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コソ練
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気絶から起き上がったアーサーは、「お前なんかマッシュオークだけ料理しとけば良いんだ!」と言い捨て、首を激しく前後に動かしながら去って行った。
そう言えば彼は前も同じような奇行を起こした後、同じような捨て台詞を吐いて去って行ったな。マッシュオークって何だろう。後でリーザ先生に聞いてみるか。
アーサーが去った後、調理場がぐっちゃぐちゃになったのをみんなで片付け、俺達も解散することにした。しかし片付け中も紅花は暗い顔をしていたのが気になり、一旦自室に戻ってもう一度調理場に赴いてみることにした。
静かだ。もうすっかり日は落ちているし、魔石灯が静かにグラウンドを照らしているだけで人の気配もしない。
ほとんどの生徒は部活の片付けをするか、部屋に戻っている時間である。
しかし、闇を照らす魔石灯の他に、もう一箇所光っている場所があった。調理棟の一階である。
いや、まさかな。
俺は半信半疑だったが、窓から覗いて思わず「あっ」と口に出してしまった。
紅花の姿がある。
真剣な眼差しで包丁を握り、野菜を刻んでいる。
調理台の上には数々のスパイスが粉の状態で散乱しており、配合に苦心していた様子が見て取れる。
紅花は俺達と一緒に調理棟を出た筈である。一度出て、一人で戻って来たのだ。
何故か?
誰にも悟られず、一人で大会の特訓をするためだ。
俺は思わず息を呑んだ。冗談だと思っていた。「優勝する」と口にしていても、実際は出来るはずがないと本人も分かっているに違いないと。
しかし今、目の前にいる紅花の表情は真剣そのもの。正しく料理人の顔だ。
本気なんだ。
俺はその時初めて気付いた。同時にどこか心の中でアーサーと同じように「参加を取りやめるべきだ」と考えていた自分を恥ずかしくなった。
紅花は額の汗を拭い、刻んだ野菜をフライパンに移した瞬間、視界が朱に染まった。
ゴッ! という峻烈な圧が俺の体を突き抜ける。
窓の外にも伝わってくる死を思わせる熱量は、先程の野菜達が料理として死んだことを知らせていた。
紅花の炎魔法が炸裂したのである。
うん、やっぱり出るの止めた方が良いかも。
その翌日、ニックには予定があるので三人練習は無しという話になっていた。しかし昨日の紅花の姿を見ているだけに、何もしないでいるのは落ち着かない気分だった。
調理棟に行けば今日も紅花は練習しているだろう。そう思い、放課後調理棟に向かおうと思っていた。
所用を済ませ、魔道士学科の校舎を出ようとした時だった。魔法練習室の前に人だかりが出来ていることに気付く。
魔法練習室とは文字通り魔法を練習するための部屋である。調理棟に設置されていた透明のな壁と同じような素材で各スペースが仕切ってあり、各々が魔法を撃って練習出来るようになっている。
何があったのだろうと近付いてみると、人だかりの中に見知ったおっぱ、いや、少女を見つけた。
「ジャンヌ、魔法練習室で何かあったのか?」
「凄いのがいる」
凄いのってお前の胸の事かと思った瞬間、鋭く閃光が走った。
やべえ、心が読まれた! と思った俺は慌てて地面にひれ伏した。
この下心がバレた時の対処法は反復練習を繰り返すことによって速度を高められる。中には光の速さを超えて土下座をして死んだ者もいるという。
「何してるの?」
……あれ? 何も飛んでこない? 恐る恐る顔を上げると、ジャンヌは哀れそうに見下ろしている。
「床に恋したの?」
「違う!」
周りの視線を一点に集めていた俺は一度咳払いをした。
「何かあったのか?」
「そうそう。見慣れない子が炎魔法を撃ってるんだけど、その威力が凄まじいというか」
ジャンヌが指差す先には、これまた見覚えのある少女がいるではないか。お団子二つ作った髪型に、スラリと長いシルエット。
