ顔をして。失態を気にしているのか? それとも、何か作戦を思案中かな?」

 第一兵団の兵団長ジャンが、『軍師』と呼ばれた中年男性を見る。

「いえ……」

 『軍師』は言い出せない。

 敵の戦力はそれだけではない、と。
 それを言うのは、見苦しい言い訳にしか聞こえないから。

「この場では、思ったことを言え。気付いたことを話さないのは叛逆とみなす」

 ノーマンの言葉に、『軍師』は、しかたなく口を開く。

「敵の中に、もう一人警戒すべき人物がいます」

 『軍師』の言葉に、全員が反応する。
 先程挙げた人物以外で敵がいるとなると、それは王国にとって由々しき事態となるからだ。

「そいつはただ事じゃないな。だが、叛逆者アレスの関係者で他に力がある奴と言えば、あとは『小賢者』くらいだが……?」

 『剛腕』アルベルトの言葉に、ほとんどの者がが同じ思いを抱く。
 二つ名持ちの騎士を上回る力を持つと言われる『小賢者』。

 別格の強さを持つ叛逆者アレスを除き、王国で二番目に強い者と言えば、必ず名前が上がるのは『剣聖』『刀神』『賢者』『大神官』の四名と、十二貴族だ。
 その内の『賢者』の後継者と目されているのが『小賢者』リンである。

 アレスの娘の魔法の家庭教師をしていたその天才魔導師もまた、アレス叛逆事件後、所在不明となっていた。

「それはない」

 ノーマンは断言する。
 叛逆事件時の当事者であるノーマンの言葉に対し、異議を唱える者はいない。
 明確に逃亡中と伝えられている、『閃光』とアレスの娘の二名とは異なり、『小賢者』については、無罪になったという後は、生死すら伝えられていない。

 だが、ノーマンが否定する以上、敵対する可能性はないということで間違いない、というのがこの場の全員の共通理解だった。
 ノーマンの言葉には、それだけの重みがある。

「それなら誰が?」

 第一兵団長のジャンが『軍師』と呼ばれた中年男性を見る。

「……叛逆者アレスの娘と共にいた少年です」

 『軍師』はそう口にする。
 それを聞いたジャンは嘲るように笑う。

「おいおい、軍師さんよ。いくら自分の失態をフォローするためとはいえ、子供のせいにするのはないんじゃないか?」

 ジャンの言葉はもっともだと、『軍師』自身も思う。

「叛逆者アレスの娘も子供としては化け物だったが、それでも脅威というまでじゃない。仮にあんたが対峙した子供が強いとしても、アレスの娘以上とは思えない。もしそんな子供がいたとしたら、そいつは将来、アレスを超える化け物になる可能性があるってことになる」

 アルベルトの言葉に、その通りだ、と『軍師』は心の中で頷く。
 そんな子供がいるなんてありえない。
 仮にいたとして、この場にいる誰もその存在を耳にしたことがないということは、普通に考えれば絶対にありえない。

 それでも『軍師』は口にする。

「あの時、叛逆者アレスの娘を逃してしまったのは、その子供のせいです」

 ノーマンはため息をつく。

「せっかく『剛腕』がアレスの娘を抑えていたのに、貴様が子供相手に手こずり、獣人の奴隷に抱えられて跳んで逃げられたという話だよな?」

 蔑むような目でこちらを見るノーマンに、『軍師』は頷く。

「……その通りです」

 『軍師』は屈辱をこらえながらそう答える。

「あれは貴様が相手を舐めたからだろ? その子供は確かにそこそこの腕だったようだが、中級魔法までしか使えなかったと聞いている。そんな子供が脅威たり得るとは思えない」

