底辺奴隷の逆襲譚

ふみくん

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第四章 奪還編

奴隷の騎士④

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 一晩で気持ちの整理をつけたかった私だが、翌朝も未だ私の心は揺れていた。
 ヒナと話してだいぶ良くなったと思っていたが、恋心というのは、アンコントローラブルだ。
 思いを伝えることができなかったことが、どうしても心の中でトゲとなって引っかかる。
 心が全く自分の思い通りにならない。

「どうした? やはり不安か?」

 質問するエディに、私は咄嗟に何を答えればいいか迷う。

 幸か不幸か、エディは鈍感だ。
 ここで多少変なお願いをしてもエディはその意図に気付かないだろう。

 私の心に、卑しい考えが浮かぶ。

 そんな私を見ているヒナの視線に気付く。
 非難の眼差しを向けているかと思えば、エールを送っているように見える。

 私は心の中でヒナに詫びを入れ、エディにお願いしようとする。

「いや、エディにお願いがあって……」

 お願いすると決めたにも関わらず、私の口からなかなか言葉が出てこない。

「俺にできることなら何でもいいぞ」

 そう言って微笑むエディに、私はさらに平常心を失いそうになったが、何とか理性を保つ。

「その……私を抱きしめて、頑張れと言って欲しい」

 私は今日死ぬかもしれない。
 もちろんそうならないよう頑張るつもりだが、戦場では何が起こるか分からない。
 自分より強い騎士が死ぬところを、これまで何度も目にしてきた。

 やりたいこと、やって欲しいことは先伸ばしにしてはならない。
 今、エディに抱きしめてもらえたなら、私の後悔は大きく減るだろう。

 レナ様やヒナからすると、私の行為は単なる抜け駆け行為かもしれない。
 戦闘での連携に、マイナス要素になるかもしれない。

 騎士としてあるまじき行為だ。
 マイナス要素は出来うる限り排除するのが基本なのに。
 後悔の心が自分のパフォーマンスを下げるマイナス要素なのは間違いないが、これではどちらが良いのか分からない。

 仮にチームのパフォーマンスを下げてしまうなら、その分、私がカバーする。
 だから今だけは許して欲しい。

 そう心の中で呟きながら、私はエディの腕に包まれた。
 私の方が背が高いので、側から見ると私が包んでいるように見えるのかもしれないが。

 エディは何も聞かず、私を抱きしめてくれた。
 エディの考えていることは分からない。
 でも、今はそんなことどうでもよかった。

 小さいけれど、力強い腕に、私は身を委ねる。

 心臓が昨日以上に激しい鼓動を刻む。
 顔の辺りが直接胸が接しているエディにも、音が聞こえているかもしれないが、そんなことが気にならない程、私は幸せに包まれていた。
 人生でこれほどの幸せに包まれた記憶はない。

 明日死んでも悔いはない。
 ……そう思えるほどに。

 しばらくして、エディは私から離れた。

 正直、名残惜しい気持ちもある。
 でも、ずっとエディとこうしているわけにはいかない。

「ローザ、頑張ってくれ」

「……はい」

 エディの言葉に私は頷く。
 この言葉だけで、私は自分の実力の何倍も頑張れそうな気がした。

 ふと私はレナ様とヒナの方を見た。

 羨ましそうにしながらも笑顔を向けて頷くヒナ。
 明らかに不機嫌な様子のレナ様。

 私は二人に頭を下げ、抜け駆けを詫びた。

 私は今、自分が恋愛においてやりたくないと思っていたはずの、ずるい事をやった。

 その分は剣で返す。

 そんな思いを込め、剣の柄を握る。
 二人には今伝わらずとも、戦闘でその借りを返そう。

 そう誓った。





 その後、出立した私たち。
 アレス様を奪還すべく王都へ向かう途中、私はひたすらエディの後ろ姿を見ていた。

 僅か十二、三歳に過ぎない子供の背中。
 年下のあどけない少年。

 私はその背中に恋している。

 小さいはずのその背中は、実際の大きさとは比べものにならないくらい大きく、頼りになる。
 私たち三人はその背中に頼っている。

 エディの訓練による効果は絶大だった。
 一ヶ月前の自分に比べて、今の私ははるかに強くなっていると確信している。
 それは他の二人も同じだろう。

 エディの背中に恋い焦がれる三人。
 先頭を歩くエディの背中を、三人がそれぞれ見つめていた。
 他の二人が今、何を考えているかは私には分からない。

 これからの戦闘のこと。
 エディとの恋愛のこと。

 私はとりあえずエディのことを考えるのはやめた。

 やめたと言っても、気持ちは抑えられないので、ゼロというわけではない。
 でも、できる限り戦闘のことだけを考える。

 陽動部隊である私たち三人の中では、間違いなく私が最高戦力だ。
 レナ様もヒナも、この一ヶ月で見違えるほど強くなった。
 それでも、昨日時点においては、二人のどちらにも負ける気はない。

