冤罪で魔法学園を追放された少年はいかにして世界最強の闇魔道士になったか

忍者の佐藤

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リーザ先生の仮想空間

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それから俺は一から料理のことを学び直した。

 外国語クラスのメランドリ先生に口利きしてもらい、魔法料理学部の先生の元で勉強した。

 何なら授業を休んでまで料理に熱中していた。



 決勝戦での希望は見えた。優勝出来るかどうかは分からないが、俺の作戦が成功すれば、猛者揃いの決勝戦で審査員に刺さる料理を提供出来るはずだ。

 だが問題は決勝戦までどうやって勝ち上がるか、その一点に尽きる。

 これまで紅花と料理の練習をしてみて思ったが、あいつは素の料理技術に鍵って言えばそんなに低くない。



 動作が早いし、料理の知識も豊富だ。ただちょっと、砂糖と間違えて塩を入れたり、塩と間違えて筍を入れちゃったりするだけなのだ。



 何が言いたいかというと、紅花を決勝戦に進ませるには俺が頑張るしかないという事だ。

 俺も最初は、紅花の頼みだし付き合うだけ付き合ってやるか、くらいにしか思っていなかったが、彼女の思いを聞いた今は本気で料理と向き合おうと思っている。





 次の日、調理棟で紅花との調理練習を終えた俺はリーザ先生の家に向かっていた。いつもの闇魔法の教室でない。この魔法学園敷地内に存在する先生の持ち家である。

「流石世界一大きな魔法学園。敷地内に教師達の家があるんだね」

 と言われるとそれは違う。



 教師は教師寮かオルガンの街に家を構えるのが一般的だが、何故かリーザ先生の家だけは戸建てで敷地内にある。それだけ優遇されているという事なのだろうか。

 ただ、校舎の外れの隅の、更に日当たりの悪く寂しい場所に、まるで壁シミのようにポツンとあるその家は「優遇」という言葉からは程遠い気もする。

 何回か幽霊が出る噂も立ったらしい。





「おっ! クラウス君今日も来たね! ささ、早く入って! 今日は何を作ってくれるんだい?」



 リーザ先生は俺を見ると笑顔で迎え入れてくれた。黒塗りの柱や板でシックな印象を与える室内は小ざっぱりしているが、これは俺が掃除をしたためである。俺が来た当初は闇魔法の教室と同じように足の踏み場も無かった。



「先生、お願いがあります」

「何? エッチなこと?」



 はい。もちろん。



「違いますよ! 暫くキッチンを貸して欲しいんです」



 俺は紅花の家の事情や、それに対する自分の思いを素直に打ち明けた。

 紅花を決勝の舞台に立たせてやりたい。そのために準決勝までは俺の力が必要で、そのための技術を身に付けたい。そのためには今までのようなペースで練習していては間に合わない。だから今からは授業も休んで、睡眠時間も削って料理に打ち込みたいのだと。



「それなら仮想空間を使いなよ」



 リーザ先生は俺の言葉が終わる前に言った。仮想空間と言えば、魔法の練習や戦闘訓練を安全に行うために使われる空間だ。魔法によって出現させることが出来、俺もリーザ先生との特訓でよく行き来していた。



「でも仮想空間で料理なんて出来るんですか? 食材とか出現させるのって、結構魔力を消費しそうですけど」

「ふっふっふっ。出来るんだなそれが! いつものとは違う! 私の特性仮想空間ならね!」



 不敵に笑うリーザ先生がパチン、と指を鳴らすと世界が歪んだ。流石リーザ先生、行動が早い。

 視覚が正常に戻った時、俺はいつもの仮想空間内で見慣れた荒野に立っていた。

 しかし、俺の目の前には調理台が置いてあり、まな板の上では魚がピッチャピッチャ跳ねている。

 完全に場違いな物体である。女湯に入っているタコくらい周囲の景色から浮いている。



「ここが私の特性仮想空間! 何でも出し放題! 作り放題! しかも時間の流れを、現実世界よりゆっくりにしておくから、クラウス君の気が済むまで居て良いよ!」



 何その超絶便利な仮想空間。でも、そんなに便利な場所があるんなら、どうして普段から出さないんだろう。



 不意に俺達の前を誰かが横切った。頭の上からつま先まで漆黒の衣装に身を包み、棺の刺繍が施されたマントをはためかせ、悠然と歩いていく。



 あれ、あの格好、棺流の……。

 不意にそいつがこちらを向いた。



「あ」



 思わず俺は口に出してしまった。振り向いたその顔が、俺の顔にそっくりだったからである。



「どうだい? もう一人の自分と出会った気持ちは?」



 リーザ先生は面白がって聞いてくる。



「えっと、こいつは?」

「クラウス君だよ」

「じゃあ俺は?」

「クラウス君だよ」



 どういう事だよ。



「この空間は色んな物を出現させられる代わりに、すごく魔力を使うんだ。だから完全に制御出来なくて、こんな風に私の脳内の空想が出現したりするんだよね」



 ということは、この俺そっくりの野郎はリーザ先生が思い描く俺ってことなのか?

 リーザ先生の空想の中の俺(長いので、これ以降俺Bとする)は、おもむろに調理台の上のレタスをちぎり始めた。

 俺の顔を凝視しながら、ひたすらにレタスをちぎる。いや何こいつ怖っ。

 と思っていると、不意に俺Bの顔が歪んだ。目からは大粒の涙がボロボボとこぼれ落ちている。



「カニの卵が食べたい」



 俺Bは不躾に言った。いやマジで怖え‼︎ レタスをちぎりながら全く無関係な事を言っている意味の分からなさが余計に恐怖を加速させている。



「テントウムシの卵でも良い」



 妥協案おかしいだろ!



「泣かないで、クラウス君、ほら、テントウムシの卵だよ」



 リーザ先生は俺Bの背中を摩りながら、豆腐を差し出した。何なんだこいつら! ザビオス族よりよっぽどおっかねえ!



「いやこれヒトデじゃないですか」



 シンプルに違うよ!

 その時、誰かが俺の袖を引いた。びっくりしてふり向くと、ゴスロリ服に三角帽子を被った少女が俺を見上げている。

 リーザ先生にそっくり……いや。



「リーザ先生?」



 そこまで言ってみて、俺は異変に気付いた。だって俺の目の前には俺Bに豆腐を差し出すリーザ先生がいる。しかし、見下ろせば俺の袖を引くリーザ先生がいる。

 ああ、成る程、この子はリーザ先生の空想の中のリーザ先生ということか。ややこしいからリーザ先生Bと名付けよう



「ねえ、クラウス君」



 リーザ先生Bは今までリーザ先生の口から聞いたことの無いような甘えた声で言った。流石空想の中。



「何ですか、先生」

「私と、しよ?」



 びっくりして耳から鼻水が出そうになった。



「な、なななな何言ってるんですか先生! そんなこと出来るわけないじゃないですか!!」

「何で?」



 先生Bは潤んだ瞳で、俺の手を握りしめる。その小さな手に力がこもる。ちょっと待て。これがリーザ先生の脳内が生み出した産物だとしたら、先生は潜在的に俺とそういう関係になりたがってるって事なのか……?



「ねえ、しようよ」



 リーザ先生は子猫のように甘えた声で続ける。



「私と『ウサギのお尻からウンチが出てくるところの観察』しよ?」



 何だその歪んだ欲望!

 俺Bの奇行といい、先生の歪いびつさといい、普段先生は何を考えて過ごしてるんだ全く。



「勿論。俺と一緒にウサギのお尻観察、しましょう」



 俺はリーザ先生の手を握り返して力強く言った。

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