 気付いたことを話せと言いながら全く聞く耳を持たないノーマンに対し、『軍師』は内心舌打ちをする。

「ですが……」

 言葉を続けようとする『軍師』をノーマンは睨みつける。

「くどい! 先日の失態に飽き足らず、自らの失態を弁明する為、この場を混乱させるようなことを言うとは……二つ名の剥奪も真剣に検討せねばならないな」

 ノーマン以外のメンバーも、多かれ少なかれ同じようなことを思っているのだろう。
 ノーマン同様、蔑むような目で『軍師』を見ていた。

 こうなることが分かっていたからこそ、『軍師』は少年のことを口にしたくなかった。

「申し訳ありません」

 『軍師』は頭を下げる。

「次回以降、貴様はこの場へ来るな。しばらく頭を冷やすが良い。貴様は頭だけが売りなのだからな。その頭がそんな状態では使い物にならない」

 公衆の面前でノーマンにそう言われた『軍師』は無言で頭を下げ続ける。

 上位魔族グレンがその場にいる前提で、『剛腕』と共にアレスの娘を包囲したあの日。
 魔族グレンがいないことを知り、少し気を抜いたところがなかったかと言われれば、ゼロではないかもしれない。

 だが、油断はしていなかった。
 どんな戦場においても、強者が身を滅ぼす一番の原因は油断に他ならない。
 だから、相手がたとえたった一人の無名の子供でも、全力を尽くす。

 百名の精鋭を連れての戦い。
 負ける要素は皆無だった。

 自身の戦闘そのものに関する実力は、正直なところ大したことないと『軍師』は思っている。
 だが、その代わりに、集団戦の指揮に関しては自信があった。

 上級魔法は一通り使えるが、魔力量はずば抜けているわけではなく、剣の腕前に至っては、人並み以下だと自分のこと評価していた。
 それでも指揮に関して自信があるのは、偏に知識と経験による。

 物心ついた頃から本を読み漁り、幼い頃から幾多の戦乱を経験してきた『軍師』は、戦いの流れというものが見えていた。

 どんな戦場にも流れというものはある。
 その流れに従い、己の知っている戦術を合わせれば、よほど戦闘力に差がない限り、負ける要素などないはずだった。

 しかし、アレスの娘の仲間である子供と戦った時は違った。
 流れが全く読めない。

 圧倒的弱者であるはずの子供に対して、精鋭を百人も連れながら、攻撃をかすらせることすらできない。

 初級や中級の魔法を雨のように浴びせても防がれる。

 相手が子供である点を除けば、これはまだ、防御に優れていれば可能かもしれない。

 だが、三人がかりで放った上級魔法が、自ら避けるように逸れていったのは異常だ。
 子供の放った初級魔法の火の玉が、魔力の込められた剣で切られた後、燃え続けていたのも異常だ。

 こんな芸当ができる人物は、一人しか心当たりがない。
 歴史上最も偉大だと伝えられる賢者。
 尊敬の念を込められて、歴史上ただ一人だけ、賢者の称号の前に『大』の文字をつけることを許された、先々代の賢者。
 『大賢者』だ。

 『大賢者』には、上級魔法すら触れることができず、さらには消えることのない火の玉を放つことができたという。
 まさにこの間の子供のことだった。

 そんなに昔の話でもないのに、お伽話のように語られる『大賢者』。
 全ての智を司り、空を駆け、地を切り裂き、龍をペットにし、四魔貴族とも渡り合ったと伝えられる、伝説のような存在。

 流石にあの子供には、そこまでの実力はないだろうが、それでも脅威に感じざるを得ない。

 それがアレスの娘と共にいた子供に対する『軍師』の評価だった。

 『軍師』は頭を下げた後、無言でその場を去る。

 自分は言うべきことを言った。
 それを真に受けず、無視したのは彼らの責任だ。

 ーーアレス防衛に失敗してから気づくがいい。

 本来、王国に尽くさなければならない身ながから、自身の眼力を否定されたことで、やさぐれた感情になった『軍師』は心の中で呟く。

 王都は荒れる。

 そのことを確信した『軍師』は、家族を連れてしばらく王都を離れる決意をし、そしてその選択が間違っていなかったことを後に知ることになる。
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