 これから臨む戦いは、圧倒的に不利な状況の中で、いかに戦闘時間を引き延ばし、無事に離脱できるかが問われる戦いだ。

 私はどちらかといえば攻撃に特化した戦闘スタイルである。
 そのスタイルで今回の作戦を成功に導くには、いかに効率よく敵を戦闘不能にするかが重要になるだろう。
 一度劣勢になり、守りに入ってしまえば、ジリ貧になってしまうに違いない。

 自らの実力と仲間たちの実力。
 敵の防衛戦力と応援体制。
 その両方を踏まえた戦い方を考えながら、私は歩き続けた。

 その間も、エディは先頭を歩きながら時折振り返り、私たちのことを気にしながら歩を進めてくれる。
 多少の距離を移動したくらいで根をあげるようなメンバーはここにはいない。
 それは、エディも分かっているはずだ。
 それでも気遣いを忘れないエディは本当に優しい。
 さすがは私の初恋の相手だ。

 エディの後ろ姿を見ているだけで、私は飽きない。
 あっという間に時間が過ぎる。
 数時間は歩いたはずだが、私にはたいした時間には感じられなかった。

 王都のすぐ近くまで到達した私たちは、二手に分かれる。
 最初の組み合わせはエディとヒナ、そしてレナ様と私だ。

 私はエディではなく、ヒナを見る。
 ヒナは無言で頷く。

 小賢者リンを救出するまで、エディを守る役目はヒナが担う。
 今回の作戦の中では、小賢者リンの救出が一番危険が低い予定だったが、何が起こるか分からないのが戦場だ。

 ヒナは、能力はあるが経験が浅い。
 だが、作戦上、小賢者リンが仲間になるまで、エディのことは索敵能力の高いヒナに任せざるを得ない。

 私の思いに応えるかのように、ヒナは力強い視線を私に送っている。
 私もヒナにエールを送るつもりで力強く頷いた。

「それじゃあ行ってくる」

 そう言って去っていくエディの背中を見送る私とレナ様。
 二度と見ることが叶わなくなるかもしれないその背中。

 告白をした。
 ……結果として、気持ちは伝わらなかったけど。

 抱きしめてもらった。
 ……そこに愛はなかったけれど。

 できることは全て行った。
 もともとうまくいくとは思っていなかった。
 結果が伴わなかったのは仕方ない。

 エディは最高の男性だ。
 剣だけが取り柄の、女性らしさのかけらもない私が、彼を自分だけのものにするなんて夢のまた夢の話だろう。

 でも、やれるだけのことはやる。
 そして昨日、結果は伴わずともやれるだけのことはやった。

 今回何が何でも生き延びて、いずれエディを振り向かせてみせる。
 そのためだけに生きる。

 私はこれからの戦いのことを考えた。
 正面から戦いを仕掛ける私たちのところへは、相当な戦力が向けられるだろう。

 それを最初は、レナ様と私のたった二人で受け止めなければならない。
 レナ様との完璧な連携が求められる。

 レナ様の剣は小さい頃から見続けてきた。
 エディとヒナの他の二人よりは、合わせやすいだろう。

 敵の数、敵の能力についてはいくつものパターンを頭の中でシミュレーションしてきた。
 それでも戦場では何が起こるか分からない。

 想定外のパターンが起こっても対応できるよう、レナ様とはよく話しておかなければならない。

 幸い、エディたちが合図を送るまでは、まだしばらく時間があるだろう。

 最後のすり合わせをすべく、私はレナ様の方を向く。
 すると、レナ様も同じことを考えていたのか、同じタイミングでこちらの方を向き、視線が重なる。

 だが、合っていたのはタイミングだけで、考えていたことは全く違った。

 レナ様から発せられたのは、作戦のことではなかった。

「裏切り者」

 レナ様は私にそう言葉を投げつけた。

 これから命を預け合う仲間に対しての口調ではなく。
 心の底から軽蔑するように。
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