成る程、凄まじい威力の魔法を使っていたのは彼女だったわけか。
俺が彼女の正体に気付いた瞬間、視界が朱に染まった。
そう言えば彼は前も同じような奇行を起こした後、同じような捨て台詞を吐いて去って行ったな。マッシュオークって何だろう。後でリーザ先生に聞いてみるか。
アーサーが去った後、調理場がぐっちゃぐちゃになったのをみんなで片付け、俺達も解散することにした。しかし片付け中も紅花は暗い顔をしていたのが気になり、一旦自室に戻ってもう一度調理場に赴いてみることにした。
静かだ。もうすっかり日は落ちているし、魔石灯が静かにグラウンドを照らしているだけで人の気配もしない。
ほとんどの生徒は部活の片付けをするか、部屋に戻っている時間である。
しかし、闇を照らす魔石灯の他に、もう一箇所光っている場所があった。調理棟の一階である。
いや、まさかな。
俺は半信半疑だったが、窓から覗いて思わず「あっ」と口に出してしまった。
紅花の姿がある。
真剣な眼差しで包丁を握り、野菜を刻んでいる。
調理台の上には数々のスパイスが粉の状態で散乱しており、配合に苦心していた様子が見て取れる。
紅花は俺達と一緒に調理棟を出た筈である。一度出て、一人で戻って来たのだ。
何故か?
誰にも悟られず、一人で大会の特訓をするためだ。
俺は思わず息を呑んだ。冗談だと思っていた。「優勝する」と口にしていても、実際は出来るはずがないと本人も分かっているに違いないと。
しかし今、目の前にいる紅花の表情は真剣そのもの。正しく料理人の顔だ。
本気なんだ。
俺はその時初めて気付いた。同時にどこか心の中でアーサーと同じように「参加を取りやめるべきだ」と考えていた自分を恥ずかしくなった。
紅花は額の汗を拭い、刻んだ野菜をフライパンに移した瞬間、視界が朱に染まった。
ゴッ! という峻烈な圧が俺の体を突き抜ける。
窓の外にも伝わってくる死を思わせる熱量は、先程の野菜達が料理として死んだことを知らせていた。
紅花の炎魔法が炸裂したのである。
うん、やっぱり出るの止めた方が良いかも。
その翌日、ニックには予定があるので三人練習は無しという話になっていた。しかし昨日の紅花の姿を見ているだけに、何もしないでいるのは落ち着かない気分だった。
調理棟に行けば今日も紅花は練習しているだろう。そう思い、放課後調理棟に向かおうと思っていた。
所用を済ませ、魔道士学科の校舎を出ようとした時だった。魔法練習室の前に人だかりが出来ていることに気付く。
魔法練習室とは文字通り魔法を練習するための部屋である。調理棟に設置されていた透明のな壁と同じような素材で各スペースが仕切ってあり、各々が魔法を撃って練習出来るようになっている。
何があったのだろうと近付いてみると、人だかりの中に見知ったおっぱ、いや、少女を見つけた。
「ジャンヌ、魔法練習室で何かあったのか?」
「凄いのがいる」
凄いのってお前の胸の事かと思った瞬間、鋭く閃光が走った。
やべえ、心が読まれた! と思った俺は慌てて地面にひれ伏した。
この下心がバレた時の対処法は反復練習を繰り返すことによって速度を高められる。中には光の速さを超えて土下座をして死んだ者もいるという。
「何してるの?」
……あれ? 何も飛んでこない? 恐る恐る顔を上げると、ジャンヌは哀れそうに見下ろしている。
「床に恋したの?」
「違う!」
周りの視線を一点に集めていた俺は一度咳払いをした。
「何かあったのか?」
「そうそう。見慣れない子が炎魔法を撃ってるんだけど、その威力が凄まじいというか」
ジャンヌが指差す先には、これまた見覚えのある少女がいるではないか。お団子二つ作った髪型に、スラリと長いシルエット。
成る程、凄まじい威力の魔法を使っていたのは彼女だったわけか。
俺が彼女の正体に気付いた瞬間、視界が朱に染まった。
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